山の神様

「ねぇ、案内してくれる?」
巧みな言葉で息子を山登りに誘い出す。お目当ては、最近彼が幼稚園の遠足でお友達と行った山だ。「うん、いいよ。」まんまと策略に引っ掛かった息子は、得意気な表情を浮かべた。

息子を先頭に、はぁはぁ息を切らしながら山道を進む。遅れをとる妹と私を気遣って、要所要所で立ち止まっては「こっちだよ」と声をかけてくれる。

「すごくいい景色だよ!」一足先に山頂に着いた息子の清々しい声が響きわたる。「ここにはねぇ、山の神様がいるんだよ!」


そうして息子は帰り道も案内を続けてくれた。ところが、無事に遊歩道に出たところで彼は振り返ってこう呟いた。

「ぼくはおうちに着いたら泣きそうだよ。」

「え、どうしたの?」
驚きと共に訊き返す。

「本当は最後まで案内出来るかすごく不安だったんだ。」

全くそんな素振りは見せなかったのに。

そうだったんだ。でも、大きな声で案内してくれて、すごく心強かったし、頼もしかったよ。私がそう答えると、息子は左袖でちょっとこぼれた涙を拭いながら、「ありがとう!」と照れ臭そうに言って、夕陽を背に受けてキラキラと走り出した。


きっと山の神様のおかげね。

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