【ショート】冬のなおみちゃん
映画のレイトショーの帰りに、家の最寄りの小さな駅に着くと、駅前で同じクラスのなおみちゃんが泣いていた。声をかけてみたら、お母さんの葬式に行きたくない、と鼻水と白い息を撒き散らしながら騒いでいる。
詳しく聞けば、亡くなったのはなおみちゃんの祖母にあたる人なのだけれど、彼女は生まれてから祖母の家で育ったため、幼い頃から祖母をお母さんと呼んでいるそうだ。
なおみちゃんは薄汚れたぬいぐるみを握りしめながら、お母さんが死んだ日にこの子に穴が空いちゃった。この子がどんどん痩せていく。と、喚き散らしている。もう夜も遅いし雨も降り出したのに、家に帰ろうともしない。
それどころか、なおみちゃんはポケットから突然くしゃくしゃの紙を取り出し、雨に濡れながらそれを投げ始めた。私が困惑して眺めていると、お母さんの弔いのために生者も死者も等しく照らすミラーボールの紙飛行機を作ったの、と訳のわからないことをほざいている。
元々、なおみちゃんのことは少し苦手だった。自分にしか興味がなさそうで、その癖周りに甘えたところがある。今だって早く家に帰りたいけれど、流石に泣いている女の子をひとり置いていくわけにはいかない。
「お母さんのプリンがまた食べたいよう」なおみちゃんは薄汚れたぬいぐるみにそう話しかけながら、涙と鼻水にまみれた顔で一心不乱に紙を投げている。狂ってる。
なんとかタイミングを見計らって帰宅を試みていた、その時だった。突然なおみちゃんが投げていた紙が、ギラギラと光りながら夜空に向かって浮き出した。派手な光が雨粒を一粒一粒照らしながら回り続け、ゆったりと煌めく水滴があたり一面を満たした。まさに、なおみちゃんの言っていたミラーボールだった。「お母さん!お母さん!」なおみちゃんはそう叫びながら踊り出した。
関節一つ一つがぎこちなく曲がる奇妙な踊りを披露しながら、発光して浮遊する紙の周りをぐるぐる回っている。なおみちゃんの涙が光る。鼻水が光る。よだれが光る。犬のようにだらしなく開けた口から、舌足らずに祖母の名を呼ぶ声は歌のようにも聞こえた。駅前はさながら、なおみちゃんの独壇場のダンスホールとなった。
付き合っていられない。やっぱり、なおみちゃんのことが苦手だ。
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