ノート執筆者2名のメタバース論を読んだ感想・雑記・戯言(仮題)
この記事では、
ニッソちゃん氏、アシュトン氏のノート記事を
2時間かけて読んだ上での同意する点、
ここはおかしいだろうという点について書いています。
それぞれの記事から感じたVRの今後について個人的見解を書きます。
注意事項
私は以下に掲載するお二方のように文章を書くのが
あまり得意ではありませんので、本記事において
論理破綻、綻び、突発的な話題の飛躍、解釈の誤り等を
多分に含むと思われます。
その点、予め先に謝罪致します。申し訳ございません。
①「メタバース」とか言ってTVに出る人の件
この件ですね。
この件についてよく比較として提示されるのが、
「セカンドライフ(以下、SLと表記)」ですが、
私はそのプレイヤーではないため、
Wikipediaや個人ブログなどにて情報を収集をしました。
そして、SLが廃れた理由として企業が金儲けで入ってきて
白けたためユーザーが減りブームが去ったという見解を得ました。
そして、
それは恐らくVRにも入ってくるだろうと考えていました。
実際、「日本メタバース協会」なる団体を立ち上げた団体には、
仮想通貨界隈の企業しか属していないという事が問題となっていましたし。
少なくとも私は
「金儲けを目的として」入ってきた企業がユーザーに面白いことを
提供することなどできるわけがない。
金を稼ぐために場を荒らし、稼げなければオワコンだと切り捨てる。
そういう集団だという認識です。
面白い人が面白いことをするから人が集まるのであって、
最初から、利益、利権を求めて入ってくる団体に碌な人が居ないことは、
これまでの様々なサービスやソーシャルゲーム等でわかっている事実です。
ニッソちゃん氏の上記の記述に対しては、
メタバースのスタンダードを「何らの法的保証もない仮想通貨」が
握るのか、「バ美肉を含めたVR・お砂糖界隈」が握るのかで、
今後メタバースが日本の中でどういう扱いをされるのかが決まると
言っても過言ではないと考えています。
少なくとも私は「仮想通貨=メタバース」という事をスタンダードと
することには否定的な立場であり、そもそも大きな括りとして、
人々が憩う空間こそがメタバースであると考えているため、
「メタバースではNFT」の主張をスタンダードとして押し通すことには
反対です。
一方で、「バ美肉・お砂糖」がメタバースの本質かと問われれば、
それは違うとも思います。
それは一つの構成要件や一種の出来事であるというという部分に
まとめられると思います
そもそも「メタバース」の定義が定まっていない状態で、
「メタバース原住民」を定義しているおかしさ
ニッソちゃん氏は上の記事で、
「メタバース」という言葉の定義すらよく決まっていない
と言っているが、定義が決まっていないものに対して、
原住民という言葉を定義することはできるのだろうか。
また、定義できないものを定義して、
「メタバース原住民を置き去りにする」などという論理は通用するの
だろうか。
メタバース原住民という言葉を定義するのであれば、
「バ美肉・お砂糖」を先にスタンダードとして定義した後、
それをしない原住民もいるということを言えばいいだけではないかと思う。
感情的にインフルエンサーとそうでないメタバース原住民を区別し、
個々の遊び方、関わり方、生き方は重要ではないと言い切っている点に
ついては、読んでいて違和感を覚えた。
メタバース=ごった煮をスタンダードとしたいのであれば、
先にメタバースを定義する必要があるのではないか。
そしてそれに最も近いものが
「インフルエンサー達が語っているメタバース」なのではないか。
と私は思う。
スマートフォンもパソコンも奥が深いごった煮だ。
サーバーはパソコンの一種だしパーツ1つ取っても種類や世代がある。
スマートフォンも同様のことが言えるが、
一般的には、それらはスマホでパソコンだ。
スタンダードを定めることは、それらを普及するために重要だ。
メタバースを普及させたいのであれば逃れることはできない。
②VR・メタバースはキモいの件
この記事の件です。
確かに3次元の姿がキモイということについては同意する。
もっとやり方ねぇの?とは正直思う。
リアル人体利用型ASIMOじゃん。それに高い。場所取る。
電気代も食う、高性能にしようとすると追加で金かかる。
いいことがないようにも思える。
過去、私も以下のような記事を上げたこともある。
趣味の活動って、興味ない人から見れば大抵キモいからね?
オタクは好きでなるもんでなく気付いたらなってるモノだからね?
ドルオタでない人から見たドルオタはキモいし、
ジャニオタでない人から見たジャニオタはキモいし、
鉄オタでない人からみた鉄オタは何考えてんのかわからんし、
趣味とはたいていキモいもんで、メタバースも例外ではなかろう。
あと、上記の記事でニッソちゃん氏は、
言いたいことは解るが、
例示したすべての人に広まるのは別にいいだろう。
魅力的に見えれば寄ってくるだろうし、
そうでなければ頭のおかしな人たちがなんかやってるで片付く話だ。
そもそも中高年のじじばばに知らせる必要はあるのか疑問だ。
機器を広めるという点では別にVRメタバースを基準とするのではなく、
どのようにでも広められるだろう。
VRゲームは何もVRメタバースだけではないのだから。
だが、むやみやたらに「一般人」が参入してきて、
現状のVR文化が「破壊」されたり「矯正」されることには反対である。
との主張には、完全に同意する。
そのためには、
アバターの導入方法や機材の価格と言った参入障壁が、
ある一定のフィルタとなるだろうし、現状そういう側面もある。
VTuberについては、急激に参入障壁が下がり、
誰でも利用できるようになったが故に、モラル崩壊、マナー違反、
規約違反等が蔓延ってしまった。
急激に一般人が入ってくれば治安はこのようになるだろうから、
そういった面では技術面、機材面の障壁は現状通りでいいだろうと思う。
この②の件に関して、私の主張に最も近い記事は、
アシュトン氏のこの記事である。 当該記事の内容に同意する。
③「一般人の流入=既存VR文化の破壊」の件
この件についてです。
私は、ニッソちゃん氏のこの見解については疑問がある。
確かに、そういったVRプラットフォームはできるだろう。
現にmetaやMicrosoftがそういった場所を作っていることからも、
必要になればできるだろうと思う。
が、VRChatやcluster、バーチャルキャスト、NeosVRなど、
既存のメタバース環境が侵害されることにはならないのではないか?
「遊び用のメタバース」と、「仕事用のメタバース」は
融合しないだろうし、融合する必要性がない。
仮に一般人が上記のようなVRメタバースに来たとして、
そこでのルールを教えるのは、郷にいるVRメタバース住民の仕事であろう。
「郷に入れば郷に従え」ということになるのではないか?
そして、そもそも融合しないのだから破壊もなにも存在しない。
これが私の考えである。
よって、これ以上この件でコメントすることがない。
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