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【ネタバレ含む】冬コミ新刊「横須賀線・総武快速線」のあとがき TypeB

今更ですが、冬コミでの新刊のネタバレ含むあとがきをお届けします。

今回は通販で入手される方のほうが多いのかな、と思ったので、ネタバレをしばらく差し控えていたのですが、書店委託した部数のおおかたが捌けたようですので「どうしてこの話題を取り上げたのか」といったネタバレ含めたあとがきをお送りします。

網羅的に語ろうとはしていない

まず最初に断っておきたいんですが、読み終わった感想として「●●が書かれてないぞ」とか「▲▲はどうした?」といったことを思っている方もいらっしゃるかと思いますが、敢えてそういう構成にしてあります。網羅的に語ろうとはしていないからなんですよね。

その考え方があるので、そもそも駅によっても取り上げ方も差をつけていて。例えば鎌倉駅周辺のことはあまり触れていません。何故かというと、冒頭で鎌倉時代の話を大きく取り上げているからというのが一つ。もう一つは「鉄道と街との関係」というのを描きにくいな、と思ったからです。特に隣の逗子で「鉄道開業の影響」とか「隣に横須賀があることの影響」といったテーマを取り上げているので、その分、鎌倉は難しいなぁ、と。

本音を言うと「an・an」と「non no」のバックナンバーをひっくり返して、「アンノン族と鎌倉観光ブームの歴史」みたいなお題も楽しそうだなぁ、とか、「水戸光圀と同じルートで鎌倉を巡ろう」みたいなのもアリだなぁ、と思ったんですが、手間のわりに普通の鎌倉観光になりそうな予感がしたので、他のボリュームも多いし断念しました。

あと、今作に関しては「色々な路線が乗り入れていて、横須賀線・総武快速線との関係が微妙な駅も深入りしない」という方針も立てていました。そこまでやり出すと無尽蔵にページが増えてしまうんですよね。なので、品川とか横浜も意図的に触れていません。その代わり、横浜駅は1ページ目にニセ広告を入れてカバーしてあります。まあ、ニセ広告でスタートするっていうのはコメディ映画の手法ですよね。

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↑一説によれば今作最大の見せ場でもある1ページ目


Rashomon effect

さて、今作に一番大きな影響を与えたものが「羅生門効果(Rashomon effect)」という概念であることは、本文のあとがきでも触れた通りですが、「一つの現象について、複数の語り手から別々の説明が成される(そして時に各説明は矛盾を起こす)」というものです。黒澤明監督の映画「羅生門」の影響で命名された言葉で、元々は心理学で使われていたものが「最近は機械学習の分野でも使れているみたいですね。

で、この話を聞いた時に私は「横須賀線・総武快速線じゃん」って思ったんです。横須賀線と総武快速線って、同じ電車が走っている。でも、千葉で乗る人と横浜で乗る人と久里浜で乗る人では、多分印象が違うんじゃないかな?あぁ、これRashomon effectだ、って。

振り返ってみると弊サークルって、東横線とか京急とか私鉄路線を取り上げる機会が多かったんですが、私鉄路線ってブランディングされていて一定のイメージがあるんですよね。で、それの否定から本を作り始めるのがうちのスタイルで、「東横線は東急が作った高級住宅街!」っていうイメージ対してに「いや割と沿線住民の手で造られた景色も多いんですよ」とか、「京急!変な電車!」っていうところに「いや沿線も面白いのですわよ」とか、そういう構成だったわけです。その意味で、一定したイメージが無い「横須賀線・総武快速線」って面白いテーマだなぁ、と思ったんですね。

ただ、一定のイメージが無い、っていうことは読み手のバックグラウンドが一定じゃないってことですから、そこの足並みを揃える意味で今作はイントロを手厚くしてあります。「軍部の要請で造られた横須賀線」と「民間資本で軍部を利用して造られた総武線」とか、「東海道線によりも停車駅が多い横須賀線」と「文字通り快速が走る総武快速線」とか、色々な対比関係があって、でもそれが一本で繋がっているんだよ、という面白さをまず最初に提示しないとね、ということで、この構成になりました。

ちなみに20ページ以上経ってようやく目次が出てくるのは「古畑任三郎」を見て思いつきました。SMAPの回とか、古畑さん1時間くらい出てこないんですよね。じゃあ、本でも目次がなかなか出てこないのもアリだよね、って。



「駅によるし、人にもよる」

そのままページ順に振り返っていくと、イントロの次が各駅紹介になってまして、これも同じ考え方です。なかなか全区間を日常的に使う人はいないよね、っていうことで一通りまとめておきました。あと、駅前にあるオブジェとかが気になったので、それも書きました。ここまでが目線あわせですね。

