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気がついてしまった!夢が思い込みであった瞬間

(くそーこのエロオヤジ誰だよ!
 コンビニの中でまで
 いちゃいちゃしやがってぇぇぇ。

 うらやましい。
 こ、、、こんなやつは、
 クソ野郎に違いない!)
 
 
Theお金持ちの
ど真ん中をいくクラッチバックを片手に、
すらっと生脚のきれいな
お姉さんを複数連れて歩いている、
 
 
どこの誰かも
分からないおじ様に、
勝手に頭の中で敵対視。
 
 
あげくの果てには、
自分の嫉妬心を棚に上げて、
勝手におじ様の
人格否定までしてしまう始末。。。
 
 
そんな汚い心を隠しながら、
現実のぼくは、
 
 
コンビニで独り、
左手に日清カップヌードルの
カレー味(もしくはシーフード味)。
 
 
右手に梅おにぎりを
・・・取るか取らないか?
で数分悩んでいました。
 
 
そんな生活を
毎日のように続けていたのは、
ぼくが25歳の時。
 
 
当時、勤務していたのは
西麻布の小さなデザイン事務所。
 
 
西麻布という地域柄、
深夜にコンビニにいけば、
見た目からお金持ってるなー!
というおじ様を目にすることも
多かったんです。
 
 
かたやぼくはと言えば、
本当に1週間に2回しか
家に帰れないぐらいの激務。
 
 
デザインして、
図面を書きまくって、
プレゼン用の模型やCG、
資料を作ったり・・・。
 
 
本当に時間が
いくらあっても足りない状態でした。
 
 
それでもぼくは、
仕事に対する愚痴や不満は
ありませんでした。
 
 
なぜなら、その時期ぼくは、
修行をさせてもらっていたからです。
 
 
実績もあり、
超有名なデザイナーの元で、
そのノウハウや考え方を、
 
 
安い金額だけど
お金をもらいながら
学ばせていただいて、
むしろラッキーだと思っていました。
 
 
インテリアデザインの世界が、
そんな一面を持っていることは、
今でも否定するつもりはありませんし、
 
 
その道から成功へと繋がる
デザイナーも実際にいると思います。 
 
 
ですが、ぼくはある時、
気がついてしまったんです。
 
 
 

●●● 夢だと思い込んでいた自分 ●●●


働いていた
小さなデザイン事務所のボスが
有名なデザイナーさんだった関係で、
 
 
ぼくは若手も重鎮も含めて、
第一線で活躍するデザイナーさんたちと
お話をさせていただく
機会を得ていました。
 
 
雑誌「商店建築」などで
いつも名前を飾ってくるような
先輩デザイナーたち。
 
 
中には、
「プロフェッショナル仕事の流儀」に
出たデザイナーさんもいらっしゃいました。
 
 
憧れもあり、
自分もぜったいそうなってやる!
という意思もあり、
 
 
仕事をしながら、
いろんなコンペティションに応募したりと、
毎日を過ごしてはいたのですが。
 
 
ある時、
ぼくの憧れている世界の住人である
有名デザイナーたちが、
 
 
ほぼ100%に近い確率で、
ぼくが思い描くような
ライフスタイルは送っていない
 
 
という事実に
気がついてしまったんです。
 
 
そして、その瞬間から。
 
 
ぼくはデザイナー業務に
夢を見れなくなってしまいました。
 
 
一気に冷静になった感じでしょうか。
夢から醒めた
あの瞬間を忘れることはできません。
 
 
そもそもあれは、
本当に自分の夢だったのか?
 
 
いま、冷静に考えれば・・・
いつの間にか、どんどん基準がずれ、
目的がずれ。
 
 
気がついたら全然、
目的とは違う場所に
向かおうとしていました。
 
 
軍師・孔明さんから学んでいる
『成功シンドロームOS』を、
もっと早く知ることができていたら・・・
 
 
そう思ってしまう自分もいますが、
もはや過去には戻れない。
ミライはこれから。
 
 
むしろ、今
『成功シンドロームOS』を
知ることができたことに、
感謝しています。
 
 
でも、お金がなさ過ぎて・・・
男として悔しくてたまらなかった
あの時間は、二度と忘れられないと思います。
 
 

(写真)マレーシア・ジョホールバルにも一応あるのよ。暗闇に佇むオサレなイベント。生バンドあり、健康食品・飲料あり。なんか自然派なイベントなのです。月に1回しかないけど。

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