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優雅

突然だが、俺は花が好きだ。子どもの頃から花が好きだ。農学部のある大学に入った理由もそこにある。花と言うより初めは自然が好きで虫も植物も動物も好きなのだが、花は特に良い。誰かから花を貰ったとき、悪い気が全くしない。祝い事では花を贈る。この国では当たり前のように行われている。もちろん日本だけでなく「花を贈る」というのは外国でもよくある光景だろう。

俺はハナショウブが好きだ。ハナショウブと聞いても一般的にはマイナーな花だろう。節句の菖蒲湯で使うショウブとは全く違う。葉は同じようなカタチをしているが、花は全く違う。ハナショウブとは違い、みすぼらしい花を咲かせる。

ハナショウブが好きになったというか、好きにならざるを得なかったという方が正しい。何故ならハナショウブは俺の大学の卒業研究の研究対象だったからだ。卒論の内容はここに書くとややこしくなるから書かないが、簡単に言えばハナショウブの遺伝子関係のことを研究していた。大学4年生の俺はずっと朝から晩までハナショウブのことを考えていた。

ハナショウブは野生種が日本に自生している事から古来より親しまれてきた花だが、今の日本人でハナショウブを知っている人はあまり居ないだろう。昔からある花でみんな知っている花は小学生の時に育てるアサガオくらいだろう。むしろ外国からやってきたバラやカーネーションの方が知ってると思う。正直に言うとバラやカーネーションの方が煌びやかだ。まさに「華がある」。

ハナショウブは江戸時代中期ごろから品種改良が盛んに行われていた。正確に言うと平安時代くらいまで遡って、とても偉い人が句を詠んでいたとかの話があるが、面倒なので省く。大学の学部の卒論なんて卒業生の誰かの引き継ぎや既に発表されてる事の二番煎じが多いと思うが俺の卒論はそうも行かず、全く文献がないまま俺の卒論は始まった。一番新しくても60年前の古びた書籍だった。国立国会図書館にたくさん行った。江戸時代の古文書も読んだ。そのせいか日本人だが日本語に強くなった。

ハナショウブの開花期は大体5月下旬から7月上旬くらいだ。大学4年生の6月は就活だ。完全に被った。最悪だった。就活が終わった後に大学に行ってハナショウブの世話をして、就活が終わった後に花しょうぶ園に足を運んで写真を撮った。無事、就活は失敗に終わり、無職になった。

正直卒論は楽しくなかった。全て分からないし全てゼロからの研究だったし、開花のピークと就活のピークは被るし、ストレスでしかなかった。「失敗は成功のもと」と昔の偉い発明家が言ってたらしいが、失敗から失敗を生み出し続けていた。夏休みも全て卒論に費やしたが、結局、研究の進捗状況が良くなったのは11月頃だった。そして就活に満足できることは訪れなかった。

でもハナショウブに罪はない。俺が全て悪い。今でもハナショウブは家のベランダにある。大学卒業した後も何故か育てている。多分ハナショウブが好きだからだと思う。垂れた花弁に梅雨の雨が滴る。じめじめとした空模様の中、凛と咲くハナショウブは俺のことを勇気づけてくれる。今は葉っぱしかないけど、また来年俺の前に現れて俺を笑顔にしてくれることを願って今日も水をやる。

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