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アニリール・セルカンと過ごす2021年GW(いやだ)〈「タイムマシン」・上〉

[ShortNote:2021.5.7]


「タイムマシン」日経BP社/2006.11.27

 さあいよいよ3冊目、大トリ「タイムマシン」。高校時代のタイムマシン実験をもとにした小説です。これまでさんざん「研究者というより作家」「フィクションの方に才能を伸ばせばよかった」とか言ってきましたが、これは満を持して小説形式ということでこの方面ではどうなのか見極められます。

 まず登場人物紹介。しかしこのページではメインとなる13人の少年たちしか紹介されていません。そう、メインキャラクターが13人もいます。はっきり言って覚えられません。

(イラストの右から順に)
・ケーシー カナダ人。おしゃべりで陽気。いつもオルハンをからかう。カメラが大好き
・オルハン トルコ人。縦にも横にも大きなおデブさん。いたずら好きのムードメーカー
・ティム アメリカ人。おしゃれで繊細。いつもブランドのメガネをかけている。父はデザイナー
・ユッシ フィンランド人。小柄でほっそりしている。親に反対されるが抜け出してくる
・ダニエル スイス人。おとなしくていつも本を読んでいる。退学になってから変わろうとする
・フリオ スペイン人。体が大きく、力持ち。シュワルツェネッガーに生き写しのマッチョマン
・ケン ドイツ出身のトルコ人。学校を退学になったあと、ドイツでタイムマシン計画を始める
・イアニス ギリシャ人。ケンととても仲良し。軍人の父の反対を押し切って計画に加わる
・ビクトル コロンビア人。スラムで育つ。いたずらしていないのに退学になる。家族思い
・マルティン オーストリア人。さっぱりした性格。料理が好きで、ケンの母をよく手伝う
・アル マルタ人。おっとりした性格。いたずらしていないが、いっしょに退学に。化学が好き
・ヨゼフ ハンガリー人。いつもちょっと寂しそう。世界をめぐるのが夢。ドイツまでバスで駆けつける
・オリバー ドイツ人。背が高く、食べるのが大好き。ケンのタイムマシン計画に真っ先に駆けつける

 まだ始まってないのにもう既に誰が誰だかわからない。そして読んでいくとわかりますがこのキャラ紹介、死に設定がいくつかあります。

 書いてるセルカンにとっては実在の友人たち(たぶん)ですから誰が誰だかわかるでしょうけど、こっちは置き去りです。せっかく「実話を基にしたフィクション」なんだから登場人物も5~6人くらいにギュッと凝縮してもよかったんじゃないかなぁ。複数のキャラの設定を1人にまとめるとか。オルハンとフリオ、ガタイがいいってところ被ってるし、マルティンの「料理好き」って特徴タイムマシン作りに何も関係ないからいまいち目立たないし。「十五少年漂流記」みたいな物語なら全然違うジャンルの特技が生きてくると思うけど。絶対必要そうなのは主人公のケンと成長が描けるダニエル、ムードメーカーのオルハン、スラムの問題を入れられるビクトルぐらいしか見当たらない。とにかくメインキャラクターが多ければ多いほどキャラを書き分け平等にスポットを当てるのが大変になってくるし、プロの作家が相当神経使って慎重にバランス取ってようやく動かせるものなのに本職が研究者のセルカンには荷が重いと思います。

 さあ登場人物問題はこれぐらいにしといていよいよ本編です。

01 火をつけたのは誰だ

 「本年度、ノーベル科学賞を受賞するのは……エディ・マクブライト博士!」(p.10)から始まります。いきなり「登場人物紹介」に出てこない人が出てきた。誰だ。あと「ノーベル科学賞」って何だ。物理学賞でしょうか。

 ここで「私がここに立っていられるのは、そこにいる十三人の少年たちのおかげなのです」(p.11)とスピーチをするマクブライト博士。この人は後に出てくるタイムマシン制作に協力してくれるケンの家の近所に住む物理学者なのですが(近所にたまたま物理学者が住んでるってどういう環境だ)、13人が少年のままということはタイムマシン計画からそれほど時が経っていないと考えられます。うーん。こういうのは思い切って10年後ぐらいに離した方がドラマチックな気もしますがどうでしょうか。セルカン本の自伝パートでも「タイムマシンを手伝ってくれた物理学者がその後ノーベル賞を取ったんです」みたいなことは書かれていなかったのでここはフィクションだと思われますが、だったらもう思い切ってケンなり仲間たちの誰かなりが大人になって受賞したとかにした方が熱かったんじゃないでしょうか。

 そこからスイスの寄宿学校シーンへ。授賞式でふふんと鼻を鳴らしたオルハンから教室で鼻を鳴らして先生に聞きとがめられるオルハンへつながるところはちょっと映画っぽい。そういえばセルカンは映画好きだってブログで言ってましたね。

