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アニリール・セルカンと過ごす2021年GW(いやだ)〈「タイムマシン」・下〉

[ShortNote:2021.5.7]

〈ここまでのお話〉
上(キャラ紹介~Chapter 02)↓

中(Chapter 03~05)↓


06 時間旅行への扉

 いろいろと引っかかるところはありますが、いよいよタイムマシン実験当日です。「六百人以上もの人びとが詰めかけた」(p.146)って入場者数を数えてるイベントでもないのになぜ正確な人数がわかるんでしょうか。招待状の枚数からカウントしたのかもしれないけど校長みたいに届いても来ない人もいるだろうし。プロジェクトチームの中に野鳥の会会員がいたのかもしれない。

 ここでイアニス父。誰よりも熱意が感じられる彼は、他の父たちに対して演説をぶちます。

君たちはなんのためにここにいるのかね? どうせうまくいかないかもしれないが、息子ががんばっているんだから、手伝ってやろう、そんな気持ちでここにいるのであれば……それは大きな間違いだ。(p.147)

 タイムマシンに問題があることはわかっているが、イアニスが実験の成功を信じて努力しているから自分も成功を信じる。カッコいい。父親の鑑。父親にしたい軍人No.1。クールに見えて中に熱い心を秘める男、鉄板ですね。

 イアニス父の熱さに触発され、他の父たちもそれぞれ自分の想いを語り始めます。息子の初めて知る一面だったり、少年時代の思い出だったり、この辺りはグッときます。ただ「デザイナーらしく作業着をおしゃれに着こなしたティムの父」にはちょっと笑ってしまった。スキル生かすところそこかい。「作業着は着崩すものではない」とイアニス父に怒られろ。しかしティム父、「オヤジの車を勝手に改造して怒られた」らしいですが車を改造できる知識はあるのにエンジンの話にまったくついていけてなかったのは何なんでしょう。

 その父の息子であるティムは、タイムマシンのパイロットケマルにティム母がアメリカから持ってきた星条旗デザインのヘルメットをプレゼントしていました。この小説の中でティム一家がしたことはマクブライト先生をオシャレに変身させたこと作業着をオシャレに着こなしたことドイツ系トルコ人にアメリカの国旗をデザインしたヘルメットを被せたことだけです。なんだろうなあこれ。銀行かどこかに実験のための融資を頼みに行くもしょぼくれたマクブライト先生の身なりだけで判断されて追い返されてしまうがティムのプロデュースで立派な研究者然として見えるように変身して見事信用を得ることに成功する、とかもっと他にやりようがあると思うんだけど。

 幼い弟を騙し続けることに気が咎め、意を決してこのタイムマシンが片道であることを告げるケンですが、ケマルはもうとっくに知っていたと答え、「ぼくはおにいちゃんを信じてる。おにいちゃんは、ぼくならできると思ってパイロットをまかせてくれたんだ。だからぼくはやるよ」(p.152-153)と言い切ります。ケマル……お兄ちゃんより遥かに立派……君はああならないようまっすぐ育ってくれ……。

 いよいよタイムマシンが動き始めます。カウントダウンの途中で少年たちや観衆にスポットを当てていくのも映画っぽい。「『あいつら、すげえ!』ダニエルをなぐった少年たちは、傘もささずに実験を見ていた」(p.158)。おっ! いつまで経っても来ないから向こうから来てくれたぞ! 今だ! 殴りに行け!

