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必殺ギター日記1104-2

サウナで整ったわたしたちは本来の目的地である中古ギターショップへと向かう。獲物は1980年製YAMAHA SG-1000。

 地図アプリに従い、ただひたすらに歩く。この日はよく日が照っており、夏の終わりのような暑さ。周辺に到着。店舗と思わしきところはもぬけの殻であった。天井からむき出しの配線がガラス窓越しに見える。

 公式ホームページを確認すると、夏頃に移転したとのこと。駅前であった。泣きながら来た道を戻る。フォルクワーゲンの新型がわたしたちを颯爽と追い抜いていった。

 移転先の住所に到着する。マンション以外何も無い。周囲をぐるぐると回る。看板の一つも無い。もう一度、マンションを確認する。どうやらエントランスは開放されているようだ。恐る恐る中に入り、右にあった開かれた両開き扉を覗くとそこには吊るされたギター。ああ、ここだ。

 「こんにちは」と一声かけながら入店。誰もいない。古着屋のような香り。壁にはツーバイフォー木材が横に大きく打たれ、商品たちがギターハンガーで吊るされていた。品数は決して多くはない。メーカーのロゴが消えているような古めかしいものもある。いずれもピカピカに磨かれている。一目で気に入った。吊るされたギターの下には、周辺機器、主にエフェクターが所狭しと置かれている。ギターと異なり、年季の入った顔をしているものばかり。年寄り、いや生き残りといったほうが正しいようなそれらにもしびれるばかりだ。して、店主はいずこ。

 奥を伺うと、事務所めいたところで先客が決済を行っているようだった。店内はその方々と我々以外に客がおらず、否が応でも耳に入る

 「だめだ!なんどやってもトレーニングになってしまう!」

 「もう一度やりましょう」

 「トレーニングだ!トレーニング!」

 おそらくクレジットカード端末の設定に因るものだろう。設定変更がわからない店主の声と、若い、大学生ほどの男性の声、不機嫌そうな女性の声が聞こえてきた。

 助け舟を出そうかどうか逡巡していると、店主は驚きの決済方法をそのカップルに申し出。仕様がありませんね、と男の声は答えた。

 じゃあ行きましょうと奥の事務所から出てきた店主。続くのは問答を行っていたと思わしき、やはり若い男性と、ショートボブの女性のペア。店主はわたしを見やり「おまたせしてすみません、何でしょう」と声をかけてきた。

 わたしは一言「YAMAHA、SG」と口に出した。サウナのときと違い、はっきりと答えられた。「牛丼、並」ぐらいの明確さがある。

 店主はにこやかに微笑むと、ラックから当該ギターを取り出し、じゃあ、はい。とわたしに預けた。その足で彼らを引き連れ店外へ。驚きの決済手段を試しにいったのだろう。ギター片手に取り残されるわたし。試奏でもしようか。店に鍵かけないでいいのかな。

 適当なフレーズを二三弾いていると件の恋人たちが戻ってくる。どうやら無事に決済が行えたようだ。

 店主がじゃあこれと彼らに会員登録の紙を差し出した。リペアもやってるから、是非ご贔屓にとのこと。

 大学生風の若い男は受け取ったはいいものの店主のことを訝しんでおり、どこまでアンケートに正確な個人情報を書くべきか悩んでいるようであった。小さな声で彼女に相談していたが、

 「なぁ、書いていいのかな」

 「いやそれならなんで受け取ったの」

 「断れないよ」

 「じゃあ書けば」

 「いやちょっと……」

 「なに、自分が怪しいと思うなら書かなきゃいいじゃん」

 「住所はちょっと……」

 「だから、怪しいと思ってるんでしょ、止めなよ」

と会話が店主とわたしには丸聞こえで、居心地が悪い。最近の学生はこういうものを安易に書かないように指導が行き届いているのだろうか。

 結局、大学生風の彼はバカでかい声で「すみません!最近引っ越して住所がわからないので書きません!」と宣言した。家まで帰れるのだろうか。

 店主は一言、ええ、構いませんよと応えた。安心して恋人たちは去った。

 さて、わたしの番。アンプに接続してもらい、電装周りの確認含め試奏をする。実は中古品を買うのは初めてなので、少し不安だったのだがなんてことはない。たまらなく良かった。握って音を出した瞬間、手に馴染む。家においてあるギターのようであった。これが、人が使っていたものか。たまらないな、と思い、すぐさま「買います」と宣言していた。

 最近の相場に比べ随分安価なので、なぜですかと尋ねてみたところ、店主の友人が格安で譲ってくれたとのことだった。また、最近の高め相場は感染症の影響により海外での買付が滞るところにより、日本のビンテージも値上がりしているのだろう、との話だった。

 奥に通され決済をする。店主は今度はうまくいくはずだ、さっきの彼のクレジットカードがおかしかったんだと小さな毒を吐く。怪しい店のアンケートと思われた意趣返しだろうか。わたしにされても。

 財布より取り出したカードを決済端末に通す。エラー音。店主と二人で覗き込むとトレーニングとの文字。そりゃそうだ。

 「トレーニングだ!トレーニング!」とわたしが先程の大学生風の真似をして騒いでみたが、店主は全く取り合わず「しょうがない」とつぶやくと、先程の大学生風に提案した、驚きの決済手段についてわたしに案内を始めるのであった。

 わたしは嫌だな、と面白いな、が半々ぐらいの感情で、それを承諾した。

短歌と掌編小説と俳句を書く