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「ガチ恋勢」を卒業するために、私は空想の推しに恋をする

世界で一番孤独で苦しい人間を知っているか? 
──「ガチ恋勢」だ。

1.最初に


「ガチ恋勢」という言葉をご存じだろうか。
「芸能人・アイドル・YouTuberなど、自分とは何の関わりもなく、これからも関わることが無いであろう人に恋をしてしまった人」を指す言葉である。

かくいう私、本間海鳴もそのうちの一人である。かれこれ10年ほど、手の届かない人たちに片想いしてきた。そして気付けば恋人いない歴=年齢になり、心の傷を分散するために常に複数人作ってきた「ガチ恋対象」も続々と結婚し始めた。

これではまずい。非常にまずい。「ガチ恋対象」が結婚していくのに、自分は10年前のあの頃に取り残されてしまっているのだ。「ガチ恋対象」が結婚する度に、発狂し、涙し、心の傷を負う。現在の私は、自分と何の関係もない人の幸せな報告で、日常生活に支障をきたす社会不適合者に他ならない。

そこで、私は思ったのである。ガチ恋勢を、やめたい。そして、強い心を持つ人間になりたい。

しかし、ガチ恋というのは、一朝一夕で辞められるほど甘い世界ではない。なにせ私には10年という長い年月の積み重ねがある。恋愛をしたことがある人ならお分かりだろうが、一度恋をした人間を嫌いになることなどまず出来ない。100年の恋も冷めるような言動を目にしてしまえば話は別だが、片想いの、美しいところしか目に入らない盲目状態は本当に厄介なものだ。
現実の恋を見つければいいのではないかとも考えたが、私には異性どころか同性の友達もほぼいない。マッチングアプリなんて、恋愛をするためのものではない。現実で「ガチ恋対象」を見つけることは不可能に近い。

だったら、ガチ恋をすっかり辞めてしまう前の段階として、「絶対に結婚しない推し」に恋をすればいいのではないか?

「ガチ恋勢」を卒業するために、私は1年かけて「空想の推し」に恋をすることにした。


2.雪縞薫という男


さて、ガチ恋するためには「ガチ恋対象」が必要である。そこで私は、自分の脳内に完璧な「ガチ恋対象」を作り上げることにした。

私が好きな顔、好きな性格、仕草、タイプ、全部盛り。
試行錯誤の末、私は、家系ラーメンもびっくり、知らない人が食うと確実にお腹を壊すような完璧な「ガチ恋対象」を作り上げることに成功した。

さて、一つ断っておかねばならない。
私が作っているのはあくまで「架空のガチ恋対象」であって、「脳内彼氏」ではない。というのも、私が補いたいのは「彼氏」ではなく、「次々に結婚していなくなっていくガチ恋対象」なのだ。「彼氏」はこれからできるかもしれないが、「ガチ恋対象」は減っていく一方。「彼氏」ではなく「ガチ恋対象」からしか得られない栄養があるので、私はその栄養を「架空のガチ恋対象」というサプリメントで補ってやろうと思っているのである。

なので今回私が作ったのは、「架空のアイドル」だ。決して手は届かないが確実に存在している人間こそ、真の「ガチ恋対象」となり得るのだ。

ご理解いただけただろうか。もしご理解いただけない場合は、静かに愚かな私の行く末を見守っていただけたらと思う。

さて、本題に戻ろう。これが、私の「架空のガチ恋対象」だ!

突然のプレゼン資料で驚かれた方もおられるかもしれない。
これはダイレクトマーケティングシート、通称「ダイマシート」である。
ジャニヲタ経験者なら必ず一度は目にしたことがあり、おそらく一度は作ったことがあるこのシート。要は、「自分の推しを知らない人に宣伝するための資料」である。

推しを語るツールとして、ダイマシートは非常に優秀だ。なるべく短く、端的に、簡潔に、でも確実に推しの魅力を詰め込まねばならない。ダイマシートを作る人たちは皆、試行錯誤しながら推しの魅力を取捨選択する。数えればキリがない推しの魅力を、泣く泣く削ぎ落して鋭利にし、見た人の息の根を確実に止められるように工夫する。

つまり、「架空のガチ恋対象」を作る第一歩として、ダイマシートは非常に有効であると言える。自分の作った推しの素晴らしさを認識できるだけでなく、細かいエピソードを作ることで空想の解像度をグンと上げることができるのだ。

皆さんももうお気付きであろう。そうしてできた完璧なガチ恋対象こそ、「雪縞薫」という男なのである。

3.夢日記


ただ、これだけでは「解像度がまあまあ高いガチ恋対象」を妄想しているだけの人間である。それではいけない。私は「ガチ恋対象」を作るだけでなく、本気でその対象に「ガチ恋」したいのだ。

長年「ガチ恋勢」として生きてきた私には、一つの確信があった。それは、「毎日対象を見続け・考え続ければ、恋をする確率が上がる」ということである。これまでのガチ恋もそうだった。ハマって毎日欠かさず見ていたら、いつの間にか恋に落ちていた。つまり、「架空のガチ恋対象」のことを毎日考え続けたら、ちゃんと恋に落ちるかもしれない。

ユキ──フルネームで呼ぶのはファンとしてどうかと思うので愛称で呼ばせてもらう──の解像度をもっと上げていくために、私は「夢日記方式」を選んだ。見た夢を毎日日記に書き留めれば、現実と夢との境目が分からなくなるというアレを利用する。

