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A Black Dog






あなたの心の中にも,

「黒い犬」は住んでいるかもしれない







わたしの大好きな歌手,SHINeeのジョンヒョンさんは,2017年12月18日にその短い生涯を,自らの手によってとじた。

そうさせたのはこの世の中かもしれない。


彼の心の中には,「黒い犬」が住んでいた。

それは,彼の憂鬱をどんどん大きくさせた。

そして,彼の生を食い尽くしてしまった。




彼の生きた時間の中では,「うつ」という言葉があまり社会的に認知・理解されてはいなかった。だから彼のことを救うことは出来なかった,と言われている。

そうでなくとも,誰にも彼の生がそこで終わることを止めることは出来なかったという人もいる。


トリガーとなったものは,彼以外誰もわからない。

彼の気持ちは,彼にしか分からない。









わたしの心の中には,2人のわたしがいる。


常に変化を求める,好奇心があって,好きなことに夢中になれる,前向きなわたし。


常に臆病で,疑心暗鬼で,周りの目を気にして生きている,後ろ向きなわたし。



後者のわたしは,ここではあまり言及して来なかった,

正しくは向き合うことが怖かった,

わたしが所謂「いじめ」を受けたことで生まれ,成長してしまったわたしだ。


今まで触れてこなかったけど,恋人のおかげで少し向き合おうと思えるきっかけがあったから,少し話そうという気になった。

自分語りだけど,許して欲しい。もう少し吐き出したら,少し楽になるかもしれないと思った。








全ては,ずっと前,中学の頃の話だ。





あるときは,歌うわたしの姿が「キモい」と言われ,机を蹴られたりした。


あるときは,仲の良かった友だちによって告げられた誤解が誤解をうんで,孤独になった。

A4の紙一面に悪口を書かれた。

部活でひとりぼっちになった。




わたしは,こうなってしまったのは,わたしのせいだと思った。

わたしが彼らにとって気に入らないことをしたり,彼らを怒らせたり,彼らにとっての「ふつう」から逸脱してしまったりしたからだと思った。



でも,いじめたのは彼らだ。



けれど,彼らはわたしのせいだと言うだろう。





実際,わたしだってそうだ,自分の不都合を目の前にすると他人にその責任を押し付ける。


自分が一番「かわいい」から






だから目立たないように,自分を殺して生きようとした。

毎日が孤独で,不安でいっぱいだった。

本当に生き辛かった。




これはもう過去の話だ。


今はたくさん大事な人達に囲まれて,とても幸せだ。




でもこの記憶は,時間が経ってもわたしから消えてくれないのだ。

ずっと残るのだ。

そしてわたしは,こんなに幸せなはずなのに,いつもたくさんの孤独と不安を抱えて生きている,

今も。


わたしが頻繁に「ごめん」や「すみません」を言ってしまうクセも,

ちょっとしたことですぐに落ち込み,全てを悲観的に考えてしまうクセも,

大切な誰かを心から信じきれないで,いつもどこか疑ってしまうクセも,




ずっと今もわたしの中に残ってる。


「いじめ」はこういう人をうむのだ。





わたしがジェンダーやセクシャリティの疑問と向き合い続けているのは,

違和感はたくさん感じたり,少しずつ傷ついたりした事はあったけど,

この自分のアイデンティティでよかった

と思えていることがたくさんあるからだ。


向き合うことができる心の余裕が生まれたからだ。





わたしが「いじめ」と向き合うには,

今も余裕が全くたりない。

消してしまいたいとずっと思っているからだ。



この過去に向き合えるようになった時,

わたしは本当の意味で自分をopen up出来ると思う。




わたしはみんなに

「自分らしくいて」

と言うだろう。



でも自分自身はそれがどうしてもできないのだ

今でも怖いのだ。



服装を変えて,少し楽になった。

ノンバイナリーな自認を持って生きることで,少し楽になったのは間違いない。


でも,いつも自分に自信が無いのだ。


わたしの「自分らしさ」を好きになれないのだ。


もっとラクに生きられたらいいのにとどれほど思っただろうか。


上手く生きることができないのだ。





だから許して欲しい。

「誰かのために」を言い訳にして生きることを許して欲しい。

「自分を犠牲にすること」がわたしを楽にすることを許して欲しい。


けれどそれはいつかわたしの身を滅ぼすと,自分でも分かっている




いつか,

後ろ向きなわたしが,

なんらかのトリガーをもって,

わたしの「黒い犬」となって,

憂鬱が大きくなって,

わたしの生を蝕むかもしれない





だから,ここで少し自分のために生きてみたいと思う。


わたしが本当にだめになりそうになったら,

どうか助けて欲しい。

わたしの重荷を少し一緒に背負って欲しい。

後ろ向きなわたしを許して欲しい。






わたしは今日も,「せっかく産んでもらったんだから」を言い訳に生きる。

「誰かのために」を言い訳に,自分を救済するために生きる。



こうやってわたしは,自分という人生を,今日も頑張って,生きてみようと思うのだ。









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