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思い出の、雪印コーヒー牛乳。#文脈メシ妄想選手権

高校の近くの、コンビニの駐車場。そこは部活を終えたあとの、ぼくらの溜まり場だった。その日もぼくは、よく冷えた雪印のコーヒー牛乳を買い求めておもむろにストローを挿した。むせかえるような暑さの体育館から解放されたばかりの乾ききった身体に、それを一気に流しこむのがたまらなく好きだった。あの纏わりつくような甘ったるさがほどよく爽快に感じられて、疲れた身体を隅々まで瞬時に潤してくれるような気がしていたから。
500mlのパック。いつもならそのまま飲み干して、くしゃっとしてごみ箱にポイ。でもその日はちがった。きゅうっと思い切りひと口飲んだきり、そのあとはずっと手をつけられないまま。
やれ何組のだれがカワイイだとか、だれとだれが付き合ってるだとか、うらやましいとかそんなことないとか。17歳、青春真っ盛りの男子が数人集まれば話すことなんて決まっている。ぼくも調子をあわせてしゃべってはいる...けれど、やっぱりダメみたいだ。ずっとうわの空で、彼らの話なんか大嫌いだった化学の授業並みに右から左へ受け流してしまう。
と、しばらくたって、制服のズボンの左ポケットに、静かな振動を感じた。彼らに気づかれないように、そっとポケットの中を見る。

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変換しなくたってわかる。息を、吸いこむ。深く、深く。
「ごめん、今日先帰るわ」
コンビニの駐車場の脇に停めておいた、3段くらいしかギアのついていない古くなったママチャリにまたがる。それをギコギコ言わせながら、ぼくはよれよれとその場をあとにする。飲みかけのコーヒー牛乳を、カバンと一緒にカゴに入れて。

さぁ、今日は、
これから、審判のとき。





学校からすこし離れた、線路沿いの公園。日は沈みかけ、灯ったばかりの街灯にぽわんと照らされたベンチにひとり浅く腰掛けてぼくは、そのときを待っていた。汗は止まらないのに口の中はカラカラで、すっかりぬるくなったコーヒー牛乳をちびちびと口に含ませては、深呼吸をくり返した。あんなに甘ったるいはずのコーヒー牛乳の、味がしない。ミルクで口の中に幕が張ったような違和感だけが妙に意識されて、生きた心地がしなかった。制服の左ポケットからポケベルを取り出して、眺める。「ソロソロカエルヨ」。線路を通り過ぎた電車たちが何度かその文字を明るく浮かび上がらせたころ、すこし遠く、公園の入口のほうから柔らかい声がした。

「ごめんね、待たせちゃって」

だれの声なのか、もちろんわかってはいたけれど。味のしないコーヒー牛乳をひと口すすってベンチから立ち上がり、声のほうを見た。ずっと、想っていたひと。自転車を押しながら、ゆっくり近づいてくる。時間にすれば、きっとたった数秒。それがとても長く感じられた。クラスも部活も同じ彼女に、先日気持ちを伝えた。すこしだけ時間がほしいと言われた。それからも、毎日顔をあわせた。まるで何ごともないかのように、たくさん話して、笑った。今、その彼女が目の前にいる。ぼくに、答えをくれようとしている。すこし戸惑ったように笑みを浮かべたその表情は、街灯に照らされていつにも増してかわいらしくて、とても魅力的に見えた。

「この前はありがとう、わたしは...」





あんなにも待ちわびた瞬間だったのに、このあとここで何を話したのかなんてほとんど記憶になくて。今度の試合で何本スリーポイントを決めるんだとか、やっぱりジョーダンは神だとか、きっとそんないつもと変わらない話をしていたのだと思う。ひとつだけ変わったことと言えば、ふたりの話す距離が昨日までよりちょっと縮まっていたこと。街灯にぽわんと照らされたベンチにふたり、肩と肩が、触れ合うくらいには。





ふたりで自転車を押して歩いて、彼女の家のそばで別れた。彼女の姿が見えなくなるのを見届けてから、ママチャリにまたがる。漕ぎだすと、ギコギコ音が鳴りながらも何だかいつになく軽快で風が気持ちよくて、すっかり暗くなった夜道をずっと走っていたくなった。しばらくして、制服のズボンの左ポケットがぶるぶるっと震えた。ママチャリを停めて、ポケベルを見る。

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変換するのが何だかもったいないような気がして、しばらくその数字を眺めた。うれしくてうれしくて、飲みかけのコーヒー牛乳をカゴから取り出し、ストローをくわえて勢いよく吸いこむ。ぬるくなって久しいそのコーヒー牛乳は、甘ったるくて甘ったるくて、とっても甘くって、おいしかった。

ズズズッ、と勢いよくその残りを飲み干してぼくは、またギコギコと古くなったママチャリを夜道に滑らせはじめた。
「こちらこそ、よろしくね」
ちいさな声で、つぶやいた言葉。帰ったらそう返信しようと思ってはいたけれど、もっと気の利いた返信できないかなぁなんて、そのあとしばらく悩んでしまった。






※20年以上前の青くて淡い思い出をヒントに妄想してみました。




今回は、こちらの企画に参加しました。

今日が最終日のこの企画、何とか間に合いました。よかった...。

昨晩まだこんな状態だったから、ほんとうに焦ってた。だって明日はこのイベント。こころおきなく楽しみたかったから。

これまで250近くnote書いてきたけれど、こういう妄想っぽいのや恋愛ネタってじつは書いたことがなくて。新たなジャンルにチャレンジするいい機会を与えてもらったこと、マリナさん、あきらとさん、池松さん、そして文脈メシ発案者のるいすさんに感謝したいと思います。ありがとうございました。

明日も楽しめますように!
さいごまでお付き合いいただきありがとうございました。




さいごに。
地味に開催しております「あなたの大切なひと描いてみた」企画。こちらは10日いっぱいまで募集しています!

なかなか手間がかかるのであと2日じゃ難しいかもしれませんが...よかったらみんなの大切なひと、描いて教えてください。

大切な人の、大好きな表情を探すこと。この表情が好きだと、伝えること。そのことがまた、となりにいてくれる人の大切さを改めて認識することのきっかけにもなります。

この企画がそのお手伝いになれたらと、思っています。

以上、長くなりましたが、これでおしまいです!
今日も素敵な夜に、なりますように。
それでは、失礼します。


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