見出し画像

Ginn (dessin the world) インタビュー (1/3) 【”アジア”で繋がるインディー・ミュージック】

「今、アジアが面白い」。そんな声が日本側から聞こえてくることが増えた、この2〜3年。特に今年2019年は、これまでにない数のタイバンドによる日本公演やリリースの発表が続き、注目度が高まりつつあります。その多くの案件に携わるのが、バンコク在住のGinnさん。10年程前から日本とタイインディー音楽界の間の交流を精力的にサポートし続けている彼に、ご自身のレーベルや最近始動した新バンドFAUSTUS(ファウスタス)について、またアジア・タイの音楽シーンの中にいるからこそ見える日本の音楽と未来について、お話を伺いました。

TEXT & PHOTO by Yoko

※本記事は、2019年7月公開された『MAZIRU.net』掲載のインタビューを転載したものです。内容は発表当時のもので、最新の情報と異なる場合がございますのでご了承ください。

画像1



プロフィール:Ginn 

東京生まれ。ドラマー。2006年にタイに移住。2009年 レーベル「dessin the world」をスタートさせ、タイと日本のインディーバンドの曲を紹介するコンピレーションシリーズ「a plan named overlap」をリリースするほか、数多くの日本バンドの来タイ公演の主催やコーディネート、及びタイバンドの日本でのCDリリース、日本公演のサポートなどを行う。

2012年、在バンコクのタイ人と日本人でバンドaire(アイレ)を結成。日本では アルバム「You Are Here」 をParabolica Recordsからリリース。2015年、惜しまれる中、活動休止。 2019年に待望の新バンドFAUSTUSを始動させた。

FB. dessin the world 

FB. FAUSTUS

---------------------------------------------------------


日本でも聴かれ始めたタイミュージック


———近頃日本でもアジアやタイの音楽が注目される機会が増え、Ginnさんが10年以上続けてきた活動が実り始めているように見えますが、実際いかがでしょうか?

Ginn:ちょっと花咲き始めているのかな、といった印象です。特に耳が早いのがミュージシャンで、例えば最近だとCity Popをやってる人たちが Gym and Swim(ジム・アンド・スイム)や temp.(テンプ)に、 Popsをやってる人たちがplastic plastic(プラスチック・プラスチック)に行き当たったり……といったことが、この数年で起きるようになってきました。そして若い世代や音楽を自分で掘るタイプの人たちが、タイに限らず、アジアの音楽を垣根なく聴き始めている印象があります。 


2019年はタイ人アーティストの日本ライブ・リリースラッシュ


2019年4〜6月の短期間に、Plastic Plastic、Phum Viphurit(プム・ヴィプリット)、temp.、INSPIRATIVE(インスパイラティブ)、Gym and Swimと、バンコクのインディー・ミュージック・シーンでも定評のあるバンドたちが、立て続けに東京公演やツアーを実施。また、サマソニやフジロックなど、今年の夏フェスにもPhum Viphurit、Stamp Apiwat(スタンプ・アピワット)、telex telexs(テレックス・テレックス)、Paradise Bangkok Molam International Band(パラダイス・バンコク・モーラム・インターナショナル・バンド)の出演が発表されるなど、近年、タイ人アーティストの日本公演が増えています。


———日本でのリリースも多く決定しているようですね。最近のタイ人アーティストの日本リリースやライブ情報などニュースを教えてください。

Ginn:タイのポップスターStamp ApiwatがToy’s Factoryから、Zweed n’ Roll(スウィート・アンド・ロール)がPhum ViphuritをリリースしているINPARTMAINT INC.からリリースされます。temp.とPlastic PlasticはFabtoneからリリースされました。INSPIRATIVEもParabolica Recordsからリリースされまして、他にもボクが知っているだけであと2~3件ほどリリースの話を聞いています。以前よりは確実に盛り上がってきてはいますが、日本でのアジア音楽はまだまだマイナーな位置づけなんだろうな、と認識しています。


Zweed n' Roll - ช่วงเวลา (A Moment) - 『I’m 20』(ALBUM/2018) 収録
2012年に結成された5人組のロックバンドの1stアルバム。日本では2019年6月末にリリース。この曲は再生回数2000万回以上となるバンドの代表曲。
INSPIRATIVE - 『inertia, pt.1』(ALBUM/2018) 収録
2007年に結成された、人気のポストロック〜シューゲイザーバンド。日本版は2019年5月にリリース。


