見出し画像

1970年代 アニメを取り巻く環境の変化

 1970年代後半からのSFブームによってスケールモデル一辺倒だった模型とホビーシーンは変化の「きざし」を見せはじめた。今回は、その背景について、ホビーシーンから角度を変えて考察する。70年代後半から少し時間を巻き戻して、高度経済成長期後半から70年代はじめまでのアニメを取り巻く環境を探ってみたい。


スポ根アニメの終焉と本格的SFアニメの登場

 高度経済成長期の後半、1960年代末から1970年代頭に誕生した漫画・アニメのジャンルに「スポ根(スポーツ根性もの)」がある。主人公が「スポーツ」を通して「根性」で成長していく姿を描く作品だ。
 そのひな形となったのが、梶原一騎原作『巨人の星』といわれる。漫画は『週刊少年ジャンプ』に1965年から1971年まで連載され、テレビアニメ第1作は1968年から1971年まで放映された。梶原一騎は、他にも『タイガーマスク』、『空手バカ一代』『あしたのジョー(高森朝雄名義)』など、スポ根もののヒット作を手がけ、アニメ化もされている。

 スポ根ものに共通する要素として、主人公がスポーツを通して「貧困」から立ち上がっていく点が挙げられる。ツギハギの制服を着た星飛雄馬(巨人の星)、孤児院出身の伊達直人(タイガーマスク)、身寄りのない少年・矢吹丈(あしたのジョー)など、キャラクター設定も今の漫画やアニメとはだいぶ異なる。こうした主人公の根性と成長が、高度経済成長期の上昇志向と合致して多くの支持を得た。
 しかし、1973年、2度のオイルショックによって、高度経済成長期は終わりを告げる。経済成長の停滞とともに、スポ根も下火になる。時代の空気がスポ根を失速させたとも言えるだろう。

 筆者は、高度経済成長期とスポ根の終焉を象徴する作品として、梶原一騎原作『侍ジャイアンツ』に注目する。漫画は『週刊少年ジャンプ』に1971年から1974年まで連載され、テレビアニメは1973年から1974年9月まで放映された。まさに高度経済成長が終わりを告げたタイミングで放送されたスポ根アニメだった。
 なぜ、『侍ジャイアンツ』が象徴的なのか。実は後番組が『宇宙戦艦ヤマト』だったからだ。テレビ局は、時期的に下火になったスポ根ではなく、新しい切り口のアニメを求めたのでないかと考える。スポ根アニメに続いて本格SFアニメが登場したのは、たまたまのめぐりあわせだったのかもしれない(※1)。しかし、結果的に『宇宙戦艦ヤマト』は本格SFアニメの嚆矢となり、アニメの大きな「節目」となった。

 その節目とは、「子どものもの」だったアニメを学生や大人も楽しめるエンターテインメントまで引き上げたこと。これは『機動戦士ガンダム』以降のリアルロボットアニメにつながり、ホビーシーンにも大きな影響をもたらす。時代の変化によるスポ根アニメの終焉は、本格SFアニメの台頭、そしてホビーシーンの変化と地続きの出来事と考えられる。

※1:プロデューサー西崎義展がテレビ局の編成にヤマトの企画を持ち込んでいた。

玩具×アニメ、新たなビジネスモデルの誕生

 『宇宙戦艦ヤマト』放映開始の前後、スポ根の終焉とは別の文脈で、現在のホビーシーンに大きな影響を与えたアニメの流れがある。「スーパーロボットアニメ」だ。
 1972年、スーパーロボットアニメの金字塔が登場する。永井豪とダイナミックプロによる『マジンガーZ』。この作品が発明したのは、人が操縦するロボットであること。それまでは、自分で考えて行動する鉄腕アトムや、金田正太郎少年がリモコンで操作する鉄人28号が、アニメで活躍するロボットだった。マジンガーZは、巨大な姿、乗り込むためのマシンとの合体も含めて、まったく新しいロボット像を提示した画期的な作品だった。

 『マジンガーZ』から始まるスーパーロボットアニメは、玩具のマーチャンダイジングに大きな影響を与えた。その代表格といえるのが、ポピー(現バンダイ)の「超合金」である。
 手のひらサイズでズシリと重い「超合金マジンガーZ」は、当時の少年たちが熱狂した玩具。精密なミニカーをイメージしたダイキャスト製法でつくられている。発売当初の商品名は「ダイカスト・マジンガーZ」。1974年に発売された第1期シリーズは、50万個の大ヒット商品となった。その後、何度かの改訂が行われ、商品名も「超合金マジンガーZ」に変更。その後の「超合金」シリーズにつながっていく。

 「超合金マジンガーZ」をつくったのは、ポピーのデザイナー・村上克司。彼がその後に手がけたのが『勇者ライディーン』だ。このライディーン以降、アニメの玩具マーチャンダイジングは大きく変わる。
 鳥型に変形するロボット・ライディーン、実は村上克司がデザインしている。ブラッシュアップは安彦良和だが、展開図やペーパークラフトの試作など、基本は村上克司の手によるものだ。
 ライディーンは、玩具起点でデザインされたスーパーロボット第1号であり、アニメ制作から玩具制作の流れが反転する「節目」となった記念碑的作品なのだ。小野塚謙太著『超合金の男 ―村上克司伝―(アスキー新書)』には、次のように書かれている。