 そしてスイッチオン。次のページには「雨にとけるようにそのまま消えてなくなった」(p.160)という文だけが書かれているのですが、なぜか字間が空いていてちょっと怖いです。→こ  の  よ  う  に。

 タイムマシン実験が失敗し、ケマルも無事に生還し、またマクブライト先生のノーベル賞受賞スピーチに戻ります。「大人たちは、残念ながら、少年たちの力にはなれなかった」(p.163)って先生、イアニス父の熱い尽力を無視する気か。作者が大人たちの功績を認めなくても私は認めるぞ。「そう、彼らの一人ひとりが、タイムマシンとなったのです!」(p.164)という名ゼリフっぽい言葉でスピーチを締めるのかと思いきやまだちょっと続きます。終わったかと思って拍手したらまだ続きがあった時ってめちゃくちゃ気まずいですよね。結局マクブライト先生のスピーチの終盤で拍手は3回も起こっており、「大きな拍手」→「さらに大きな拍手」→「割れんばかりの拍手」と三段階になっています。全部終わった後に割れんばかりの拍手だけでいい。少年たちの拍手と最後のダニエルのセリフは微笑ましい。

エピローグ

 エピローグというよりおまけ的な。授賞式を終えたマクブライト先生とケン母の会話。あの時プラズマ・チャネルがうまく機能しなかった理由について研究を続けた結果、ケン母にアドバイスをもらったアルミナ・パウダーに問題があったということを突き止めたマクブライト先生。タイムマシン失敗の犯人はお前だと言い放つ感じ、推理小説のラストっぽいですね。「うふふ、とケンの母は笑い声をあげた。『ようやく気づいたのね、先生』『え?』『なにごとも自分で考える、これが科学者の鉄則よ』『まさか……わざと?』」(p.168)というやりとりも探偵と犯人っぽい。見ようによっては「少年たちと父親たちが成功すると信じて取り組んだ成果を母親がぶち壊した」と感じられなくもないですが、ラストのケン母の「でも、私も母親よ。息子を乗せるのは、旅が往復になってからじゃないとね」というセリフはいい。いたずらっぽい。尻叩くのも物投げるのもいたずらっぽいからなんですよね。ね。

あとがき

 作者セルカンの言葉。「仲間たちのビザの手配に駆け回ってくれた父の姿」(p.171)……やっぱりビザとかいろいろあったんじゃん。作中のケン父、1か月も他の親たちを泊まらせるところ手配してたし。「十七人ぶんのごはんを作ってくれた母の姿」(同)……25人分ですけど。何食費を過小評価しようとしてんだ。オリバーとオルハンのキャラを立たせるために大げさに25人分と言っただけで史実では人数通りだったのかもしれない。

 13人の友情は20年近く経った現在でも続いている話と、「歳をとってリタイヤしたら、もう一度ケルンに集まってタイムマシンを作るのだ」(p.174)という話。セルカン、この後ある意味リタイヤしたようなものなんだから作ってみればいいのに。そして東大に博士論文提出する前に戻ってやり直せばいい。でも過去は変えられないんだっけ。じゃあしょうがない。

 いつか子どもたちとタイムマシンを完成させたそのとき、乗組員はもう決まっている。
 弟の息子には、きっと星条旗のヘルメットが似合うにちがいない。(p.174)

 という文章で締められています。いや、弟どんだけ巻き込まれ続けるんだよ。今度こそセルカンが乗れ。

 ということでまたまた長かったですけれども終わりです。全体的な感想としては「消化不良」「あっさりしすぎ」。文字が大きくてところどころふりがなが振ってあったりするので小学校中~高学年あたり向けかと思われますが、「それぐらいの年の子は込み入ったストーリーや説明にはついてこれないだろう」と物語を単純にしすぎた典型的な「児童文学もどき」の匂いがします。

 自分の経験でしか語れませんが、それぐらいになるともう「ハリー・ポッター」シリーズや「ダレン・シャン」シリーズなどのストーリーやファンタジー世界の用語・設定もわりと把握して読めてたし、「子ども向けだから簡単にしてやろう」というのはちょっと子どもをナメてるなと思います。子どもはすごいみたいなこと言ってたじゃないか。