私はユキの言動を日記として記録することにした。これは、その記録の一部を抜粋したものである。

※ここで一つ、断っておかねばならないことがある。
私はこれを毎日続けようと思っていたのだが、いかんせんこの1年色々あったもので、トータルするとユキのことを考え続けることができたのは1か月ほどであった。そのことをご了承いただき、記録を見ていただければと思う。

●2021年4月21日 初日

これは、ユキという存在を作り出した初日である。
スタートの日時を忘れないために、ユキのファンアートを描いてTwitterにアップした。この時点で私は「存在しないアイドルのファンアートを描くヤバい奴」になってしまっている。2021年4月からこの企画はちゃんとスタートしているという証拠を作りたかっただけなのに……
先が思いやられる。

●2021年4月21日~22日

こちらが、初日から2日目にかけての日記である。
アイドルヲタクが使用する日記というのはほとんどTwitterなので、別の日記アプリをインストールして、Twitterと同じ形式で書いていく。さすがにTwitterのタイムラインに妄想ツイを垂れ流すのはキモイので……
22日の朝早くに、リーダー松永はじめくんのドラマが決まったようである(空想)。ヲタクというのは、ガチ恋対象以外には母のような視線を向けてしまうのが一般的である。

●2021年7月9日

既に開始から3か月経過している。
どうやらExists Voidの冠バラエティ(空想)を見ているようである。ユキが嫌そうな顔をする度に、愛想悪い系男が好きな私が盛り上がっている様子が見られる。
ヲタクというのは本当に気持ちが悪い。だが、ユキは今日も変わらずカッコいい。

●2021年10月8日・10日

おそらく、バラエティに出演した際に酒やらかしエピソードを暴露されたユキを見ての日記(空想)。私は、お酒で失敗する男が大好きなのである。ユキもそのうちの一人だ。普段しっかりしている人が、酒で失敗する様は見ていて母性本能がくすぐられる。特にユキは普段の愛想がとても悪いので、酔って感情を爆発させるところがなんとも可愛らしい(空想)。

●2022年1月6日~7日

2021年10月10日に発表されたオンラインライブのアーカイブを見ているときの日記(空想)。
アイドルのライブは、いつも感情がぐちゃぐちゃになるものだ。もしもユキがアイドルになっていなかったら、私はユキのことを一生知らないまま生きていたかもしれない。でも、ユキは本当にアイドルになって幸せなのだろうか。ライブの時は「幸せ」と言ってくれるが、果たして本当にそうなのだろうか。本当のことを何も知らないまま、私はユキに勝手に恋をするのである(空想)。

●2022年4月29日


録画している歌番組を見ながらの日記(空想)。
突然長文語りを始めるヲタク。ユキではなく「ユキのかけている眼鏡」を褒め始めたらもうおしまいである。

●2022年4月30日~5月1日 
 検証打ち切り日

5月1日、私はメンタルがやられきっていた。そこで私は気付いてしまったのである。5月1日、一番上の日記を見てほしい。
そう、私がいくら頑張ってお金を稼ごうとも、存在しないユキにお金を落とすことはできないのだ。お金を払わなくてもいいアイドル、と言えば聞こえはいいかもしれないが、それはつまり、私とユキを繋ぐものが何もないことを表している。普通、私はアイドルにお金を払い、そのお金がいくらかアイドルの元に入る。自分がアイドルに救われたのと同じように、自分もアイドルの生活を救っている。その実感こそが、アイドルとヲタクの関係なのである。
だが、ユキの生活は、私の脳内で全て思い通りだ。それを理解した途端、ユキが本当に虚無の存在であることを自覚してしまったのである。
後には、ぽっかりとした穴と、虚しさだけが残った。

●2022年5月1日 最後の日記を書いてからわずか約10時間後

私のガチ恋が、結婚した。
ユキではない。現実の、今までガチ恋していた人で、とあるYouTuberの方であった。私は報告ツイートにそっといいねを押して、このツイートをして、スマホの電源を落とした。なぜだろうか。「おめでとうございます」のツイートは出来なかった。

しかし、私はこの展開を「おいしい」と思った。あまりに出来すぎたオチである。こんな最後、私も想定していなかった。今回ガチ恋が結婚したことで、この記事を完成させる意欲が芽生えた。もしこのタイミングでガチ恋が結婚していなかったら、おそらく私はこの企画を頓挫させていたことだろう。絶対にネタにしてやると決意したからこそ、今までにないほど傷は浅くて済んだ。

私の「ガチ恋卒業記録」は、これにて終了である。

4.結論


はっきり言おう。結論は3つだ。

1.ガチ恋は卒業しようと思ってできるものではない。
2.架空であると気付かなければ、架空の推しを推すのはなかなか楽しい。
3.ただし架空であると気付いてしまった途端、これまでの時間が全て虚しくなってしまう。

結局一番強いのは、知らぬ間に落ちていた恋だ。しようと思ってした恋など、所詮まやかし。恋心を完璧にコントロールすることなど、人間には到底不可能なのである。

結論はさておき、これは2022年3月13日の私のツイートである。
今から考えてみると、これはこの企画の副作用だったのかもしれない。

このとき私は、ユキの絵を描くために眼鏡を描く練習をしていた。そのため私の頭の中には、ユキという存在以上に「眼鏡」という存在が刷り込まれてしまったのだ。ただ架空のアイドルに恋をしたかっただけなのに、私は性癖そのものまで歪められてしまったのである。

これでおわかりいただけただろうか。
世界で一番孤独で苦しい人間を知っているか? 
──そう、「ガチ恋勢」だ。


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