家族との関係③ユリコさんの場合

80代になり、やっと、入れ歯を作る事になったユリコさん。

遅いくらいだけど、しょうがない。施設では、通院などは、基本、家族に付き添ってもらって行く事になってるが、いかんせん、ユリコさんの所は、娘さんと二人では、ユリコさんが病院へ行かない。

第三者が入れば外用の顔になるのだが、娘さんと二人だと分かると、椅子から立とうともしない。

仕方が無いので、娘さんとスタッフと三人で行く事になった。

歯医者へは、施設から徒歩10分。私が車椅子をおし(距離がある時だけ彼女は車椅子を使う)娘さんが隣を歩く。

まあ、道中、何も話さない。よっぽど娘さんが一緒に来るのが気に入らない様子のユリコさん。娘さんが話し掛けても、無視を決め込む。

歯医者へ着き、順番待ちをしていると、

『お姉さん、トイレに行きたいわ』

私とトイレへ入ると、、、

『なんで娘が一緒なの?!頼んでないのに。』

「家族だからだよ。ユリコさんが心配だから、付いてきてくれたんじゃん。良い娘さんだよ。」

苦虫をかみ潰した様な顔で、ユリコさんは突然怒り出した。

『娘に付き添ってもらうほど、私はダメになってない!嫌なのよ!側に居られるのが!私は一人でなんでも出来るのに!』

「ユリコさん、ユリコさんが、なんでも出来るのは知ってるよ。でもね、銀行にお家賃を振り込んでもらったり、必要な洋服とか買いに行って持ってきてくれたり、役所の手続きとか娘さんがやってくれてるんだよ。ユリコさん、全部一人で出来るの?出来るなら、娘さんに、そう伝えなよ。私に言うんじゃなくて、親子でしっかり話し合わなきゃ。」

『。。。出来るわよ!私は全部一人で出来る!あ~、あの時ちゃんと言えば良かったわ!ここから出たくない!絶対出ない!!』

「そっか、分かった。ところで、あの時っていつの話なの?ユリコさん」

トイレに立てこもり15分。30年前の娘さんとのイザコザを私に聞かせてくれた。

けして、今すぐ出ろなんて無理強いは、しない。

おそらく、一緒に暮らしていた時の事、子供達に迷惑を掛けたくない事、弱みを見せたく無い事。同居していた時、娘さんの旦那さんに迷惑を掛けたくないから、娘さんにキツく当たっていた事。

全部話を聞いたあと、私が放った言葉は、、、

「そっかそっか。ユリコさんも、ほんとにたくさん色んな事を考えての今の生活なんだね。。。

でもさ、、、

それ、ワタシ、関係ある?なんなら、ここ歯医者のトイレなんだけど、歯医者さんも次の予約の患者さんも、待ってるけど、どうする?出ない?とりあえず、ココを」

『あら?!そうなの?歯医者なの?あらやだ!出るわ出るわ!迷惑だもんね、やだ〜♪あはははは〜♪』

一見、冷たい対応に見えるが、それは、ユリコさんと私の信頼関係がしっかり結ばれているから。入居したてのユリコさんと、寝る前の30分、毎日話を聞いてもらったり、たわいも無いおしゃべりをしたり。

ココに居ても安心なんだと、1年半掛けて伝え続けた。

それがあっての、この会話。

自分の思いの丈を話したら、スッキリしたもよう。

無事に入れ歯を作り、帰りは私と話したり、娘さんと話したり、行きとは別人の様なユリコさんなのでした。

きっと何十年も心の中にあった思いを、誰かに聞いて欲しかったんじゃないかな。

プライドが高いユリコさんだから、なかなか心の内を見せられる人が周りに居なかっただけなんじゃないかな。

私達介護ケアワーカーは、残り少ない人生の終盤を迎えた人達の、やり残してきた事や思い残して来た事を、今出来る事で叶えていく素敵な仕事なんじゃないかな。