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大野雄大の金メダルだけを見に行く

 先週の日曜日(の試合の6回裏終了時)まであの野球殿堂博物館で我らが大野雄大の金メダルが展示されているということで土曜日に行ってきた。


 しかしあの大野の金メダルである。どんな時でも日本代表に選ばれたいと言い続けてそれを叶えてその献身ぶりでチームを支えてようやく掴んだものである。これはただ見るだけとはいえこちら側もそれなりの厳粛な心構えで見せていただく必要があるのではないか。ここは純粋に「大野の金メダルを見に行く」という目的だけのために、「大野の(略)」ために必要な行動以外一切せず、見に行って帰ってくることにする。ついでに東京ドームシティとかに寄って服なんか見ちゃったらその時点で「大野の金メダルを見に行って服とか見てしかも買い物とかもしちゃった」人になってしまう。ただのお出かけである。金メダルというものはついでに見とくか~ぐらいの気持ちで見るようなものではないのである。獲った方もせっかくオリンピック出れたしついでに獲っとくか~ぐらいの気持ちで獲っていないのだから。いやついでに見ても別にいいしついでにどこかに行ってもいいのだが、とにかくその時の私は「大野の金メダルを見に来ただけで帰った人になりたい……」という気持ちであった。


 こうしてまっすぐ野球殿堂博物館へやって来た。巨人にも中日にも何の関係もないTEAM26の会員証をサッと提示して500円払ってサッと入館し、サッと金メダルのもとに行った。


 よく考えたら今日は中日戦であり、通常時であれば我らが大エースの金メダルを見に中日ファンの方々で溢れ返り、数年前に行ったルノワール展の「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」の前のように「立ち止まらないでください!」とか言われながら数秒チラ見して終わるみたいなことになっていたのかもしれないが、このご時世なので展示コーナーはめちゃくちゃ空いていた。


 ルノワールの絵と同じくらい立ち止まってじっくり見たい金メダルはギラギラに輝いていた。ただでさえ荘厳なメダルに「これは大野雄大のものである」という価値が上乗せされて眩しかった。これは5試合戦ったことだけに与えられたメダルではない。野球を始めてからつらいことも苦しいことも厳しいトレーニングも試合も乗り越えて国の名を背負うにふさわしい能力と技術とメンタルを身につけた歴史に与えられた栄冠だと思った。これはもう崇め奉るしかない。あまりに神々しかったので手を合わせたかったところだが、「大野の金メダルを見に来た変な人」になりそうだったのでやめた。


 他の展示物もものすごく見たかったが、今日は大野の金メダルしか視界に入れてはいけないので泣く泣くこれだけやって外に出た。そしてまっすぐ帰った。本当はニトリにもロフトにも行きたかったけどとにかく一旦帰らなければならない。東京ドームの外にロフトへ買いに行こうと思っているメーカーの傘をさしている人がいて今すぐロフトへ行ってそういう傘を買いたくなったけれども我慢した。電車の中でRoomClipを見て今すぐ突っ張り棒と無印の収納ボックスを買わなければいけないような気分になっても我慢した。大野の金メダルを見に行く私と傘と突っ張り棒と無印の収納ボックスを買いに行く私は切り離されなければならないので。


 そんなこんなでちゃんと帰ってきてから改めてニトリへ行った。本当にいいものを見せていただいたし改めておめでとう大野という気持ちになった。家に財布を忘れてニトリへ行ってしまい不要な往復が発生したためロフトへ行く時間がなくなったことなど金メダルの前ではどうでもいいことである。

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