大嫌いな街 渋谷

渋谷が嫌いだ。
人は多いし、空気も悪い。地元からは遠くて仕方がない。駅のホームから改札までの距離が長かったり、なかなか地上に出られなかったり、いつまで経っても馴染めなかった。
前から歩いてくる人々は、容赦なく突進してくる。
自分が透明人間になったような気がした。
おかしな人たちが普通の顔をして歩いていた。
至る所で写真を撮っていて、至る所で動画が配信されていた。
知らない人が、平気で話しかけてきた。

ライブハウスがなければ、絶対に行かない。
映画館がなければ、絶対に行かない。
劇場がなければ、絶対に行かない。
美味しいラーメン屋がなければ。好きな服屋がなければ。好きなCDショップがなければ。絶対に行きたくなかった。
他に遊ぶところなんていくらでもある。
いちご飴なんて興味ない。
伸びるチーズも一回で飽きた。
大きな画面でバラバラの映像が流れ、バラバラの音楽が流れている。
イヤホンをして耳を塞いでいるのに、ありとあらゆる方向から様々な音が襲ってくる。
うるさくて汚くて恐ろしい街。
渋谷なんてなくたって生きていける。
本気でそう思っていた。

毎日、テレビが人のいない渋谷を映している。
最初こそ、渋谷じゃないみたいだと驚いたものだが、今ではすっかり当たり前の光景になってしまった。
もう随分長いこと、渋谷を訪れていない。
大好きなライブハウスがなくなった。
もしかしたらこのまま、大好きな映画館や、劇場や、ラーメン屋がなくなるかもしれない。
そうしたらいよいよ渋谷は、自分にとって必要のない街になる。
行かなくても良い街になる。
そうであって欲しかったはずなのに、そうなって欲しくないと思っている。
次渋谷に行くときには、様々なことが変わっているかもしれない。
毎日少しずつ少しずつ、何かがなくなっていく。
あんなに行きたくなかった渋谷に、行きたいと思ってしまっている。
あんなに乗りたくなかった渋谷に向かう電車に、今は乗りたくて仕方がない。
人が多すぎて気持ち悪いと思っていたスクランブル交差点。傘をささなくても雨に濡れずに歩くことができたあの不思議な道はどこに消えたのだろうか。
静かな世界に慣れてしまった。
人のいない街に慣れてしまった。
なくても良いけど、あってもいいものが全て揃っていた。
最低で、最高の街。
こんなにも好きになれないのに、こんなにも恋しい。
大嫌いな渋谷が、いつか必ず戻ってくることを願う。

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