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とある珈琲店にて

なんとなくカスタード入りのシュークリームを食べたくなったら、とある珈琲店がふと頭に浮かんだ。それで適当な日を見つけて、その珈琲店に行くことにした。
 
駅から徒歩数分のところにあるその珈琲店は、急な細い階段をあがった二階にある。扉を開けるとすぐにカウンター席があり、その向こうにはコーヒーカップを並べた大きな食器棚が壁一面に設えてある。前回訪れたときと同様、カウンター席のはじっこ席に座り、アイスカフェラテと目的のシュークリームをお願いした。

古い木造りの店内には、可愛らしい陶器の置物がところどころに飾られてあり、クラシックの音楽が流れている。穏やかな時間の流れる店内は居心地がよく、差し出された水の入ったグラスの透明ささえもまた目に心地よく感じられた。

ふと窓の方をみると、通りの向こうにある街路樹の青々とした葉が窓ガラス一面に絵画のように広がっていて、その手前、窓際には、豊かな葉を茂らせた観葉植物の鉢がいくつも置かれてあった。古くからある店にも関わらず空気が新鮮に感じられるのはきっと、彼らの功績が大きいのではないのかと思う。わずかに開けた窓から通過する風が、植物の葉を涼しげに揺らしている。
 
しばらくして、アイスカフェラテ、そしてシュークリームがカウンターテーブルに置かれた。陶器のリスの人形がついたお皿のうえに、ぽってりしたシュークリームがひとつのっている。リスも食べたそうに見えるけれど、ここは注文した自分の特権としてシュークリームを遠慮なくいただく。さくっとした生地のなかには甘すぎないカスタードがちょうどよく収まっている。フォークを使い、ちぎるようにして食べる。おいしい。そう、ここのシュークリームはとてもおいしいのだ。だからきっと、シュークリームが食べたくなったらすぐにこの店が頭に浮かんだのだろう。
 
そしてもちろん、この店の空気感や時間の流れもまた良いのだ。だから仮にこのシュークリームを自宅で食べたとしても、はたして全く同じ味を感じられるかどうかは怪しいところだと思う。
 
シュークリームを平らげたあとは、しばし読書をする。ふと、観葉植物の方が気になり、目を向けると、そのなかのひとつの観葉植物と目が合った―というと、不思議な言い方に聞えるかもしれないけれど、なんとなく視線を感じたような気がした。
 
一番はしっこにある、あれはネムの木だろうか。窓際に並ぶ植物のなかではそんなに大きくなく控えめな様子だが、人懐こいというのか、優しいというのか、興味を持って意識を自分に向けているのを感じられたのはそのとき、ネムの木のように感じた。
 
風でときおり葉を揺らしながら、その植物はこちらを見ていた。わたしもその植物を見ていた。目が合った状態で、なんとなく言葉にならない何かを交わし合った(ような気がした)。すごく柔らかくて優しいなにかで、ちょっと好奇心もあってその子は人間(自分)を見ているような気がした。きっと性格の良い子なのかもしれない。だから、いい子だね、と心のなかでその子に伝えておいた。
 
しばらくすると他の客がやってきて、その植物のそばの席に座った。座る際、抱えていた荷物がその植物の葉にぶつかり、葉が大きく揺れた。でも植物は当然声には出さずに黙って揺さぶられたままで、客はそれに気づかず、どさりと席に座り、植物の姿はわたしの席からあまり見えなくなった。と同時に、さっきまで交わしていたものも途絶えてしまった。

もちろん、こんなやりとり、妄想と言われたらそれまでだけれど、なんとなくそれも含めて心地よい時間に思えた。帰り際、その子をみると、植物はまた植物然として、おとなしくそこに佇んでいた。


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