見出し画像

踊れ! 熱くなるために。

分厚い木の扉に手を書けると、振動がかすかに伝わってくる。
開けた瞬間、あふれ出てくるのは、軽快なラテン音楽のざわめきとミラーボールが放つきらめき……。
パソコンのキーボードを叩く音だけが響く職場が日常なら、ここは非日常だ。うずうずしている自分を解放して、音楽に身をゆだねると足がリズムを刻み始める。次第に音と一緒になって溶け合い、熱いマグマのように全身の血が煮えたぎってくる。サルサ以外でこんな高揚感を味わったことがない。

 サルサは社交ダンスのように男性が女性をリードしながら踊る、キューバ生まれのペアダンスだ。最初の出会いは社会人1年目。友人に誘われてサルサクラブに足を踏み入れた。先生にリードされるままに、恐るおそるステップを踏んでみると不思議な感覚に襲われた。地面に足が着いているのに、浮いているような不思議な感覚。水に潜っているわけではないのに、一瞬息を止めたくなる。
初めて知った世界に気持ちがどんどん昂ぶった。あっという間にサルサの虜になり、気づいたら入会届を提出していた。

 サルサの魅力は、言葉を交わさなくてもコミュニケーションが取れるとことにある。
「2時間の合コンよりも、1曲サルサを踊った方がよっぽど相性が分かる」という人もいるほど。というのも、サルサを一緒に踊ればパートナーの人間性が読めてしまうから。つないだ手からは相手への思いやりが伝わり、アイコンタクトからは周囲への気配りを感じ取ることができる。
 ステップ、ターン、ステップ、神経を研ぎ澄まして指先から送られるメッセージを解読したら、上半身の筋肉を総動員させて返事をする。DJが大音量で流す音楽であふれるサルサクラブでは、フロア中に無言の会話が飛び交っている。

 流れる音楽もさらに気持ちを高めてくれる。軽快なリズムなのに、哀愁ただよう切ないメロディ。そこに情熱的な歌詞が乗せられている。思いが込もった歌に胸の鼓動が早くなり、ダンスにも熱が入る。ビートルズの「Let It Be」など有名な曲もサルサ調にアレンジされて流れ、そんな時は踊りながらつい口ずさんでしまう。さっきまでカウンターでビールを飲んでいた男性がいつの間にか体を揺らしながらボンゴを叩き始めることも。思いおもいに音楽を楽しむ空間ができあがる。
ダンスと音楽を自由に味わうことのできるサルサに病みつきになり、毎週のように通った。

 あれから10年、今日もわたしはサルサクラブの扉に手をかける。ときめきを感じさせてくれる新しい世界を期待して。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?