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架空の恋

Gulliver Getの「紅い月~あの人に愛されますように」という曲に出会った頃、私は結婚して子どももいたけれど、恋をしていた。

名前も知らないソシャゲで知り合った人だった。会ったわけでもなく、想いを伝えたわけでもなく、ただただ大好きだった。

恋をするということに飢えていたわけではない。夫婦関係は円満で、旦那さんに不満もなかった。子どもとの時間は楽しかったし、何かををおろそかにしたわけでもなく、日常は粛々と流れていた。夜のほんのひととき、現実から離れてソシャゲの中で恋をしていた。

ソシャゲなのでギルドとかいうものがあって、メンバーはいろいろ。たまたま気があって話が弾んで、一緒にレイドボスの攻略を考えたりしてるうちに、気がついたら「あれ?私、もしかして恋してる?」という感じだった。

自分でもすごく驚いたが、会いたくて会いたくてしょうがなかった。現実で会いたいわけではない。その人が扱うキャラにゲームの中で会いたいのだ。

会いたいとも言えず、会えても話したいとも言えず、声をかけてくれるのをずっと待っていて(声が聞こえるわけでもないのだが)、周囲をウロウロしたり、雑用を進んでやったり、褒めてもらってドキドキしたり。まるで女子高生のようだった。

そんなときに、この曲が流れてきてハマった。1日に何十回も聴いていた。そのうち、自分(のキャラ)をかさねるようになる。

ヘビロテ期間が終わるとこの曲はあまり流れなくなって、自然に聴くということがなくなった。しょうがないのでCDを買って聴く。

昼間は延々とこの曲を流しながら、その人(のキャラ)を想い、時には涙まで流してしまう。自分はどうしてしまったのだろう。真剣に考えたがわからない。なぜ自分自身とその人ではなく、自分が扱っているキャラとその人の扱っているキャラだったのかもわからないが、夢を貪るかのようにのめり込んでいた。

そのうち、夜更かしが過ぎて朝が辛いなど、日常に影響がではじめたので、アカウントを消去してそのゲームをやめた。

やめてしまえばあっという間に夢も覚めて、先日スマホのダウンロードリストをなんとなくチェックするまで、その人(のキャラ)の存在さえすっかり忘れてしまっていた。今となってはその人のキャラ名どころか、ゲームの内容すらハッキリ思い出せない。

ただ、この曲を聴いていたとき、私はたしかに恋をしていたという気持ちだけがホロリと落ちてきた。

ずっと後になって、旦那さんにその話をすると「それ、よくある話。理想に近い人(キャラ)もいるからなぁ。俺もたまにある」と言っていた。

へぇぇーーー。よくある話なんだ。「俺も」あるんだ。

懐かしいような、顔から火が出るくらい恥ずかしいような、奇妙な恋の思い出。

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