いつも率先して悪さをするケンは、いままでに、もう十四回も停学になっている。ケンのあだ名は、「人間計算機」。どんなに授業をサボっても、成績はいつもAなのだ。あるとき先生は、ケンがカンニングしているのではないかと疑って、教壇のそばでテストを受けさた。[ママ]それでも結果はA。「授業なんて聞くだけムダさ」がケンの口ぐせだ。(p.17)

 い、いけ好かねえ~! こういう奴いますよね。勉強しなくてもなまじできてしまうだけに授業をナメくさって「テストで100点取りゃいいんでしょ」みたいな顔してる奴。一番嫌いなタイプ。でも小中学校のもともとの要領の良さだけでなんとかなってた時代を終えて高校、大学とどんどん自主的に勉強しに行く姿勢が求められるようなレベルになってくるとだんだんどうにもならなくなってきて落ちこぼれていくタイプ。ケンのモデルであるセルカンもまあ、ああやってろくなことにならなかったわけですし……。

 序盤でいきなり主人公の好感度がマイナスまで落ちたところで件のボヤ騒ぎです。他の部屋の扉の下から煙が入ってきていたり、先生が慌てて「みんな、急いで外に出るんだ! 荷物は置いていけ! 早く!」と言っていたり、「廊下に出たときは、あたりはすでにモウモウと煙に包まれていた」(p.20)と書かれていたり結構な火事です。火事での死因の第1位:煙。そして寝ていたため気づくのがやや遅れた他の無関係な生徒たちを置いて安全なところまで一足先に逃げる最低問題児集団。こんな大事になってるとは思わず逃げたにしてもひどい。

 そして案の定校長に大目玉をくらう。

だいいち、更生の機会があったなんてウソだ。先生の言うとおりにしないと停学、先生と意見がちがうだけで停学。ケンは、生徒はとにかくだまって言うことを聞け、という風潮には、納得できなかった。だから、いままで反発してきたことに、悔いはない。(p.24-25)

 ……とのことですが、この学校の抑圧的なところがほとんど描かれていないのでケンと同じ気持ちにはとうていなれません。

 犯人だと名乗り出たケンの姿を見て仲間たちも次々と名乗り出ます。火をつけた連中だけでなく部屋にいなかったアルと部屋が違うビクトルとむしろ被害者のダニエルも。ダニエルが名乗り出た理由について彼は、「ぼく、いままで、どこに行ってもいじめられてばかりだったんだ。いじめは、べつに君たちが初めてじゃないんだよ」(p.27)とケンたちからやられていることは「いじめ」だとサラッと糾弾した後で「前からわかっていたけど、ぼく、自分を変えようともしなかった。みんなと仲良くなろうともしなかった。でも、そんなことはもう、やめるんだ。今回は自分で決めたんだよ、ケン。ぼくは後悔してない」(p.28)と言い切ります。美しい友情ですね。私だったら躊躇なく裏切ります。

 13人の父親たちが呼び出されます。そしてケンの番。これまで何度も「は?」と思わされてきたあのシーンですね。ケンとその父親に対し悪役校長はお説教を始めます。

おたくの息子さんは、わが校の歴史が始まって以来の悪事をはたらきました。おそらく今回、退学になった生徒のなかには、事件に関係していない者もいるでしょう。しかし、彼らをどんなに説得しても、一人も口を割らんのです! それも、悪事の首謀者である、おたくの息子さんが、口どめしたからにちがいない! 彼のせいで、ほかの生徒にも悪い影響がおよんでしまったということです。おわかりですか?(p.34)

 まったく、あきれましたよ! まあとにかく、いままでわが校が息子さんに払った七年ぶんの奨学金は、全額、耳をそろえて返してもらいますからな!(同)

 なんか若干借金取りみたいなセリフを言っていますが、ここで私に校長を悪役だと思わせるためには校長の悪徳ぶりをケンの失火(日本だと50万以下の罰金刑)と戦わせ勝たせなければなりません。校長の書かれているセリフだけ見ると、強いて言うならケンを悪の領袖のように断定し頭ごなしに叱責しているところは悪いと思えますが、それでもケンの方に軍配を上げざるを得ない。

 しかしケン父は違ったようです。小切手を書いてグシャッと握り潰し校長に向かって投げつけ、「おれの息子のことを、悪く言っていいのは、おれだけだ! 二度と言うな!」(p.36)と激昂します。「悪く言う」の方がいいですね。やっぱり「悪口」じゃないですよね。「うちの愚息はまったくしょうがないやつでして……」みたいな感じですよね。でも突然キレて物投げつけてくるケン父、校長からしたら「子が子なら親も親だな」としか思わないんじゃないでしょうか。チンピラみたい。

 ドイツへ帰る飛行機の中、父に怒られると思って縮こまっていたケンに重い口を開く父。「あのクソ校長! おれだって同じことをしてやるさ!」(p.38)

 は???(3回目)

