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藤原恭大と唐川侑己が(中略)帰れま10 #4:唐川記念日にとんでもないものを見せられてしまった(B-M)

 完全試合。


 それはヒットはおろか四死球、野手のエラーもなくただの一人も塁に出さず試合を終わらせることであり、その名の通りパーフェクトなゲームである。


 パーフェクトであるが故に死ぬほど難易度が高く、86年の歴史を誇るNPBでもわずか15人しか達成しておらず、最後に達成されたのは1994年のことだった。皆既日食より珍しい。


 普段、「5回までパーフェクトピッチング」とかはよく見かける(ついでに「7回までノーヒットノーラン」あたりもたまに見かける)。しかし「完全試合」がありふれた出来事にならないのは、そこからが難しくなってくるからであろう。打者は数巡して目が慣れてきたり対策を立ててきたりする。一方、投手の方は疲れてきて球威が衰えてきたりする。パーフェクトに抑え切るというのは、そういうことを全部乗り越えて1回から9回まで相手を圧倒し続けなければならないということである。


 そんなこと、今のデータやら理論やら技術やらが発展したハイレベル野球界でできるのだろうか。Wikipediaの「完全試合」の槙原さんで止まっている表を見ながら、もうこの欄更新されないかもしれない、などと思っていた。
 しかし、私は見てしまった。パーフェクトを。現地で。



 2019年のドラフトの日、会社の最寄り駅前の交差点で信号待ちをしている時に井口監督が当たりくじを引いたことを知った瞬間からもう3年弱経つが、未だに佐々木朗希くんがロッテにいることをいまいち信じられていない。めちゃくちゃ長いドッキリかなと思っている。仮にドッキリだろうと彼が今ロッテのユニフォームに身を包んでマリンのマウンドに立っていることは事実……事実だよね? 私にしか見えてない幻覚じゃないよね? とにかくそう思ってしまうくらい彼には一種幻想的な趣すらある。



 私にしては珍しく余裕を持って球場に着いたはいいものの、今日こそは絶対に食べるんだという強い覚悟のもとフルーツグラノーラパンケーキとオレンジモクテルを買っていたら試合が始まっていた。なので1回表は通路に設置されたモニターで見ていたわけだが、その時はまだ「お、今日も立ち上がり良いようで結構結構」ぐらいに思っていた。


 席に戻る途中でオレンジモクテルプロデューサーがヒットを打っていた。そしてすかさず盗塁。オレンジモクテルはみかんが皮ごと食べられるものに進化していて美味しかった。


 そしてここから伝説が始まる。


 朗希くんはスルッと三振を取っているようにしか見えなかった。取りたい時にいつでも取れる、みたいな。もはや「危なげないピッチング」の域を超えていた。大安全ピッチングであった。球場がどよめいたので何かと思ったら164km/h出ていた。プロ野球新記録となる13者連続奪三振も達成した。頭がどうにかなるかと思った。1日でやることじゃないだろ。



 6回裏、満塁のチャンスで登場した松川くんがあわやグランドスラムかというような走者一掃タイムリーツーベースを放ち、今日の佐々木朗希にはこんなにいらんだろうと思えるほどの援護点をプレゼントした。自分のピッチングに対してはポーカーフェイスを崩さないのに味方の打撃にはリアクションを爆発させる朗希くん、愛でるしかない。


 この松川くんもすごい。投げてる方が冷静なのはまあまだわかるが、松川くんは高卒ルーキーである。高校を卒業して1か月ちょっとしか経っていない。そんな中で28年ぶりの完全試合がかかったゲームに放り込まれているというのにいつも通りどっしりしていた。緊張するどころか、ふたりでのびのび楽しんでピッチングを一緒に組み立てているようだった。

(佐々木朗希によるモノマネ「『お疲れ様でした』と挨拶する時の松川虎生」も見てほしい)



 完全試合もノーノーももちろん生で見たことはないので知らないが、普通こういう時はもっと綱渡り的というか、ピリピリする緊張感の中進行していくものなのではないだろうか。しかし目の前に(雪見だいふくサブマリンシートからだと本当に目の前)いる投手はいつもの顔で投げ込んでいる。気づいたらスコアボードに「0」が刻まれている。完全試合ってこんなヌルッと行われるものでしたっけ??


 ヒット性の当たりが運良く野手の正面をついたり、ファインプレーで出塁を阻止したり、そういうことも別になかった。唯一といっていいピンチは7回に3ボールまでいった時だったが、それですら3ストライクぐらいポンポンと取れるだろうなと思って観ていた。そして本当にポンポンとカウントを整え、ピンチを脱した。


 なんかもうこれやっちゃうんじゃないの、と思えてきた。オリックス打線は誰一人ヒットゾーンに飛ばせる気配がなかった。朗希くんはここまで来ても160キロ近い球をボンボン放っている。


 8回裏2アウト、彼がベンチ前に出てきた瞬間のどよめきと歓声を忘れたくないし忘れられない。私は緊張で吐きそうになっていた。6点リードの9回で緊張することがあるとは知らなかった。佐々木朗希はいろんなことを教えてくれる投手だ。


 そして彼は9回のマウンドに上がった。最後まで彼は平然としていた。むしろ珍しく飛んできたゴロを処理したエッちゃんやYUDAI FUJIOKA氏の方が心なしか硬そうに見えた。エラーも許されないので当たり前といえばそうなのだが。


 なんとかしたいオリックスは代打攻勢を仕掛けてきて、ラストの打者は大ロッテキラー・ラオウさんだった。ラスボスっぽい。しかし怪物は世紀末覇者拳王すら制圧した。最後の1球、バットが空を切った瞬間、優勝したのかと思うほどの歓声が爆発した。「完全試合達成でございます」という谷保さんの聞いたことないアナウンスが聞こえた。聞いたことないというか谷保さんも「完全試合」という単語を発音するのは初めてかもしれない。


 打者はサヨナラに繋がるプレーをすれば取り囲まれて水をぶっかけられて祝われるが、投手がこんなに祝われるのは完全試合やノーノーの時ぐらいしかないのではないか。どっかの誰かと違ってぴょんぴょんしたりせず爽やかに祝福を受けるシーンを見ながら、いい光景だなあ、と思った。

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 試合後、ファンクラブ限定のグラウンドウォークイベントでグラウンドに入った。相手打者の打球が一度も接地することのなかった人工芝のフィールドは美しく、ビジョンに映し出された試合終了時のスコアも美しかった。ヒット0、得点0、四死球0、エラーも0。


 朗希くんの登場曲であるあいみょんの「今夜このまま」を聴きながらJR京葉線に乗って帰った。この曲の中に、「指先から始まる何かに期待して」というフレーズがある。まさに、我々はいつも、佐々木朗希の指先から始まる何かに期待している。


P.S.こんな日に現地にいた私もちょっとだけすごいが、そもそも今日のチケットを取ったのはちょうど1年前の2021年4月10日に唐川侑己さんをここで見たからである。「唐川侑己記念日だし今年も行くか~」的なノリの産物だった。つまり1ミリも試合に出てないけど唐川さんのおかげでもある。もしかしたら1年前からもうこの運命は始まっていたのかもしれない。ありがとう。フルーツグラノーラパンケーキ美味しかったです。


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