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わすれもの      百田宗治

塀越しに掌(てのひら)ほどの日のひかりが落ちる、
太陽だつて気がつかないにちがひない
この遺物(わすれもの)を私は珍重してゐる


洒落た短詩である。ふと見ると塀のところに日の光が差している。この日の光は太陽から落ちたものである。しかしあんまり小さい日の光だもんで、きっと太陽だって気がついていないに違いない。

空想を逞しゅうすれば、時期はきっと冬である。よほど寒い日なのである。しかも夕暮れですぐにも太陽は消えていこうとしているのである。そこを日の光が差しているのだから、暖かい気がしてくるのである。何とは無しに懐かしい気もするのである。ただでさえ孤独な詩人の人恋しい病も少しは治りそうな気もするのである。だから、たいそう重宝したくなるのである。

この孤独感と慰みとを「遺物を…珍重」と、ちょっと洒落た表現にしているところが、どんなに孤独に陥るとしても決して手放すことのないこの近代的詩人の矜持であるとも言えようか。

そんな詩。たぶん。

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