で、次が房総特急と湘南新宿ラインの話題。これも横須賀線と総武快速線の違いの一つかな、と思っていて、総武快速線は房総各線に広がっていく線路の幹に当たる部分なんですよね。一方の横須賀線は湘南新宿ラインと線路を分け合っている、と。そこに「房総特急は高速バスに負けているのか?」「湘南新宿ラインが出来て横須賀線は不便になったのか?」っていう素朴な疑問を絡めた感じですね。あと、どっちも「駅によるし、人にもよる」っていうオチになったのは面白かったです。

でもこれって、重要なことだと思うんですよ。最近って「社会の分断」って単語をよく聞くじゃないですか。でも私はむしろ「何となく同じ境遇だと思っていた人が実は違った」っていうことなんじゃないかな、って思うんです。会社で隣同士だったから「ねえ駅前のお店が」みたいな話をしていたけど、リモートワークになって共通の話題が無くなった、とか。Twitterで「主語がでかい」発言をして怒られている人も同じかもしれないですよね。「みんな、私と同じように考えているはずだ」っていう先入観じゃないかな、って。

だから、「駅によるし、人にもよる」っていうのは、今こそ大切な考え方じゃないかな、って私は思います。

絵を描くのが楽しかった

続いてグリーン車の椅子。絵を描くのが楽しかったですね。あと1976年に簡易リクライニングだったのが、1990年に二階建てグリーンになるって、ここの変化が急すぎるだろー、って思いましたね。

そしてシーサイドライナーヨコスカ。これも絵を描くのが楽しかったですね。あと時刻表を読んで、日中全部横須賀止まりだと知った時は割と衝撃でした。そりゃ久里浜は京急乗るよね、って痛感しましたね。

あとスカ色の話題は、関西の新快速の始祖がスカ色だったという話を知っていたので、これは是非書いておこうと思ったやつですね。

それで、房総特急からここまでをダイヤ・車両編っていう括りで考えてまして、その流れを変える意図で入れたのが「公園めぐり」です。弊サークルおなじみのコーナーですが、やっぱりこれが便利で、コラム的な話題を扱いやすいんですよね。とりあえず公園に絡めれば成立するので。

ただ、安易にこのコーナーに放り込みすぎると無秩序に肥大化してしまうので、原稿を書きながら他のページに回したり色々と調整をしました。例えば稲毛の「稲岸公園」は、最初ここに入れるつもりで、P.172からの稲毛駅のページは作るつもりが無かったんです。でも、稲毛の関係で色々と面白い話が見つかって、それで独立させた感じです。


「多様性」が一つの路線として繋がる

そこから「沿線の話題」をテーマにしたパートが始まって、「宿場町」、「軍部」、「相互直通と再開発」、「そしてこれから」みたいなテーマで4ブロックを配置して、その間に細かい話題を挟んでいくような構成にしました。これは「戸塚・保土ヶ谷」と「市川・船橋」みたいに、共通項のあるエリアが横須賀線側にも総武快速線側にもあることに気付いたからですね。

まあその、「横須賀線・総武快速線」で一つのルートですよね、と言って作っている本ではあるんですが、そうはいっても別の路線なんですよね。だから、この本のこのパートは、ある種の比較文化論になっているのかなと思います。

それで、比較してみて気付いたんですが「同じバックグラウンドを持っていても、その受け止め方は街によってそれぞれである」っていう現実があるわけですよね。「軍事施設があった」という共通点があっても、横須賀駅は大々的に観光資源として利用しているし、隣の田浦駅前は放置されていたし、対岸の津田沼駅前は存在控えめにしてあるし、逗子は軍事施設があったせいで合併されてしまった苦い過去がある、と。本当に色々。

それで、これもやっぱり「駅によるし、人にもよる」っていう話なんだと思います。あと、気を付けなければいけないのは「どれがよい」とか「こうあるべき」っていう話ではなくて。目の前の現実に向き合った人たちが出した答えであれば、色々な答えが出てきても、それぞれ間違いじゃないよ、って。平たく言えば「多様性」ですね。

でも今の時代の「多様性」って無理矢理作ろうとしている気がして、何となくニセモノのような気がするんですよね。そうじゃなくて、自然に伸びてきたものをあるがままに受け入れていくのが「多様性」だと感じましたし、そうやってバラバラに育った街が、一つの路線として繋がっているっていう点が、私鉄とは違ったJR路線の面白さだと思います。

よし、大きく話が逸れたけど鉄道の話に戻せた。



競馬場で独立だ!

