おじさんの恋煩い~後編~

ここまでのお話は

前編はこちらから
中編はこちらから

再評価

どこにでも無責任な噂を吹聴する輩がいますが、復帰してきた私に待ち受けていたのはそういった吹聴による逆風でした。

仕事が出来なくて悩んだ末に病んだ。

私が貼られたレッテルはこれでした。生技は多くの部署と関わり合いを持ちます。噂を真に受けた複数の部署が私に対して懐疑的な目で見るようになり、なかなか協力を得られない状況となっていました。

当時、私は彼女から仕事を引き継いで刃具(金属を削る工具)の改善を行っていました。主に刃具の寿命を延ばしコスト削減や品質の向上を狙っていくものです。彼女は引継ぎの際、何の実績も残すことができなかったと俯いていましたが、彼女の残してきた資料を見て私は驚愕しました。

「何の不足もない、すぐにでも使えるデータ」

誰にも教えてもらえない暗中模索の中、彼女は最善の仕事をしていたのです。あとは切削加工に対する知見と経験がないだけ。これさえ導いていれば彼女は大活躍をしていたのではないか。周りの人間は何を見ていたのであろうか・・・そんな歯痒さと憤り、それに加え彼女はやはり逸材であったという思い、その逸材を手放ことになる虚しさ。何と馬鹿げた組織なのか。そして切削加工を得意とする私なら彼女の力になれたはずだという思い。すべてがずれてしまっていると感じていました。

私は彼女のデータを用いて改善を進めていくことになります。初めは懐疑的だった人たちも、私が成果を上げていくと少しずつ協力的になっていきました。やはり少しずつですが私の評価も改められ、改善は好循環に入っていきます。現時点で改善の効果額は年間2000万円は超えているはずです。

停滞

私と彼女は席こそ隣同士でしたが、別々の仕事をしていたので基本的に仕事上の接点はありませんでした。そんな中、彼女は正式に生技から開発に異動し、私も新規プロジェクトの主担当として忙しい日々を送ることになります。2人はますます接点がなくなっていきました。

正直、この頃の彼女がどのような仕事をしているのか分かりませんでした。開発というだけあって機密保持が徹底されていたこともありますが、お互い忙しく働く中で高負荷となっており、休憩中はなるべく仕事の話はしないようにしていたこともあります。

この時期、2人の立ち位置はかなり遠くにあると感じていました。

交差点

しかし新規プロジェクトが進んでいくうちに、彼女が主担当となって開発を進めている製品が私が量産化を担当する製品であることが分かって来ます。上層部では当初から計画されていたことが、ようやく担当者レベルにまで情報が落ちて来たということです。

彼女と私は数年の時を経て再び同じ仕事をすることになります。彼女が先行して開発を進めていた製品を、量産化という目線で評価するというのが私の役割となり、彼女と会議や打合せ、出張する機会が増えていきました。

そして歯車は回り始めます。

一緒に仕事を進めていくうちに、私は彼女と仕事をすることの楽しさを知ります。彼女の優秀さや人当たりの心地良さはよく知っていましたが、真面目で直向きな性格に触れ、少しずつ心を寄せるようになりました。

それと同時に彼女の危うさにも気付きます。真面目で直向きであるが故に何事にも手が抜けません。また人に頼みづらい性格も彼女自身を追い込んでしまうのではないか、何でも自分でこなそうしてとたくさんの仕事を抱え込んでしまうのではないかと。

彼女は心身を壊す前の私によく似ていると感じていました。私自身、手を抜けない性格で完璧を目指そうとするタイプ。周りからはいつもそこまでしなくてもいいのにと言われていました。このままでは彼女も自分と同じ道を辿るのでは。そう思うと彼女を何としてでも守りたいと思うようになりました。

加速

彼女との仕事と並行して、私は他の製品の量産化に取り組んでいました。この生産ラインの立ち上げが大詰めを迎え、私は疲労とプレッシャーで寝られない日々を送っていました。こうなると当然のごとく片頭痛が再発してしまいます。そんな私に彼女はいつも気にかけ優しい声をかけてくれました。さらに彼女に惹かれていくのは自然な感情だったのかも知れません。

私の仕事が落ち着くのと代わりに彼女の仕事がピークを迎えます。
仕事が思うように進まない焦りから彼女は休憩も取らずに現場に張り付いていました。徐々に奪われる体力と精神力。上司からの指示に応えなければというプレッシャー。真面目で頑張り屋の彼女はどんどん追い詰められていきます。

ある朝、彼女の顔色が悪く生気がないことに気が付きました。どことなく辛そうにしている彼女に「調子悪い?」と聞くと俯き躊躇いがちに「・・・今日は朝起きた時から頭が痛くて・・・」と話しました。
ここ最近の激務を考えると、いつか心身に不調来すだろうと感じていました。

「現場に出突っ張りだと体力的に疲れるよね。最近休憩取ってないでしょ?焦っちゃうから怖くて休憩できないんだよね。とても良く分かるよ。僕もそうだった。体を壊す前のことだけど、やることがたくさんあって、期限が決められてて、頭が一杯になっちゃうんだよね。それで身体は悲鳴をあげているのに気付かないふりをして。僕の後悔はちゃんと休まなかったところ。疲れてくるとつまらないミスが増えて、効率が極端に落ちる。それでまた焦って長時間労働になっちゃってね、また疲れちゃうんだ。焦っても何もいいことはないよ。ちゃんと休もう。やりきれなかった分は誰かが何とかしてくれる。無責任かもしれないけど、仕事ってのはそんなもんだよ。僕が休職したときはS君が代わりを務めてくれたんだ。すべてを抱え込む必要はないんだよ」

彼女の眼には涙が溢れていました。

私は彼女をここまで追い込んだ彼女の上司に憤りを感じるのと同時に、彼女に増々気持ちを寄せていくのでした。

現在

彼女と私は開発側と量産側として同じ仕事をしてきましたが、上司の仲違いによって今は別々の仕事をしています。あと10日もすれば彼女の開発業務は佳境を迎え厳しい状況になると考えられます。にも関わらず私が彼女の力になれないことに歯痒さを感じています。「きっと私なら・・・」とあの時と同じ状況になりつつあります。

私は彼女に恋焦がれています。恐らく彼女もそれは分かっているでしょう。私の態度を見れば一目瞭然だからです。それと同時に彼女も私に一定以上の好意を持ってくれているのは間違いありません。日々の彼女の言動、ちょっとした言葉の反応からそうとしか思えないからです。

しかしお互い家族を持つ身として、これ以上の進展は望みません。彼女に気持ちを伝えることも彼女の気持ちを確認することもしないでおくつもりです。なぜならお互いの気持ちを知ってしまったら、後戻りできなくなると思っているからです。

この気持ちがどこへ向かうのか。それは私にも分かりません。いつしか「あの頃きっと好き同士だったよね~」なんて軽く言い合える日が来るのを願っています。

終わりに

最後まで読んでいただいてありがとうございました。

人によっては悪趣味だと思う人もいるかも知れません。それでも私には言語化という作業が必要であり、それを読んでもらう必要がありました。精神の安定を図るために。

今はまだ生々しく痛みを伴う傷口です。毎日胸が苦しいし、彼女を思うと胸が高鳴ります。この作業を終えて何日か経ったとき、今より落ち着いている自分がいることを願って。

改めてありがとうございました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?