 ケンたちが火をつけたのは仲間のダニエルなのですが、情報伝達がうまくいっていなかったのか理解力が乏しかったのかケン父は校長に火を放ったかのようなことを言っています。そもそもこの事件の発端は仲間内でのイタズラが大事になってしまったというものであって学校への勇敢な反逆行為でもなんでもありません。それを「おれも同じことをしてやる」とはどういうことなんでしょうか。ケン父もちょっと抑圧されたら火をつけてしまうのでしょうか。火遊び人間の家系なのか? これは私が校長でもご退学願いたい。

 ボヤ事件に関しては「ひぐらしのなく頃に」で少女時代の鷹野さんがいた施設ぐらいの劣悪な環境の学校だったなら彼らが反発するのも納得できたんですが、これじゃちょっと感情移入するには弱すぎるしケンたちのやらかしが大きすぎてこの程度では帳消しにできません。なのにこれがなぜか英雄譚のように書かれているので置いてけぼりにされてしまいます。自分と作者の倫理観に深刻な溝を感じてしまうと萎えてしまって物語に没入しにくくなります。

02 少年はケルンを目指す

 ケンを迎えて「あんな学校にやって、ごめんなさい」と泣く母。ここまで「もしかしたら火事のせいで人が死んでいたかもしれないんだぞ」と諭す大人なし。

 母親が物理学者っていうのはちょっとカッコいいですね。息子の教育には失敗している気がしますが。

 7歳からスイスにいたせいで周りに仲のいい友達もおらず、ヒマでプラプラしている時に「タイムコップ」を観てタイムマシンを造ろうと思い立つケン。そして仲間たちを集め始めます。夕飯前に4個もビッグマックを食べるオリバーがまず1人目。オリバーの大食漢キャラとオルハンのデブキャラが被ってるんだよな。

 ここからユッシも加わり、さあ残りの仲間も集めるぞという熱い展開ですが、その展開の中心が「どうやったら電話番号が調べられるか」なのでどうも「うおお!」となれない。とはいえいよいよ物語が動き出すぞ! というところでいきなり「少年たちが、タイムマシンを作るためにドイツに集まってから、十年後のこと」(p.55)と話が飛びます。?? 乱丁かと思うくらい唐突ですが、電話番号を調べようとかいう話と同じページなのでちゃんとつながっています。ここで急に挟みこまれたのは「ポケット~」に収録されている「海の向こうの国の二人」のエピソードですが、入れ方が雑すぎる。時も空間もケンと一緒にいるキャラクターも飛びすぎだしどう考えてもいらない。

かつて、ギリシャとトルコの間には、戦争があった。その憎しみは、まだ消えていない。それでも、イアニスとケンの間には、かけがえのない友情があるのだ。(p.60)

 ということでこの2人の感動的な友情をアピールしたかったんだということは伝わります。じゃあ次はそのイアニスを迎えに行く話なのかと思うじゃないですか。しかしその次の行からはティムがビクトルを探しに行く話です。新喜劇ばりにずっこけそうになった。そこイアニスじゃないんかい! さっきの10年後の幕間劇なんだったんだよ! 説明してくれよ! 作者セルカン

 さっきのことについては誰も説明してくれないまま先に進みます。ティムと一緒にいたのはウルスラ先生。先生の登場も唐突すぎる。さすがに大人がいないとダメだということなのでしょうが、学校にいた時ウルスラ先生が13人の味方をしてくれていたというような描写もないため「あなたがいたずらをしていないのはわかっているわ。優秀なあなたが、どうして学校を辞めることにしたのかわからないけど、ここにいても能力は生かせない。そうでしょう?」(p.65)と言われてもいまいち心を動かされません。このシーンの前までのウルスラ先生の描写が「停学になった生徒に対して根掘り葉掘り質問してくる心理学者」だけだったためネチネチ系のちょっと気持ち悪い人なのかなというぐらいにしか思っていませんでした。まさか味方だったとは。

 でもビクトルのお父さんが息子の背中を押すところはよかった。貴重な労働力であるはずの息子を「自分の人生を切り開いてこい」と1円にもならないタイムマシン計画のために送り出すビクトル父、普通にカッコいい。ここまでチンピラみたいなケン父ぐらいしか父キャラがいなかったので眩しく見える。

 で、なんやかんやで13人全員揃いました。オリバー、ユッシ、ティム、ビクトル、そして次の章以降で説明されるイアニスとヨゼフ以外のメンバーがどうやって集まったのかはわかりません。作者が書くの飽きたんでしょうか。それともう1つ、12人はどこに寝泊まりしてるんでしょう。まさか全員ケンの家にお泊まりでしょうか。5人家族なのに12人泊まれるくらい空き部屋があったんですかね。あと木星と地球の距離から1秒タイムトラベルしたら387km移動してしまうということを紙で計算するケンに対して「『人間計算機』ってあだ名なんだからそれぐらい暗算しろよ」と思ってしまったけどこれはさすがに重箱の隅をつっつきすぎですね。

 続きます。読書感想文って疲れるな。


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