 時空や宇宙の仕組みについて興味を持つきっかけとしても説明が断片的かつ上っ面すぎていまいち没入しきれない。同じようなジャンルの同年代向けであれば、私が小学生の頃読んだ「アルバートおじさん」シリーズの方が遥かに適任だと思います。有名な科学者のアルバートおじさん(たぶんアルバート・アインシュタインがモデル)とその姪のゲダンケンが冒険を繰り広げる物語で、SF小説の形で相対性理論やミクロの世界、ブラックホールなどのテーマについて自然に学べます。これを読んだ時のワクワク感や「こういう世界ってすごい!」という驚きをこの本からはあまり感じられませんでした。キャラの魅力や筋立ての面白さも。それはたぶん私の感性が大人になって枯れたとかいうことではない。本当に優れた児童文学というものは子どもが読んでも大人が読んでも(響くところは違うかもしれないけど)心を動かされるものだと思います。

 科学の入り口としては力不足、では少年たちが力を合わせて一つの物事に取り組む青春物語としてはどうかというと、それもどうしても映画「遠い空の向こうに」と比べちゃってダメだった。ロケットに対する情熱も立ちはだかる困難もそれを超えていくカタルシスも少年たちの魅力も全部あっちの方が濃厚。作ろうと思った動機からしてあっちはソ連の人類初の人工衛星打ち上げを見たこと、「タイムマシン」は退学になって家でダラダラしてる時にたまたま見たテレビドラマなのでいまいち気合いが入らない。教科書にも載ってる名作と比べるのは酷かもしれませんが、「これ読む暇があるならあっち観た方がよくない?」とどうしても思ってしまう。まあ、これが現実のNASAに勤めてた人と想像上のNASAに勤めてた人の差なんでしょうか。

 純粋にこの小説だけで見るとどうかと言っても、本当に「良くも悪くもない」。手放しで絶賛したくなるほど素晴らしくもとうてい読み通せないほどひどくもない。一部のキャラやところどころのセリフにはいいと思えるものもあるけど、ボヤの件やダニエル放置など「それはちょっとないんじゃないの」と腹が立つところもある。

 私が小説で一番重視してるのはキャラクターで、キャラクターがよければ多少のアラは覆い隠してくれるんですけど、「タイムマシン」でいいと思ったキャラはイアニス父(好きなポイントばっかり)とマクブライト先生(かわいい)、あと火をつけられたり仲間たちが口でなんか言うだけで自分をいじめた奴らに何もしてくれなかったダニエルには同情票をあげたい。

 あとはみんな五十歩百歩って感じ。でもケンは好感度最下位。主人公のくせに主人公っぽく他キャラを引っぱっていくところもなかったし、最後は弟にカッコいいところ持っていかれて影が薄くなっちゃった。キャラ的にもお尻にパンツ食い込んでるオルハンに食われてるし。好感度が低いまま影が薄くなっていく。絶望しかない。ただこれでケンがヒーロー的大活躍をしまくってたらケン=作者の自意識を感じて白けちゃうからこれの方がマシなのかな。あとブービーはケン父。「クソ校長」発言忘れないからな。チンピライメージが最後まで払拭できなかった。

 あと今思い出したんですけど、ウルスラ先生ってタイムマシン実験に来てましたっけ? 読み返してみても姿が見えないんですが。いままで見せたことのないような笑顔を見せただけでフェードアウトですか? てっきりポーカーフェイスだけど実は熱い教育者の魂を持つウルスラ先生が校長を説得してドイツに行き、あなたが一方的に落ちこぼれの問題児だと決めつけた彼らが力を合わせてタイムマシンを作ろうとしていますよという見せる展開になるかと思ってた。あの微笑は「何言ってるんですか。心理学者はタイムマシンなんかに興味持ちませんよ、バカバカしい。行くわけないでしょ」という意味だったのか?

