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20年後の君へ

この手紙を読んでいるということは、君が20歳になったということだね。お父さんがこの手紙を書いている今、君は1歳。言葉らしきもの?を話し始めたところ。20歳の君は、どんな顔をして、どんな声をして、どんな友だちに囲まれているんだろうね。想像するだけで、ドキドキするよ。

お父さんは今何をしているかというと、おうちに引きこもっているんだ。数ヶ月前から、コロナウイルスという感染症が、またたく間に世界に広がった。何十万人もの人が感染し、何万人もの人が亡くなり、東京も自宅から出てはいけないという自粛要請が出て、みんな、家に引きこもっている。町が静かになった気がするし、経済も止まった。こんなこと、お父さんの人生で初めてだ。

正直、お父さんは怖い。お父さんやお母さんがコロナにかかってないか、それが君に感染させてないか、心配なんだ。もちろん、経済的にも。そして仮にコロナ問題を乗り越えても、また他の問題が勃発し続けるだけじゃないかって気がしているんだ。コロナウイルスの直前は、世界的な気候変動危機が叫ばれて、熱波で沢山の人がなくなって、山火事でたくさんの森が失われ、多くの生き物がいのちを失っていた。小さい頃はあんなに降っていた雪も、今年は全然降らなくて、冬がなくなったみたいだった。

一体、この世界は、これからどうなってしまうんだろう。

でもね、一番不安なことは別にあるんだ。それはね、君が20歳になったいま、この世界を好きでいてくれてるかな、ということなんだ。この世界に生まれてよかったなって、思えているのかな。それとも、どうしてこの世界に生まれてしまったんだろうって、世界を恨んでしまってるのかな。

もし、後者だとしたら、お父さんは、本当に悲しい。悲しいし、悔しいし、申し訳ない。いくら後悔してもしきれない。お父さんは、君に、この世界を好きでいてほしいんだ。この世界に生まれてよかったって、心底思ってほしいんだ。

けれど、これからの時代、そう実感することは難しくなってしまうかもしれない。コロナがそうであるように、もう予想もできないことが日々日々起こる世界にこれからなっていくと思う。もちろん、いいことも増えるだろうけど、それ以上に大変なことが増えて、生きることすら大変な時代になるんじゃないかって思うこともある。どうにかしなきゃと思う瞬間もあるけど、世界中で起こり続ける問題は大きすぎて、もうどうしていいか分からない。お父さん一人が頑張ったところで、どうにかなることじゃない気もしてしまう。無力感に苛まれることも多い。

でもね、お父さんには、願いがあるんだ。お父さんはね、世界中の一人でも多くの人が、この世界って美しいんだって、生きるって素晴らしいねって、生まれて良かったって、そう世界に叫びたくなるような、そんな世界であってほしいんだ。

お父さんは、君に、約束をしたい。

お父さんは、芸術家として、世界の美しさに涙してしまうような作品を作り続けるよ。この世界に生を受けた一人でも多くの人に、自分の生に、世界の生に触れ、世界の美しさの根源に触れてしまうような、そんな体験を届けていく。東京だけじゃない、日本中に、世界中に。そしてこの作品に触れた人たちが、何かのインスピレーションを受け、その人達なりの新しい作品や言葉、表現、生き方が生まれていく。結果的に、お父さんが願うような世界を体現したり表現する何かがこの世界に増えていく。

その営みに、お父さんは、自分のいのちを使い切りたい。死ぬ瞬間、一切の悔いなし、もうこれ以上はできなかった、そう断言できる状態で、この世界での役割を終えたい。

20年後、君がこの手紙を開く時、お父さんは生きているかわからない。君の顔を見て、声を聞いて、話をすることができるのか、分からない。実際、お父さんのお父さんは、当時27歳、お父さんが丁度いまの君と同じ1歳のときにガンで亡くなった。

いずれにしろ、君は20年後、お父さんが約束を守ることができたのか、この世界がお父さんの言う世界に近づいているのかどうか、知ることになる。君が、この手紙を開く瞬間のことを想像すると、正直怖い。

言葉にすることは簡単。でも本質は、一瞬一瞬の行動の積み重ねの中にしかない。でも、お父さんは、君が、お父さんの子どもで良かったなって、こんな人がお父さんで誇らしいって、そう思ってもらいたいんだ。

なんでこの手紙を書いたか、分かるかい。それは、お父さんが、一番かっこつけていたいのが、君の前だからだよ。君に見られていると思うと、お父さんは頑張れるんだ。かっこいいお父さんでいようって、頑張れるんだ。

ただ、君にもひとつ約束をしてほしい。それはね、もし君がいつか子どもが欲しくなって、子どもを授かることがあったら、お父さんが君に手紙を書いたように、その子に手紙を書いてほしいん。

じゃあ、20年後、君からの返事を楽しみにしているね。

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