ところで一つ申し開きをしたいんですが、「こいつブームに乗っかって競馬場の話出してきたよ」ってなったかと思うんですが、当初はちょっと違う構成を予定していたんですよね。最初は「何故か不思議と人が集まる船橋」っていうテーマで、宿場街から発展したことと、競馬場が2つある件と、ららぽーとの話を一まとまりにして扱うつもりだったんです。

でも、調べていくうちに市川と行徳の件が判明して、ああこれは競馬場で独立だ!って。そして、ららぽーとの件は「市川・船橋」のページに寄せて、今の形になりました。

ちなみにIKEAってお店ありますよね。家具屋さん。あれって一度日本市場から撤退して再進出したお店なんですけど、実は船橋って二度、IKEAの上陸地点に選ばれているんですよね。人だけじゃなくってIKEAも寄せ付けちゃう船橋ってすごくないですか?


さくら!神戸!っ!

そういえば。全出口紹介っていうテーマも弊サークルの定番ですけど、今作に関しては「地下駅って降りないと街の様子が分からないよね」っていう観点で書きました。何なら、普段から新日本橋駅を使っている人でも自分が使っている出入口の反対側は知らない、っていうこともあるんじゃないかな、って思って。全部の出口を巡ることで、駅周辺の街の様子をお届けしよう、と思ったんです。

ここで一番面白かったのは新日本橋駅の4番出口のみなと銀行のくだりですね。街を歩いている時点で、洲本市のアンテナショップとみなと銀行が並んでいて何か怪しいと思っていたんですが、調べたらビルの名前が「さくら室町ビル」で、「さくら!神戸!っ!」って気付いてしまった時は震えましたよね。

これ、さくら銀行のルーツが太陽神戸三井銀行だ、って知っていたから気付けた話で、日々アンテナを広げていて良かったなぁと思いました。今後もダウジングしながら道を歩くような気分で歩いていきたいと思います。


これは「失われた景色」を書く場面だ

逆に、街を歩いていても気付かずに、家で調べ物をしている時に発見があったのが稲毛でした。最初は街の様子が分からなくて、とりあえず歩いて。次は「稲岸公園」を取り上げようと思って、2回目の訪問。でも「夜灯」をどう扱おうか悩んでいたんですよ。そしたら「こじま」のことがわかって、ひらめいたんです。あ、これは「失われた景色」を書く場面だと。

これも話が逸れちゃうんですが、「歴史から学ぶ」っていう表現、よく耳にしますよね。でも「歴史」といいつつ、「太平洋戦争の過ちを繰り返さないようにしましょう」と同義になっている節がある気がしていて。いや確かに大切なことだけど、でも、1945年から後の時代からも勉強すべきことはたくさんあるんじゃないかな、と。戦後の公害問題から反省すべきこととか、バブル経済で経営を失敗した会社から得られる教訓とか、何なら数年前からだって学ぶべきことはたくさんあるはずじゃないですか。

例えば1996年3月からお台場で「都市博」というのをやろうとしていた、っていう話があるんですが、それが1995年4月の知事選で「都市博中止」を公約にした青島さんが当選したので中止になったんですよね。で、このとき、既に工事もだいぶ進んでいたし、資材の発注を掛けてたイベント会社さんとかもいた。途中でのキャンセルになるから、損失が出ちゃう会社がたくさん出てきたんですよね。中には倒産した会社もあったんです。

で、これ問題なのが、中止って言えるタイミングじゃなくなってからの中止判断になっているのに、青島さんが当選してから1か月くらい判断を引っ張っちゃったこと、あと融資制度が始まったのが1995年7月なので1か月半くらい掛かっていて、中止した時に困る会社をどうフォローするかが後手に周ってしまったこと。この2点が大きい問題だと思ってます。

なんか最近も似たような話が、まさにお台場ビッグサイトでありましたよね。直前に中止になって混乱する事例。1995年の失敗が、2021年に活かされていないんです。直近で起きた失敗もしっかり今に生かしていかないと、同じ過ちを繰り返しちゃうんだよなぁ、っていうのを改めて思いました。

で、話を稲毛に戻しますと。やっぱり「こじま」の件が腑に落ちないんですよね。海岸のある景色を取り戻そうとして稲毛海岸を作ったのに、その約20年後には「こじま」のある景色を手放してしまったわけで。

人類、進歩してほしいなぁ、って切に願います。


横須賀の戦後史を書きたい

さて、ここまでくると「トリ」をどうするのか、という悩みが出てくるんですが、実はこれが二転三転しました。最初は稲毛のつもりだったんですが、いや新小岩がいいのでは?と変えて。で、最終的に横須賀になったんです。でも、最初は横須賀で独立した記事を作るつもりは無かったんです。

