#6 平和な日
7月。時は経ち、僕の嫌いな夏がやって来た。
世の若者が海や花火や夏祭りと浮き足立って生き生きしている反面、働く社会人は暑さでどんどん疲弊していっているのを見ると、何とも言えない気持ちになる。
元々派手で露出度の高い渋谷のファッションは、最早"着ていない"に近いように思う。美しく上品な露出なら良いのだが、何故だか下品な露出が多いのは、この街がそういうことだというのを表しているんだろう。
近頃の夏はおかしい。期間が長い上にこれでもかというほど暑さが凄まじい。
地球が本気で生き物を殺しにかかっているような気がしてならない。
『生き物』と広義的には言ったものの、本気の殺意の標的は間違いなく人間であろう。
だが、殺意を向けられた人間も、生き延びるために必死だ。暑ければ暑いほど、寒ければ寒いほど、エアコンの使用量は増えてゆく。益々温暖化は進んでいくし、どうしたって地球をいじめる形になる。そうでなくたって、人間が便利な物を開発していく程、環境破壊が進んでいる。
この異常気象は地球の悲鳴なんだろう。
他の生命体や環境には影響が出ているというのに、なかなか本命の人間は居なくならない。地球も「しぶとい奴等だ…」なんて思っているのかもしれないなと夏を迎える度に思う。
そんな地球の悲鳴に耳栓をして、エアコンの効いた快適な空間で、堕落した生活をしていた。普段は飲まないコーラを夏だからという理由で欲した僕は、コンビニに行こうと玄関のドアを開けるなりその暑さにゲンナリした。
地球様よ、頼むからジワジワと痛めつけて殺すのではなくて、爆発でもして一発で殺してくれ…なんて思うのは傲慢だろうか。
東京の夏は“本気”と書いて“ガチ”で地獄だ。
蒸し風呂状態なしつこい湿気と飽き飽きする程の強い日差し。コンクリートやビルからの照り返し。室外機で尚更増す暑さ。人からの熱気。汗。汗。汗。
想像しただけで気持ちが悪くなる。
僕はこれから起こり得るそれらを瞬時に思い浮かべてはドアを閉めて、何事も無かったかのように見事快適な空間を選んだ。
夏の代名詞とも言えようコーラは、呆気なく文明の利器に負けた。コーラを飲んだ後の爽快感より、一瞬の不快感の方が圧倒的に強かった。
仕方なく冷蔵庫から麦茶の入ったボトルを取り出し、コップにも入れず直接飲んだ。
上手く口に入らなかった分が首元を伝い服へ滴り落ちたが、僕は何を気にするでもなく、そのままパソコンの前まで戻った。
サイトのDMに通知が来ていた。
『今日も暑いですね』
久しぶりの連絡。彼女からだった。
社〔ヤシロ〕が死んだ翌日からしばらく彼女とは会っていない。
サイトのDMでのやり取りもなく、チャットをしている様子もなく、彼女がこの間どのように過ごしてきたのか知る手段も無かった。
そういえば互いに連絡先は知っているのに、いつもサイトのDMでしか話をしない。個人の連絡先でやりとりをしたときは、互いに外で待ち合わせた時か、彼女が僕の家を訪ねてきた時の到着の連絡くらいだ。
『暑いな。すぐそこのコンビニに行くのでさえも気が引けて画面前まで舞い戻ったところだ』
『夜でも蒸し暑いですけど、夜に外出して欲しいものを買いだめしておくのが良いですよ。日中のあの殺人的な日差しを浴びるよりは良いでしょう』
『なるほど。それは良い案だ』
『話は変わりますが、私、湊太さんにお願いしたいことを思い付きました』
『ついに思い付きましたか』
『直接お話ししたいと思うのですが、夕方にそちらへお邪魔してもよろしいですか?』
『構わないけど、外出して大丈夫なの?』
『大丈夫です。薬は持っていますし。また着く頃にご連絡しますね』
─────────────────────
17時30分頃。まだまだ日が煌々としている。暑さは一向に引きそうにない。また今日も熱帯夜になりそうだ。とは言っても、僕は今日、一歩たりとも外に出てはいないし、外気との触れ合いはほぼ無いが。
そうぼんやりとしていると突然雨が降り出した。ゲリラ豪雨だ。僕は慌てて外に干していた服を取り込んだ。
だがしかし、降り出してすぐに取り込んだにも関わらず服は大半が洗い直しになってしまった。予告なしに降る雨はタチが悪い。
そう言えば夕方に来ると言っていた彼女は大丈夫だろうか。今外に出ていたら相当びしょ濡れになる。
僕は彼女が自宅で待機していることを願った。
比較的、雨はすぐに引いた。15分程度の局地的な雨だった。
雨が降って更に湿気が増して、気温はほんの気持ち下がったものの、外気はとんでもなく不快なものになっていた。
「今日はもう彼女は来ないかもしれないな……」
一人部屋で椅子にもたれながらつぶやいて、少し残念がっている自分が居ることに驚いた。
自分の彼女への執着は何なのだろう。まだこれまでで三回しか会ったことがないのに。
その三回がどれも濃密な出来事ばかりで、会わなかった期間で思い出さなかった日は無い、と言っても過言ではない。
実際、ほぼ毎日サイトを動かしてはメンテナンスをしたり、業務の打ち合わせの連絡が誰かしらから来たり、一日一回以上は最低でもサイトを見ている訳だから、必然的に彼女を思い出す口実はいくらでもあるのだけれど。
それでもこうして日々ふと思い出すということは、それなりに彼女を特別視しているということになる。
それは間違いなかった。他の自殺志願者の子には、なんの感情も抱かない。精々、どんな人生を送ってきた子なのか、ということくらいしか考えない。今どうしているのだろうか、何を考えているのだろうか、だなんて思うのはこれまで様々な業務をしてきた中で初めてのことだ。
ぼんやりそんなことばかり考えていると、気付けばパソコン画面だけが明るく光るくらいに外が暗くなっていた。
我に返った瞬間、お腹が減り出した。一人暮らしの男の家の冷蔵庫には、食材と言える食材はほぼ無い。仕方なく僕は近くのコンビニまで行くことにした。
ドアを開けると外の何かにつっかえた。さっきのゲリラの時に暴風雨で何か飛んできて引っかかっているのだろうか。
開いたドアの隙間から顔を出す。
「え…………」
目を疑った。人の足が見えたのだ。無理矢理体を隙間に捻じ込んで外に出た。
「能崎…………!!」
そこには体中傷だらけでびしょ濡れになった彼女が壁にもたれて倒れていた。
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