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#1 同じ羽の鳥たちは群れる

 彼女は美しい姿勢のまましばらく僕のことを見つめていた。見つめていた、というよりは彼女の周りだけ時が止まった、と言う方が正しいだろうか。
 そんなところへ間を切り裂くようにウェイターがブレンドコーヒーを運んで来た。
 反撃を食らい時空が歪んでいた彼女は突然の店員の声にぴくりと体を揺らし、反射的に届いたコーヒーを一口飲んだ。

「…人殺しって、どういう事ですか」

 少しの間を置いて、周りの客の様子を伺いながらやっと絞り出した声で尋ねてきた。肝心な周りの客はカップルや女性同士の客ばかりで、皆自分らの世界に入っている。こちらの話など誰も気にしている様子はなかった。
 顔こそ至って普通を演じている彼女だが、声が微かに掠れている。動揺しているからなのか、本当は苦味が苦手なのか分からないが、ブレンドコーヒーに砂糖を山盛り4杯も投入した。
「どういう事って、そういう事さ」
「ちゃんと説明してください。話によってはきちんと然るべき措置を取らなくてはいけません」
 狼狽え始めた彼女を見て、僕は優越感に浸った。まるでこの瞬間を始めから望んでいたかのように歓喜と恍惚に満ち溢れ、全神経に電流が走る感覚を覚えた。僕の中で強気な彼女の顔を歪ませるゲームが始まっていた。
 コーヒーを一口飲んでからというもの、彼女は頻りに自分の腕を摩っている。
「僕は自殺志願者とばかり関わることが多くてね」
「自殺志願者…?カウンセラーか何かされているんですか?」
「まあ、そんな感じかな」
「カウンセラーなら人殺しになる意味が分かりません」
 彼女は眉間に皺を寄せて疑問符を頭に浮かべてみせた。
「僕の家に来れば意味がわかるさ。来るかい?」
「新手の連れ込み系レイプ犯ですか?……人殺しって、そういう類のもの……?私がそんな誘いに乗ると思いますか……?」
 腹を括っていたらしい彼女の強気な態度を僕は可愛らしいと思いながら眺めていた。面白いほど身構えている。
「そういう趣味はないよ、"能崎さん"。で、どうする?」
「どうするって……気持ち悪いことには変わりませんが、気になることにも変わりはありません。決めました。行きます」
 彼女は気合をいれるようにコーヒーを思いきり飲み干した。
「じゃあまた次にしよう。今日はこれで解散。明日時間はあるかい?」
 彼女は拍子抜けした顔をした。気合を入れたってのに明日に持ち越しとは思っていなかったのだろう。
「今、行かないんですか?」
「これから家に行ってまた君が自宅に帰るには時間が遅すぎる。それこそ素知らぬ男の家で寝泊まりは怖いだろうし、襲われるんじゃないかと思われるのも面倒なんでね」
「そこまで徹底していると逆に怪しいですね。わかりました。明日の予定は特にありませんので、何時でも可能です」
「じゃあ明日13時にまた同じ場所でどうかな」
「わかりました」
 僕らは連絡先を交換して各々帰路についた。 

 いつもなら何をするでもなくだらだらと夜を過ごすのだが、今日は自宅に着いてすぐ湯船に湯を張った。
 デスク前の椅子に腰掛け、湯が張り終えるまで今日のことを細かに思い返した。
 反撃を食らわせた彼女の顔は眩いものだった。強気な姿勢を見せるも、その陰には恐怖の色が垣間見えた。
 素朴な彼女に色を付けてしまったのだ。人殺しなんかよりなんと罪深いことだろう。
 しかし、彼女をここまで自分に繋げておこうとしている理由はなんなのか。普段、人に対して興味の薄い淡白な自分が、こんなにも彼女に執着する理由は一体なんなのか。
 彼女の持つ妖艶さだろうか。年の割に大人びた雰囲気を持ち、触れてはいけないような、触れたら崩れ去ってしまいそうな、少女の持つ特有の儚さを感じるからだろうか。いや、自分がそういうものに惹かれる価値観を持ち合わせているのは事実だが、他の少女にだってそういう面はある。その度にその子について知りたいと思うことはない。では何が違うのか。
 今のところ思い当たる節を見つけることは出来なかった。
 答えが見つからないことを見つけた時、湯が張り終えたとメロディーが知らせた。 