私にとって横須賀って、すごく馴染みがある街で。長沢姓の由来になった地でもあるし。だから今さら書きたいものって無かったんですよね、最初は。でも「知っている街だからこそ、知っているつもりにならないようにしよう」って思って街を見回してみて気付いたんです。「海軍」を街おこしに使いはじめたのっていつからだ?って。

意外とこの視点で横須賀を語っている人って少なくて。というか、横須賀の歴史、っていうと旧日本海軍を紹介する文脈で出てきて、終戦で終わる、みたいなものが多い印象がありますよね。主観ですけど……。だから、横須賀の戦後史を書きたい。「観光」という視点で語ろう、って。そういう点で、よく知っている街だからこその切り口で横須賀を語れたんじゃないかな、と思ってます。自己満足。

ここまでは本文で書ききれなかった補足でした!


同人誌の重みを感じられる歓び

さて、個々の話題の振り返りはこのくらいにして、ここからは制作の裏話とかをお話しします。

まずはページ数のこと。

この一年くらい「わざわざ紙で本を作る意味」っていうのを考えていたんですよ。だって、今、Youtuberさんの動画とかVTuberさんの配信をタダで見られる時代ですよ。一方、同人誌は印刷費が掛かるからタダにはしにくいけど、でも受けてにとってはYoutube見るのも同人誌読むのも同じエンタメじゃん、って。だから私は、そんな状況にもかかわらず同人誌が欲しいって思ってくれる人に応えたいって思っているんです。

で、一つの答えとして、「手にした時の、同人誌の重みを感じられる歓び」があるのかな、と思ったんですよね。ちょうど、ナショナルの松下幸之助氏が「VHSはベータと違ってデッキを持ち帰ることが出来る重さなんや」って言ってた話(本当かどうか知らんけど)と逆になりますけども。VHSは軽いから持って帰れて嬉しい。同人誌は持って帰る時に重みを感じられるから嬉しい。じゃあ、うちは今回は薄くない本路線を突き詰めてやろう。「横須賀線・総武快速線」は、まさしくそれに耐えうる、重厚なテーマだったと思います。

でも、「横須賀線・総武快速線」というテーマを決めた時点で「2路線分だから2倍かなぁ」という覚悟はあったのですが、一方で闇雲にページ数を増やすのは止めようと思っていました。内容が薄くなっては意味がないから、ページ数を増やそうとして増やすんじゃなくて、必要があってページが増えたっていう状態にしよう、と。

ただ、内容を検討していくと180ページくらいになるという見積もりが立ったので、180ページを基本に、増える時は惜しみなく増やす、という方針で進めました。結果がご覧のあれです。

あと、これだけのページ数になると印刷を受け付けてくれるのか、という問題が出てくるのですが、今回に関してはコミケで入場制限が掛かるという情報もあったので印刷部数を減らすことにしたんですね。そうすると、プリントパックさんのオフセットでは対応できなかった180ページというボリュームが、オンデマンドなら印刷できる、という話になりました。こういった要素が絡んで、今回のボリュームになったという感じです。


ワークフローの改善

ところで、120ページくらいの本はいくつか作ってきた弊サークルではありますが、このままのやり方では180ページは無理だと思っていました。例えば、従来はテーマごとに誌面のデザインを一つずつ考えていたのですが、今回扱うテーマの数はすごく多い。そうすると、デザインのネタ切れを起こすわけです。ならいっそ、デザインの種類を絞ろう、ということをしてみました。むしろその方が、ページ数の多い今作の場合には文章に集中してもらえるのではないか、と。ただ、マンネリを避ける必要はあるので、途中に別のデザインのページを挟んで変化を付けるようにしてみました。

あと、この方法を使ったことで1ページ当たりに必要な文字量が統一されましたので、出先でWordで書いて家でデザインに落とし込む、という……、いや、日本の出版業界ではこっちのほうがむしろ主流の方法なんですが、これを採用できました。

他にも、紙で管理していた資料を全部電子化して、どこでも確認できるようにした、とか、今作ではワークフローの調整に取り組みました。おかげで、北海道で秋鮭を食べながら原稿を書くことが出来て、横須賀を鶏にしようっていうアイデアが浮かんだりしたので、よいワークフローが作れたんだと思います。

今年末にリリース予定の「仙石線・仙石東北ライン」もまた、とんでもない分量になりそうな予感がしますが、今回確立したフローでうまく作っていきたいと思いますので、どうぞご期待ください!

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