日・タイの音楽界を繋ぐキーパーソン

タイと日本の音楽業界に精通し、タイ語を巧みに操るGinnさんは、タイと日本の間で起こっている様々な案件の裏で活躍するキーパーソン。タイ人アーティストの日本リリース時のコーディネートや歌詞の翻訳、日本のバンドのタイメディア出演時のブッキングと通訳、日本やタイの音楽フェスの「タイ人バンド・日本人バンド枠」のコーディネーターなどとして日々奔走するだけでなく、これまでに数々の自主企画イベントも開催してきました。


Ginn:日本からのバンドのタイツアーや、東京のライブハウス「FEVER」の海外イベント、自身のレーベル「dessin the world」名義の企画イベント、自分のバンドの企画イベントなど、今年前半だけで10本ほど企画しました。プロダクション(ライブハウスやバンドとの交渉・調整、タイムテーブル作成、機材調達、スタッフアサインなど)とプロモーション(プロモチャネル検討、アートワーク作成、PR、キャンペーン立案、広告運用など)を基本的には一人で全部やるので、結構な時間と労力を使っています。しばらくは自主企画はもうやらなくていいかな、と思っています(笑)。


日本側の窓口となっているのはこんな人物


この日本とタイの音楽シーンを繋ぐ活動の中で、Ginnさんがタッグを組む日本側の人物の一人が、deepsea drive machine(ディープシー・ドライブ・マシーン)の西伸也さん。バンドでベーシストを務めながら、自らのレーベル「Parabolica Records(パラボリカ・レコーズ)」を運営する人物です。deepsea drive machineが今はなきタイのラジオ局Fat Radio主催の音楽フェス「Fat Festival 10」(2010年)に出演した際、フェス前にDJ SIAM(※1)でバンドのCDを見かけ、かつて日本で対バン(※2)をしたこともある西さんと連絡を取るようになったといいます。

※1 サイアムスクエアにあったタイのインディー音楽を中心に取り扱う有名CDショップ。2017年末、閉店。
※2 Ginnさんが日本でバンド活動をしていた頃


画像2

画像3

「Fat Festival 10」(2010年)で初のタイ公演を行ったdeepsea drive machine。ベースを掲げているのが西さん。


Ginn:そのフェスの後、西さんが単独でタイを訪れたのですが、それが当時ボクが始めたバンドaireの初のスタジオ練習のタイミングで。まだベースがいなかったこともあり、西さんがベースとして一緒にスタジオに入ったんですよ。その後も、録音した音源を西さんに送りつけてたら(笑)、日本でのリリースの話を頂き、彼のレーベルから発売されました。彼とボクは仕事しながらバンドとレーベルをやっているということで、とても境遇が似ていると感じていまして、バンドで行き詰ったときなども、よく相談に乗ってもらっています(笑)。当初、彼のレーベルでは欧米のマスロックを主にリリースしていましたが、近年はアジアの音楽を主にリリースするようになりました。タイからだとSTOONDIO(ストゥーンディオ)、Stamp Apiwat、Singto Numchok(シントー・ナムチョーク)、Moving and Cut(ムービング・アンド・カット)、今年はINSPIRATIVEもリリースしました。

画像4

前記のFat Festivalには、インディーレーベル「SO::ON Dry FLOWER」経由で出演。ライブ後には、レーベルのブースでCDにサインするのが恒例。


Ginn:西さんと話してるときに、「タイにはあまりライブハウスがない」という話をしたら、「日本でライブハウスを作った人を紹介するよ」と、FEVERの西村さんを紹介してもらいました。


FEVERの西村仁志さんは、東京のライブハウスの中でも別格の存在感があった「下北沢SHELTER」の黄金期1990年代後半〜2000年代後半に店長を務め、2008年に独立し「FEVER」を作った人物。


Ginn:後で西村さんから聞いた話だと、ボクと初めて出会った頃は、まだ彼はアジアに興味がなかったらしいです。その後いろんな人から「アジア」のキーワードを聞くようになり、「実際に目で確かめたい」と単身でタイに来たのが、その1年後でした。そこで、Cat Radio、Fungjai、 Playyard、Panda Records、Harmonicaといった、あの頃のバンコクのインディーズを支えていた人たち全員に会ってもらいました。ボクから西村さんへの「タイに興味を持って欲しい」というプレゼンをして、思惑通り興味を持ってもらった訳です(笑)。

———2011〜2012年の話ですよね?

