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上履きの中の恋

彼は、結婚したようだった。


そこそこ田舎の公立中学。
勉強はできるけど、それだけの真面目ちゃん。
それがわたし。

クラスメイトとは、普通に話せる。
だけど、これが好きとか、あれがキライとか、道でこけたとか、アイスが美味しいとか、
そんな、日々の何気ないことを話すような、いわゆる''いつもの''友達がいない子だった。

中学1年生の夏、私は学級委員をしていた。
どこの学校にもあるかもしれないけど、わたしの学校では、各クラスの学級委員が集められて、学年の集会などの運営をする仕事があった。

その中に、彼はいた。

彼は、真面目だけどスポーツもできて、少し、かっこいいなと思っていた。
けれど、仕事中に特別仲良くなったという記憶はない。
残暑も終わり少し涼しくなってきたころ、学級委員は任期が切れ、当然、彼との接点はなくなるはずだった。

彼とのつながりがなくなるのがいやだと思った私は、ノートを1枚やぶって、彼に手紙を書いた。


「◯◯くんへ

今日、放課後、虹がでてたよ!
委員おわっちゃってから、みんなで集まる機会なくなって、なんかさびしいな。
また手紙書いてもいい?」

こんな感じだったと思う。

思ったより早く、彼は返事をくれた。

「部活中におれも虹見たよ!たしかになんか寂しいね。手紙、ぜんぜんおっけー!」


こうして、わたしと彼との手紙のやりとりがはじまった。


1日にやぶいたノートの1ページ分。決めたわけではないけどそれが二人の間で決まりになっていた。

朝、彼からの手紙を受け取って、
私はその日のうちに学校で返事を書く。

厳しい先生の授業中や、理科の実験室でも、わたしは先生やクラスメイトにバレないようにして、ノートの一番後ろのページに、彼への手紙を綴っていた。

担任のマスクにケチャップがついててまぬけだったなんて話から、
野球部の人たちが放課後なぐりあいの喧嘩をして、先生に怒られたしいなんて話まで、ただの日常をつづるだけ。

ほんとうにそれだけだったけど、
この学校に、自分の話を聞いてくれて、自分に話をしてくれる人がいる。
友達がいないわたしには、とても楽しかった。


だけど、わたしは学級委員を終えたあとに、彼と面と向かって話した記憶も、手紙を直接手渡した記憶もない。

思い出すのは、誰もいない朝と放課後の下駄箱の風景。


わたしたちは、下駄箱文通をしていた。


といっても、わたしの学校の下駄箱には、フタがついていなかった。

なので、彼が朝わたしの上履きの中に手紙を入れ、放課後、わたしが彼の靴の中に返事をしのばせるという、
正確に言えば''上履き文通'' だった。

彼との手紙交換は、1年くらい続いた。
あれが恋というものだったかはわからない。
けれど、手紙に小さなハートのシールを貼ったことも1度や2度くらいはあったし、はっきりとは言わなくても両想いめいたことを確認しあったこともあった。

いま思えば、ほんとうに穏やかで幸せな時間だったと思う。

それなのに、その大切さに気づけるほど、わたしはまだ大人じゃなかった。

中学2年の夏、わたしは突然、「最近好きになった人がいる」と手紙の中で切り出した。

一方的に自分の気持ちを書き、手紙交換を終わらせるような話をしてしまったから、もう、彼から返事は来ないものかと思っていた。

ちょうど、夏休みに突入した。


夏休み中は部活があったけど、彼は運動部で外、わたしは文化部で校舎内で活動していて、顔も合わせることもなかった。

このまま、何気ない思い出の一つとして、時が流れていくのかなと思っていた。


けど、彼との手紙交換は、忘れられない甘酸っぱい思い出になってしまった。


夏休みに入って何日か経っていたある日、上履きの中につるっとした違和感を感じた。

脱いで中をのぞいてみると、ノートの切れ端が入っていた。

「Mintへ 誕生◯おめ◯◯う。◯◯◯◯◯◯◯。これ◯らの人生、◯◯◯◯◯ってね。◯◯◯◯◯願っ◯ます。」

いつもはノート1ページ分を折りたたんでいたから、靴を履いたとしてもその厚みで何か入ってる感触がわかっていた。

けど、彼からの最後の手紙は、どうやら1ページには満たなかったらしい。

何日かそのまま上履きを履いてしまっていたせいで、手紙はぼろぼろになって、文字はほとんど読めなかった。


彼は、こんなわたしに、最後に何を願ってくれたのだろう。


今ごろ彼に聞いたとしても、もう覚えてはいないと思う。


わたしもあれから色々恋をして、いまは大好きな人と結婚している。


そして最近、何気なく見ていた地元のウエディング特集に幸せそうな笑顔の彼がのっているのを見つけた。


それでいい、それでいいんだ。


けれどなぜか、胸がチクリとした。


誰も読むことのなかった手紙は、どこに溶けていったのだろう。


いまもふと、ちぎれたノートの切れ端が、
どこからか出てこないかと思ってしまう。

誰も読むことのなかった最後のメッセージ。

わたしの上履きの中の恋。


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