(前略)ライディーンの成功によって、玩具会社がスポンサーとなり、アイデア面でも収益面でも番組制作側と協力する体制が編みだされた。

小野塚謙太著『超合金の男 ―村上克司伝―(アスキー新書)』

 このように、70年代半ばから玩具のマーチャンダイジングありきで展開される「スーパーロボットアニメの時代」が幕を開けた。それは80年代以降も続き、ロボットアニメはもちろん、戦隊ものやメタルヒーローなど特撮作品の玩具へも広がっていく。スーパーロボットアニメは、玩具市場で新たなビジネスモデルを生み出したわけだ。

 当然、このビジネスモデルでは、メーカーの意向がアニメに反映されるようになる。玩具が売れなければ、メーカーから作品にテコ入れが求められる。たとえば、『機動戦士ガンダム』の放送短縮も、スポンサーのクローバーによる合金玩具(※2)「機動戦士ガンダム ダイカスト」のセールス不振が影響している。2020年にNHKで放送された番組「ガンダム誕生秘話 完全保存版」の中でも、監督の富野由悠季がメーカー(クローバー)からの電話に頭をなやますエピソードが語られていた。
 玩具のセールスありきでアニメがつくられ、玩具が売れなければアニメはビジネスとして成立しない。このマーチャンダイジングとアニメの関係性は、80年代以降のホビーシーンにおけるキャラクターモデルにも受け継がれることとなる。

※2:「超合金」シリーズのヒットを受け、他社もダイキャスト玩具を発売した。なお、「超合金」はバンダイの登録商標。

モデラーのニーズとプラモデルのギャップ

 高度経済成長の終わりとともに、本格SFアニメ『宇宙戦艦ヤマト』が誕生し、アニメファンの年齢層を引き上げた。同時期、スーパーロボットアニメが玩具のマーチャンダイジングと結びつき、新たなビジネスモデルを生み出した。これらの流れの先に、70年代後半からのホビーシーンの変化、SFキャラクターモデルブームがある。

 ただ、『宇宙戦艦ヤマト』以降のアニメファン、その中でも模型趣味をもつ年齢層の高いファン(=モデラー)は、当時のキャラクターモデルに物足りなさを覚えたのではないだろうか。たとえば、1974年にバンダイが発売した「宇宙戦艦ヤマト プラモデル 第1号」は、ゼンマイボックスで走り、波動砲のかわりにミサイルを発射するギミックが付いていた。
 これらは明らかに玩具のフォーマット。それ以前もゼンマイやモーターによる「動く」プラモデルはあったが、模型としての再現度よりもプレイバリューを重視したものだった。
 もちろん、当時の玩具やキャラクターモデルを否定するつもりはない。事実としてキャラクターモデルが「玩具の延長線上にあったこと」を把握しておきたい。アニメが「子どものもの」だけでなくなっても、キャラクターモデルはそこから抜け切れていなかったのである。

価値観の変化から見えてくること

 今回は、ホビーシーンにキャラクターモデルブームが起きる前、アニメを取り巻く環境にどんな「節目」があったのか、「高度経済成長とスポ根」「スーパーロボットアニメと玩具のマーチャンダイジング」という2点から考えた。ここに書いたことがすべてではなく、検証不足もあるだろう。今後も継続的に考察していく。
 
 70年代を調べると「価値観の変化」につながる「節目」がいくつも見えてきた。たとえば、『機動戦士ガンダム』が放映開始となった1979年。インベーダーゲームが流行、喫茶店はゲームをする客であふれた。ソニーがヘッドホンステレオ「ウォークマン」を発売、音楽を持ち出して聴けるように。NECがパーソナルコンピューター「PC8001」を発売、パソコンブームの端緒となる。などなど。どれも今ではスマホ1台でできることだが、当時はライフスタイルを変化させるインパクトがあった。そしてライフスタイルの変化は価値観も変える。

 1970年代前半のアニメを取り巻く環境の変化は、アニメファンの価値観を変え、アニメ制作の価値観も変えた。こうした変化の関連性や積み重ねを探っていきながら、ホビーシーンの全体像を探っていきたい。


〈参考文献〉

  • 牧村康正・山田哲久(著) 『「宇宙戦艦ヤマト」をつくった男 西崎義展の狂気』(講談社)

  • 小野塚謙太(著)『超合金の男 ―村上克司伝―』(アスキー・メディアワークス)

  • 井田博(著)『日本プラモデル興亡史 子供たちの昭和史』(文藝春秋)

  • 神田文人・小林英夫(編)『増補完全版 昭和・平成現代史年表』(小学館)

  • 石川弘義(編)『大衆文化事典』(弘文堂)

  • 佐々木毅・富永健一・正村公宏・鶴見俊輔・中村政則(編)『戦後史大事典 1945‐2004増補新版』(三省堂)



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?