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「口から生まれたサウスポー」をキャッチコピー的に読み解く

 「口から生まれたサウスポー」といえばみんな大好き大野雄大の二つ名であり、口に出して読みたい日本語のひとつだが、まず一旦大野雄大のことを忘れて虚心坦懐にこの文字列を眺めてみると、「口から生まれた」と「サウスポー」にまったく関係性がないことに気づく。「口から生まれた」とはもちろん「口数の多い者や口の達者な者」(デジタル大辞泉)を指す言葉だが(本当はこの後に「……をあざけって言う語」とあったが、これは聞かなかったことにする)、もちろん野球と口数の多さはまったく関係がない。喋りながら投げるわけではないし、口の上手さという評価項目は野球の評価基準の中に存在しない。


 つまり「口から生まれた」と「サウスポー」の間には札幌とリオデジャネイロくらいの距離がある。しかし2つの単語が結びつくにふさわしい「理由」が与えられた時、この遠く離れた2つはキャッチコピーとなる。
 一つ例を挙げたい。1987年のJR東海の広告「シンデレラ・エクスプレス」シリーズの1つにこんなキャッチコピーがある。


 距離にためされて、ふたりは強くなる。

 

 このコピーを、コピーライターの上田浩和氏はこう評している。


 ふつう、「距離」と「ためす」という単語が隣り合うことはない。それこそ、「距離」は東京にいて、「ためす」は大阪にいるくらい意味的に離れている。それを結びつけたコピーライターはすごい。コピーライターの頭のなかで、「距離」が新幹線に飛び乗って「ためす」に会いにいったのかもしれません。言葉の組み合わせがコピーを強くしています。
(「テーマで学ぶ広告コピー事典」グラフィック社、2014年)

 この場合、「距離」と「ためす」を結びつけたのは「遠距離恋愛」である。そして同時にこのコピーは、距離という障害があることでふたりの愛がより強く固いものになるのだと遠距離恋愛を肯定的にも捉え、現在と違い携帯電話もインターネットも普及していない時代でふたりをつなぐ強力なツールとして新幹線を訴求している。抽象的かつ普遍的なコピーを中央に、「日曜夜・最後の新大阪行き・のぞみ シンデレラエクスプレス」というそっと具体的な行動に向かわせるような部分をさりげなく隅に配するレイアウトも含めて完成度が高い。


 常々考えていることだが、キャッチコピーは「意表を突く」と「誰にでもわかる」のちょうど中間を攻める技だと思っている。あまりに当たり前のことすぎると「そんなの知ってるよ」となってしまい、コピーになりえない。意表を突きすぎると今度は誰にも理解できないものになってしまい、やはりコピーになりえない。理想的なコピーとは誰もが「言われてみれば確かにそうだ」と見た瞬間に納得できるものでなければならない。だから「人の体は食べ物で作られている」はコピーにならないが、「やがて、いのちに変わるもの。」(ミツカン/2005年)はコピーになる。「トイレにシャワーをつけましょう!」はコピーにならないが、「おしりだって、洗ってほしい。」(東洋陶器/1982年)はコピーになる(これはキャッチコピーでまず目を惹きつけてからボディコピーで理路整然とウォシュレットの必要性を説くという構成だが)。


 「距離にためされて、ふたりは強くなる。」も同じように、共通認識として存在する「恋愛は障害があるほど燃える」ということを「言われてみれば確かにそうだ」のレベルにまで引き上げた一文といえる。一見遠く離れている言葉を結びつけて、その向こうにコピーが訴求したいもの(商品、サービス、人)の姿を想起させるという手法のコピーが多いのは、普遍性と意外性の間を突くキャッチコピーの使命故ではないだろうか。


 以上のことを踏まえて、もう一度「口から生まれたサウスポー」に戻ってみる。この言葉の向こうに「大野雄大」という主題を置いた時、これは寸分の狂いもなく的確に、端的に大野雄大のキャラクター(と、職業)を言い表す文言だということに気づく。主役はコピーではなくそのコピーが訴求したい対象であって、対象を離れた独りよがりな作文は広告ツールたるキャッチコピーとしては失格である。道具だからこそ名キャッチコピーは機能美とでも言うべきものを帯びる。


 この一文はもう一文字たりとも変えられない究極的なものになっている。短く過不足がないという点では資生堂の「一瞬も 一生も 美しく」(2006年)に通ずるものを感じるが、このような「完璧」なコピーはどちらかというとコーポレートスローガンに多い印象を受ける。細分化された商品・サービスではなくこれから何十年も存続していこうとする企業が看板として掲げるものだから、改変のしようがない完璧なものが求められるのだろうか。そういう意味では、人と企業は同じようなものなのかもしれない。


 もう1つ、優れたコピーには口に出すと気持ちよく感じるリズムがある。「ゴホン! といえば龍角散」(1953年)や「HITACHI inspire the NEXT」(2000年)あたりはその好例ではないかと思うが、ぜひ「口から生まれたサウスポー」も口に出していただきたい。流れるようなリズム、まるで大野のトークのように滑らかである。口から生まれた男にふさわしい。


 普通に生きていて二つ名をつけられる人はそれほど多くない。しかもつけられたのが名キャッチコピーの条件に当てはまる名フレーズなのだから、つくづく大野はバトスタに出ていて良かったと言うべきであろう。


参考文献:時代を映したキャッチフレーズ事典/深川英雄、相沢秀一、伊藤德三編著
テーマで学ぶ広告コピー事典/グラフィック社編集部編


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