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インターネット老人会‪~✝︎黎明期‪✝︎~

オレ=タティーノ(着せ替え𝑮𝑰𝑹𝑳)

なんとなくテレビを流していたら、「お前こそが恵比寿の王子様」というどこからどう見てもあの「テニミュ」モチーフとしか思えない歌ネタが披露されていた。不動産屋で恵比寿の物件を探すという定番のコントシチュエーションを某大人気テニス2.5次元ミュージカル風に掛け合わせたもの。シンプルに面白いネタで妙な懐かしさを覚えた。とはいえ、テニミュなんてまだ比較的新しいネットミームじゃないか?と思ったらブーム最盛期はおそらく2006~2007年頃。約18年前でひっくり返った。そういやまだギリ中学生だったな~、ちょうど拗らせて学校に通わなかった時期(世間はそれを不登校と呼ぶんだぜfeat.サンボマスター)ということもあり最もネットミーム界隈にどっぷり浸かってしまっていた時代なのかもしれない。

時は世紀末、1997年頃のお話。我が家のリビングにデスクトップPCが導入された。幼き頃の私が閲覧していたのは、ポケモンだいすきクラブ(※現在の株ポケ公式のものとは異なる個人運営のファンサイト)のようなポケモン赤緑の攻略サイト。インターネット自体が一般家庭に普及し始める前、ましてや広島でも山奥のクソ田舎だったため周りにPCを使いこなせる人なんてごく少数。故に、『裏ワザ』をいち早く知っているだけで楽々クラスカースト上位にのし上がれる時代だった。先行者利益というヤツだ。学内で「おもしろフラッシュ倉庫」が大ブームになるのはまだまだ数年後のお話。BUMP OF CHICKENやThe Offspringをおもしろフラッシュ倉庫で知った人間はだいたい同世代。

初めてインターネットを介して赤の他人と交流したのは、これまた個人運営のファンサイトである「カービィくらぶ」の雑談掲示板。記念すべき人生初のハンドルネームは「青カービィ」。あまりにも安直すぎて笑ってしまうが、それ故に今でもなぜかハッキリ覚えている。「カービィくらぶ」は2000年末頃に閉鎖してしまったが、以降も主にポケモンやパワプロといったゲーム攻略系サイトの雑談掲示板に顔を出すようになっていた。ハンドルネームもその間にめちゃくちゃ変わったし、「めい」と名乗っていた時も実はあった。一瞬だけ。

と同時に、とある有名な事件をきっかけに″例の掲示板″の存在を知る。西鉄バスジャック事件、通称『ネオむぎ茶事件』。おそらくこの辺りの時期から2ちゃんねるに入り浸るようになったと記憶している。電車男ブームよりもずっと前。当時のインターネットには「初心者は半年ROMれ」という現代では失われた文化が存在し、その言葉の通りしばらくは書き込みせず見るだけの″ROM専″だった。2004年秋以降はモ娘(狼)やニュー速VIPのような雑談系を始め、野球ch、おかいつ実況スレ(Eテレ「おかあさんといっしょ」を実況する狂人達の集い)に書き込みするようになり、気付いた頃には昼夜逆転。BARギコ(オンラインチャット)やハンゲーム(主に麻雀や大富豪)といった掲示板以外のSNSに参加し始めたり、掲示板(匿名じゃない方)で知り合った人と初めて″オフ会″で直接会ったのもこの辺。当然のように学校へは行っていなかった。修学旅行と卒業式だけは行った。どんなメンタルしとるんやワレ。高校も通信制だったため、インターネットを介した人間関係以外はほぼ皆無の中高時代。今振り返っても間違いなく人生最大の汚点といえる。

そして、ようやくここで冒頭の話を回収する。2006年にβ版サービスが開始されたニコニコ動画。レッツゴー陰陽師やガチムチパンツレスリング、バラライカ(というよりも「やらないか」の方か?)や遊戯王MAD(ずっと俺のターン!の元祖)、そしてテニミュ。インターネット史にも残る伝説の動画、「あいつこそがテニスの王子様」は何回繰り返し再生したことか。ちなみにカラオケで歌えますガチで。今となっては映画やドラマでも大活躍の城田優や和田正人、斎藤工といった人気俳優も多数出演しており、例外なく空耳でネタにされているのも面白い。「何としても舘ひろし」の空耳を最初に言い始めたのは実は私です(生産者の顔つき)。あまりにも当時テニミュにハマりすぎていたため、プレステのテニミュのゲームを中古で買った記憶もある。なんか必殺技出せるやつ。この時代のニコニコ動画が結局1番見ていた気がする。初音ミク登場以降は徐々にフェードアウト、もこうさんやすぎるさんのゲーム実況動画をたまに見る程度に。今でこそ私を始めYouTubeが主たる活動場となっているゲーム実況者だが、当時はニコニコ動画の方が主流だった。

高2のメンヘラ(≒氷のエンペラー)辺りからは2ちゃんねるもほとんど見る機会がなくなり、mixi(黒歴史)からTwitterにSNSも世代交代。MSNメッセンジャーにもお世話になっていた。ちなみにLINEはまだ存在していない。当時好きだったバンドのファン同士で繋がってライブで会ったりTL上で交流していたが、大学1年の終わり頃から当時付き合っていた彼女を最優先に生活するようになり一旦すべてのSNSアカウントを削除している。ライブチケットの取引をするため大学卒業後に再びアカウント作成するまでの間、情報収集には使用するもののSNS上で誰かと交流することはなくなっており、インターネット上でも人間関係のリセットを行った。なので、″宮前めい″を知っているのは「それ以降の人」しかいない。はず。おそらく。

これはまだ″宮前めい″を名乗る前。いや、その前の前の前、つまり前前前世のお話。まだアイドルオタクですらない時代。インターネット歴は年数でいうと約27年。青春時代を闇に葬り去り電脳世界に居場所を求めていた暗黒時代の一部を今回はノリと勢いだけで書き記した。深夜なので。

おやすミシシッピ

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