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「ことばの日」、ぼくらにできること。

夜の深いところからこんばんは。だいすーけです。
日付変わって18日。今日は、「ことばの日」ということで。

ことばの日は、「ことば」を大切にする日。

いつも「ことば」を大切にしている人は、いつも以上に。
あまり意識してこなかったなぁ、という人は、できる範囲で。

今日は一日、大切にしてみませんか。ぼくらそれぞれの、内側から湧いてくる「ことば」のこと。



たとえばあなたには柔らかそうなまあるいボールに見える言葉が、となりにいるだれかには、ぬらりと妖しい光を放つ刀に見えているかもしれない。
たとえばぼくが何気なく宙に放った風船が、だれかの近くに漂った瞬間、無慈悲にあたりを焼き尽くす爆弾に姿を変えているかもしれない。

毎日のようにぼくらの頭上を飛び交う言葉たちのなかに、そんな可能性のある言葉が間違いなく紛れ込んでいる。そして残念なことに、そんな可能性のある言葉のうちのどれかを、ぼくら自身が放っている可能性だってある。

悪意をもって人に言葉を突き刺そうとする人や平気で人に罵詈雑言を浴びせる人は、まずもってこんな文章は読まないだろうからどうでもいい。自分の言葉と向き合う覚悟のない弱い人とは、ぼくも関わりたくはない。
でも、どうだろう。ここで言葉を綴って、それによって日々思いを手渡して受けとって。それを日常のたのしみにしている人たち。わが子のようにかわいい作品たちを、自分の家の軒に並べている人たち。仕事にしていようとそうじゃなかろうと、言葉を愛している人たち(ぼくもそのひとりだと思っている)。
もし、そんな「言葉への意識が高い」ぼくらがいつも以上に言葉に気をつけたなら、とても美しい言葉で周りを満たすことができそうなものだと思いませんか。

今どこでどんな問題が起きているとか、そういうことじゃないんです。美しい言葉をつかえるぼくらが率先してお手本になりましょうよ、ということ。

言葉の荒れがちな場所に、荒みがちな話題に、ぼくらの美しい言葉を添えていく。干上がった土に柔らかな水を満たして、ギザギザの壁を滑らかなやすりでととのえて。そうして、飛び交う言葉を潤していく。どんどん角をとって、丸くしていくんです。


ここで言う「言葉」とは、字面だけではなくて、その行間や温度、タイミングやトーンもすべて含みます。

ひらがなの「ことばの日」としたのには手話や点字など広い意味での「ことば」を知ってもらいたいとの思いが込められている

(冒頭に書いた「ことばの日」の由来の一節。「広い意味での「ことば」」というのは同じだから、ぼくも「言葉→ことば」とひらいてみようかな)


美しいことばなんてそんなのきれいごとだと言う人が一定数います。でもそれは間違っている。ぼくらはここで毎日のように、繊細で壊れやすいけれど人のこころを掴んで離さないことばや柔らかいのにとても強いことば、気持ちの奥の方のすこし固まってしまった部分に優しく熱をあててくれるようなことばと出会っているから、美しいことばがきれいごとじゃないことを知っているはず。
だったらそれを、話しことばなりtwitterなりほかのSNSなりに落としこんでみればいい。きれいごとが存在することを、それを知らない人たちに見せてあげればいい。
そうやって何とか、飛び交うことばにすこしでも温もりや思いやりをにじませることができればいい。そんなふうに、思うんです。

今日は、「ことばの日」。
だからそんな可能性を、ひと言ずつでもいいから探ってみませんか。
抽象的に過ぎる言い方なのは承知していますけど、いつもよりもっと気持ちを込めた美しいことばをつかうことを、たのしんでみたらどうだろう。
無理がなければ次の日も、また次の日も。人が穏やかな気持ちになるような、お手本にしたいと思うような美しくてきれいなことばを。そうやって、拡げていったらどうだろう。

いつか、ぐるりとまわってそのことばが自分に届く。
晴れの日はその耀きが一段と増すし、雨の日には雨粒が柔らかく頬を撫でる。心地いいなあと、思えることばに囲まれるようになる。

くり返すけれど、何があったわけでもありません。こんなことができたら価値のあることだと思うし、その尊さの一部に自分が加わることができたらなおのことうれしいしありがたい。
ことばの重みも無力さも暴力性も雄弁さも美しさも知っているぼくらから、ことばを浄めていけたらいいな。
という、お話です。

今日は、「ことばの日」。
これからも、ことばと真摯に向き合えるように。
これからも、美しいことばを贈り合えるように。

「ことば」で1人でも多くの人が笑顔になることを願って。

ぼくらそれぞれの、内側から湧きつづけることばを、
そんな地道な一歩を、大切にしていきたいと思っています。



さいごまでおつきあいありがとうございました。
言葉とかものの言い方とか、とくにSNS上ではこういうことは定期のテーマですよね、悲しいけれど。ぼくも、これまでもいくつか書いてきましたこういうことについて。
(お時間ありましたらどうぞ。)

「ことばの日」って、素敵だと思いませんか。
ことばは、つかうことを避けられないもの。生きているもの。こんなに大切なのに、身近過ぎてそこに目が向かない。それってなんてもったいないことだろう。そのことに、気づかせてくれる。

ことばを大切にすることの延長線上にも、自分と周りの人のしあわせがある。
きれいなことばかり、書きました。
でもそれがただのきれいごとではないことを、日々つかうことばで証明していけるように努めていきたいと思います。

お付き合いありがとうございました。
それでは、おやすみなさい。



※文中グレーの箇所はすべて、「ことばの日公式HP」からの引用です。






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