 しかしウルスラ先生にしろマクブライト先生にしろリー博士にしろケン母にしろ、ケンたちに理解を示してくれる大人たちは学者が多い。これは教育者不信の研究者贔屓というのは深読みしすぎでしょうか。他の人たちはまだ必然性があるけどウルスラ先生が心理学者である必要性が感じられない。実話であって実在の先生がそうだったからということなのかもしれませんが。

 いいところといえば本編169ページと短いのでサラッと読めるところですかね。ただAmazonのレビューを見ると「たくさんの国の子どもが集まっている学校がどういうところかとか、子どもや親が集まってきた時の会話は何語なのかとかの方に興味がある」というようなことを書いてる人がいて、確かにそれが気になると思いました。みんな集まって何事もなくコミュニケーション取れてるけど。少年たちは寄宿学校で生活してたからできてるでしょうが、初対面と思われる親たちはどうしてたんでしょうか。こういうところとかヨゼフの旅の苛酷さ(そうしてまでも親友の元に駆けつけたかったヨゼフの気持ち)とかをもっと突っ込んで知りたいのに作者は10年後のイアニスの祖母の話とかティムとマクブライト先生のオシャレ交流とかそういういらない描写に力を入れているため、こっちが知りたいところと作者の書きたいところに溝を感じてしまいました。

 そしてポンポン場面が飛ぶ理由が最後までわからなかったけどこれはタイムトラベルを小説の描写に組み入れたということなんですかね。なるほど。わからない。

 「作者は経歴詐称をしてたかもしれないけどそれとは関係なく素晴らしい! 好奇心を刺激してくれる作品だ!」とかばうことはできないかな……という小説でした。この本の元となった「実話」とされているタイムマシン実験が指摘通り架空のもので100%フィクションだとしても評価は変わりません。むしろフィクションだとしたらもっとストーリーに肉付けしてくれとかキャラを絞ってくれとか言いたい。

 ということで長かったセルカン本の旅もやっと終着点です。なんだかんだでGWのいい暇つぶしになりましたしこんなに書かせるセルカンはある意味すごいのかもしれない。良いものに対してどこが良いと感じたのか言葉にすることも大事ですが、逆に良くないと思ったものに対してどこが引っかかったのか述べるのもたまにはいいなと思います。その材料になってくれてありカン。ただこんな人はもう出てこないことを心から願っております。分野にかかわらず地味でも知られてなくてもコツコツ誠実に研究に向き合っている本物の学者の方々に敬意を表しまして締めの挨拶とさせていただきます。


独断と偏見で「タイムマシン」メインキャラを存在感順に並べる

↑高

ダニエル:悲劇のヒーロー。燃やされかけたり15人グループにボコボコにされたりタイムマシン作りには何も役に立っていないがそっち方面で目立っている。

ビクトル:スラムのエピソードで印象に残る。ドイツに来てからの印象は薄め。

オルハン:尻にパンツが食い込んでることしか覚えていないがパンツ自体のインパクトが強いため上位。

ケン:中盤までは良くも悪くも(「悪くも」の方が優勢)目立っていたが、なぜか終盤で急失速し主人公(笑)に成り下がる。

ユッシ:自己弁護のインパクトだけは強い。

イアニス:無理やり捻じ込まれた10年後のエピソードなど作者からゴリ押され気味だが、父親にキャラを食われている。

ティム:わざわざマクブライト先生とのオシャレ交流など出番を作ってもらった作者から気を使われているキャラ。

オリバー:13人の中では最も早くケルンに馳せ参じたもののビッグマックを4個食べたことぐらいしかインパクトがなかった。出オチ。

フリオ:「そうだろう?」で悪名高い。シュワちゃん似ならシュワちゃんのようにダニエルいじめた奴ら屠ってこいよ。Hasta la vista, baby.

アル:マクブライト先生に憤るくらいしか出番がなかったため彼がパーティーに加わると急速に役割を失った。

マルティン:ティム同様タイムマシンに何も役立たないスキルを与えられたが、ティムと違い作者に気を使われていなかったため放置された。

ヨゼフ:もしかしたらハンガリーの情勢などを作者が細かく書く気になっていればもっと上位にいたかもしれない悲劇のキャラ。「いつもちょっと寂しそう」という本編には一切登場することのなかった設定が切なさを倍増させる。

ケーシー:セリフあったっけ? と思ってしまうくらい印象がないけどオルハンのパンツ指摘があった。でもこれはケンやダニエルも言ってるのでケーシーの専売特許ではない。

↓低

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