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第2話 「真夜中の空」

    人類が地下に移住したのは2000年6月。移住が決定してから、日本は今までに無い天変地異に見舞われた。台風、津波、洪水、地震。そして1億4千万人だった人口はたった3千万人にまで減った。亡くなった人々の事を思うと生き残った者たちは素直に喜べなかった。地下に移住した者たちは誓った。地上に未練を持たないと。二度と日の目を見ることは許されないのだと。 そして2001年6月、地下帝国日本は新たな法を施行した。

 地下帝国日本憲法第一条 

日本国民は地上を連想させるいかなる発言及び表現を禁じる。

 もともと移住の際に多くの書物や資料が破損紛失していたが、残ったものも地上を連想させるものはすべて処分された。そこには空や海、地上の風景写真や資料も含まれた。地上で活発だったインターネット回線も地下用に配線が組み直され地上でのデータはほとんど見ることはできない。新しい法が施行されて13年。今の子どもたちは空が青かった事すら知らない。 

 「そっか、君は青空を知らないんだ。」 

 「アオ・・・ゾラ・・・?」

 会話をする2人の後ろでは雨がざーっと音を立てて降っていた。少女はどこか寂し気で、髪にわずかについた雫がほおを伝い、まるで泣いているように見えた。 

 「お父さんも同じ瞳を?」 

 「え?」

 なぜ父の事を聞かれるのか不思議に思いながらもソラは答える。 

「父さんは地下移住のとき死んだ。写真も残ってないよ。」 

 「そお。」

 少女は寂しそうにうつむく。移住の際に親族を失っている者は大勢いる。しかし、少女はまるでそんなこと今初めて知ったかのように落胆した。他にも疑問は沢山あるが、ひどく落胆する相手は質問を受け付ける余裕が無いように見えた。困ったソラは初対面のマナーを行使した。 

「俺、ソラ。青木ソラ」 

 急に名乗られ、少女は驚いてソラを見上げる。その顔はわずかに微笑んだように見えた。 

 「素敵な名前ね。」 

「そんなこと初めて言われたよ。今時こんな名前、恥ずかしいし。・・・でも死んだ父さんが残してくれた名前だから褒めてもらえて嬉しいよ。」 

「お父さんが?」

 まただ。今にでも泣き出してしまいそうな悲しい目をしている。 

「どうしてそんな悲しそうな顔するの?」 

「悲しいの・・・」 

とても儚い声で少女は言ったが、ソラには聞こえなかった。 

 「え?」

 聞き返すとさっきとは違う言葉が返ってきた。 

「私はマヤ。霧野マヤ。」 

 「マヤ?」 

「真夜中のマヤ。あなたは青空の空でしょ?私たち正反対の名前ね。」

 マヤの言葉にソラはおかしそうに笑う。 

「はは、空はいつだって空だよ。昼だって夜だって空が空であることに変わりはないんだからさ。」 

 ソラが笑っても、マヤが笑うことはなかった。沈黙そして無表情の少女。どうしても気になって、ソラは疑問を口に出す事にした。 

「君はさっきからずっと空の話をしているけど、反政府運動の一員か何か?」

「反政府運動?」 

どうやら違うようだ。最初からなんだか話が噛み合ない。 

「知らない訳じゃないでしょ?空とか、地上を連想させるような発言はしちゃいけないんだって事。俺が言っても説得力ないけどさ・・・」 

「どうして?」

 予想していない答えにソラは怯む。 

「どうしてって・・・法律で禁止されてるんだよ。」 

「法律?でもこの雨は政府が降らせてるって聞いたわ。雨も地上を連想させるでしょ?」 

「それは科学的に地下生活に必要だって証明されたから。首相の許可を得て政府が特別に行っているんだよ。」 

 「そうなんだ。」 

「本当に何にも知らないんだな。過去からタイムスリップでもした?」

 そういえば、青空の話を平気でしたり、もしかして本当に… 

「あら、随分想像力が豊かなのね。もしタイムスリップが本当に可能なら地上で暮らしてた時代に戻りたいわ。」

 ムキになるマヤがおかしくて、ソラは声をあげて笑った。こっちが笑っても無表情で全く笑わないけど、ちゃんと感情はあるんだなと思うとほっとした。初対面なのになぜかマヤと話してると胸がざわつく。それに、 

「こんなに堂々と空の話ができて、なんか久々に楽しいかも。」

 この胸のざわめきはきっと、輝かしい未来への期待。今までソラが失っていた希望。 

 そういえば、初めてトオルに話しかけられたときもそうだったなとソラは一年前の記憶を呼び起こした。


 1年前の2013年4月  第一中等学校入学式

 入学試験で一番成績の良かった生徒が新入生代表の挨拶をすることになっていた。 

 「新入生代表1年Aクラス青木君。」

 入学式当日いきなり代表だと言われ、なんの準備もなくマイクの前に立たされた。どうやら、代表だった生徒が欠席しており、次に成績が良かったソラに代役が回って来たらしい。 

 「ったく、こんな日に休むなよな。」

 誰にも聞こえない程度にぼやくと、ソラはあたりさわりのない言葉を口にした。どんな内容の無い文章でもこういう場で唱えれば大きな拍手がもらえるんだな。と、ほんの少しだけこの世に絶望した。式が終わり、各クラスでの説明も滞りなく終わった。そして中学ってこんなもんか。と、これからの三年間に何の希望も見出せないでいた。そうやってなげやりになりながらも、いつの間にか下駄箱の前に到着。「今日の夕飯何かなー」などと考えながら下駄箱から靴を取り出す。唐揚げがいいなーと思いながら校庭を歩く。 

「青木ソラ。随分ご立派な名前だな。」

 急に後ろから声をかけられ振り向くソラ。 

 「お前何月生まれ?」

 どうやら、声をかけて来たのは先輩のようだ。ここは無視して、からあげにはマヨネーズをかけるかポン酢をかけるかという思考に戻りたかったが、そういうわけにはいかないというこの世の道理をソラは充分理解していた。 

「5月・・・ですけど?」 

「なるほど、ギリギリ法律が制定される前だな。」

 なんだそう言う事か。相手の意を理解して必要な情報を選ぶ。 

「はい・・・改名は免れたんですけど、漢字表記は地上を連想させるからって・・・」 

 「大変だな。お前も。」

 お前も?

格助詞に少し違和感を感じながらもここで聞き返すと話が長くなるなと判断したソラは何も言わなかった。 

 「俺は風見 透。お前とは気が合いそうだ。」

 そう言ってトオルは手を差し伸べる。優しい笑顔に思わずソラはその手に自分の手を重ねてしまった。


 懐かしい思い出に浸っているといつの間にか雨は止まっていた。トオルの真似をしてソラも手を差し出した。 

 「なんか俺たち仲良くなれそう。」

 ニコッと微笑むソラにマヤもぎこちなくも手を差し出しだした。     



つづく 

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