Ginn:aireの日本ツアー(2013年)より前だったので、その頃ですね。それ以降、西さん、西村さんとがっつり手を組んであれこれやるようになりました。

画像5

画像6

CAT RADIOが主催する音楽フェス、CAT EXPO 3D(2016年)に出演したLOSTAGE(ロストエイジ)。こちらも同チームが招聘。


Ginn:今、タイのいくつかのフェスで日本人バンド枠をもらってまして、その際の日本人バンドの招聘は西村さんにも協力してもらっています。タイでの演奏環境は、10年前よりは各段に良くなりましたけど、日本と比べちゃうとまだまだなところもあり、そういった事情も含め、タイの演奏環境でも凄い演奏をしてもらえる実力派のバンドを選んでもらっています。こちらからお呼びしているにも関わらず、結構な無茶を言うことも多いのですが、その辺は西村さんに調整していただいています。全てをおおらかに包み込む大地のような人です(笑)。そうやって西さんと西村さんとボクとで日・タイの音楽交流活動を続けています。去年は日本のバンド10組くらいがタイに来て、タイのバンドは5組くらい日本に送りました。今年もおそらく同じかそれ以上になりそうです。

画像7

CAT EXPO 3D(2016年)


日本市場でのタイ音楽の状況は?


アジアや中国進出を志す日本のバンドが増えるにつれ、アジアツアー先のひとつにバンコクも選ばれるように。しかし、アジアの都市間それぞれが独自に繋がりだしているなか、日本とタイ側の温度感の違いも見え隠れします。


———まだタイの多くのバンドにとって日本市場は憧れではあるものの、タイ・アジアのバンドにとって特殊な日本の音楽市場に本格参入するのは難しい面もありますよね。

Ginn:多くの日本人にとって「海外の音楽」は欧米のもので、アジアの音楽は民族音楽っていうイメージがいまだに強いのかな、って思います。昔、タワレコでYellow Fangが「world music」枠に入れられていたんですよ。洋楽ではない。J-Rock/Popでもない。ClassicでもJazzでもない。そうなると入れるところは……と 。これは何年も前の話ですが、そういうレベルの話なんです。Yellow fangってアルバムが出たのって……

———日本での1stアルバム発売が2014年。サマソニに出演したのは2012年と2013年ですね。それが、ようやく変わりつつある訳ですね?

Ginn:関係者の努力ですよね。それこそ、Parabolica Recordsの西さんがマレーシアやタイのバンドの音源をリリースする際に、CDを「world music」カテゴリに置いても誰も聴いてくれないので、頑張って洋楽部門の方に押し込んだり。バイヤーさんや担当者と頑張って交渉して試聴機に入れて貰い、売り上げを伸ばしたりと、アジア=world musicに入らないように、頑張ってくれている人たちがいる。また、アジアの音楽をちゃんと受け入れるフェスや音楽関係者の人が徐々には増えてきています。

画像8


アジア市場に目を向け始めた背景


日本の音楽市場の大きさではアメリカに次ぐ世界2位。依然としてCDの売り上げが他国に比べ多い日本ですが、2018年には音楽市場でストリーミングサービスの売上が初めてダウンロードを上回り、日本の音楽産業の利益構造も大きく変わり始めています。


Ginn:グラミー賞でもCDを販売していないアーティストが受賞するようになったように、これからサブスクがどうしても世界的標準になって行かざるを得ない時代で、その波がようやく日本にも届いたところかな、と。この2〜3年程で日本も追随をせざる得ない状況になるはずですが、そのことに気付いていた人たちは、CDでは無理だからと、グッズ販売やライブでも収益を上げるように変わってきていたんです。そのライブ収益も、今後、日本の人口が減少していき日本国内の売上が減るので、外に出ざるを得ない。そのときに、欧米は受け入れてくれるかどうかわからない。そうなるとまずは親和性が高そうなアジアから、となるのではないかと予想しています。実際、そういった危機感を持っている会社やレーベルは、すでにアジアに出始めています。


記事画像等の無断転載を固く禁じます。掲載写真・記事のご利用のご相談はmazirubkk@gmail.comまでお問い合わせください。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?