 翌日、僕は早めに待ち合わせ場所に向かった。何となく彼女の現われる瞬間を見たいと思ったのだ。
 今日も今日とて渋谷は人が多いなと思っていると携帯が鳴った。

『少し早めに待ち合わせ場所に着きそうです。そちらはいかがですか?』

『早いね。実はもういるのでいつでもどうぞ』

メッセージを送ってから5分もしないで彼女は現れた。「そんなに私にご執心ですか?」なんて偉そうに言いながら。
 偉そうな割に今までロングスカートスタイルだった彼女が今日は何故かパンツスタイルで、これが彼女なりの防衛心の現れなら面白いなと思った。
 僕らはすぐに僕の自宅へと向かった。
「3日も連続であなたに会うことになるだなんて思ってもいませんでした」
「そうだね、人生何が起こるかわからないな。さ、もうすぐ着くよ、あそこ」
 渋谷からひと気の落ち着く脇道を10分程度進んだところにある、少し古びた外観のマンションを指した。3階建てのマンションのためエレベーターは付いていない。階段で3階まで昇り一番奥の部屋まで進む。マンションのエントランスから自室のドアを開けるまで、彼女は常に5歩程離れて付いてきた。その間、彼女は一言も声を発さなかった。
「どうぞ」
 彼女は離れたその位置から一拍置いて中へと入った。
「お邪魔します」
「そのまま一番奥まで進んで」
 靴を揃えて部屋に向かうまで彼女は余す所なく家中を見渡した。怪しいものなど無いはずなのに、そこまで細かく見られると段々不安になってくる。
「簡素な部屋ですね。本当にここで生活してるんですか?」
 彼女の言う通り、僕の部屋にはベッドとローテーブル、パソコンのあるデスクセットくらいしか置いていない。遮光カーテンはいつも締め切りで、日中だろうが夜だろうがほぼ薄暗い状態を保っている。いかにも怪しいと言えば怪しいほか間違いない。
「まあ一応ね。たくさん物を置くのは嫌いなんだ。とりあえず、そこ座って。お茶でいいかな」
「はい、ありがとうございます」
 そう言いながら彼女は荷物を降ろし、僕が指し示したローテーブルの前に正座をした。お茶を入れているとしばらくそわそわしていた彼女がパソコンの方をやたら注視しているのが見えた。
「パソコン、気になる?」
「ええ、パソコン周りだけはやたら環境が整っているなと」
「僕の仕事はパソコン業務だからね」
「web関係ですか」
「そうだね、サイトを作ってる。君が想像しているものと合っているかどうか分からないけど」
 僕は彼女にお茶を出してからデスクに向かい、パソコンを立ち上げ、そのサイトを表示した。
「最近ある1人の女の子から相談事をされていてね。たしか、君と同い年じゃなかったかな」
「なんて言う名前のサイトなんですか?」
 いつの間にか彼女は僕の横からパソコンを覗き込んでいた。そして画面を見るなり突然神妙な面持ちになった。 

"Birds of a feather flock together"

「これが僕のサイト。見て分かる通り、表立ったサイトじゃないんだよね」
「その…ようですね…その、相談事をしているという子は『鵜木坂 百合(うのきざか ゆり)』ですか…?」
「あれ、このサイト知ってるの?その子の友達か何か?」
「知ってるも何も、その子……私です」

 僕が作っているサイトは、一般的なチャットサイトでも、自殺志願者の心理カウンセリングをするような生易しいサイトでもない。
 自殺志願者の自殺を手伝う、所謂"裏サイト"だ。

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