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2021年のアニバーサリー・イヤー・クラシック①ジョスカン・デ・プレ(没後500年)

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【はじめに】

◯記事について
・2021年のクラシック・シーンに備えて、アニバーサリー・イヤーの作曲家をまとめておく記事です。続きが出るかはわかりません。笑
・参考:「2021年にアニバーサリー・イヤーを迎えるクラシック音楽の作曲家リスト」
https://note.com/mattaream/n/n1973a0931bac
◯音源として紹介するCDの基本的な選び方
・あまり長いと気楽に聴き通せないので、1枚組のCDから選んでいます。
・作曲家に焦点を定めているので、作曲家自身の作品のみで構成されたアルバムか、必要最低限で他の楽曲を含むだけのアルバムのみを選び、アンソロジーのような様々な作曲家と組み合わされているアルバムは外しています。
・同じ楽曲について上記の条件を満たした複数のアルバムがある場合は聴き比べて、演奏や構成などのいくつかの側面からおすすめしたいと思ったアルバムを挙げています。

【作曲家について】

◯ジョスカン・デ・プレ(Josquin des Prez, 1450-1521)
・フランドル楽派最大の作曲家。フランドル楽派は15-16世紀のフランドル地方を中心にヨーロッパ各地で活躍し、ルネサンス音楽を主導した作曲家たちを指す。デ・プレはこのフランドル楽派の第一世代に属するヨハンネス・オケゲム(1430-1495)に(おそらく)学び、この楽派の最大の作曲家へ成長した。楽派の地位を踏まえると、デ・プレはルネサンス音楽を代表する大作曲家ということになる。
・彼の作曲した主なジャンルはミサ、モテット、シャンソンである。彼は作曲家としての活動のほかにも、聖歌隊の歌手としても活躍していた。
・彼の音楽史上の業績としては、独立した複数の声部が同じ旋律を模倣して展開する「模倣様式」の対位法音楽を確立し、ポリフォニー音楽をその頂点へ高めたことが挙げられる。
・同時代人の証言を紹介しておくと、(音楽に造詣の深かった)神学者マルティン・ルター(1483-1546)はデ・プレについて、「彼は音の主人であり、音は彼の望むことをする。他の作曲家は音が望むことをしなくてはならないのに」と絶賛している。

【作品について:ミサ曲】

◯代表作となる2つの定旋律ミサ
・既存のモノフォニーの旋律をそのまま柱にする定旋律ミサ。デ・プレの代表作のミサと評価されるのは、「武装した人」(L’homme arme)という曲に基づく2つのミサである。「武装した人」は戦士を歌った(というほど大げさな内容でもないのだが)短い世俗の歌謡曲であり、ルネサンス音楽のミサの定旋律として最も愛された曲の一つである。
・「武装した人」による2つのミサを収めた録音としては、世界最高峰の合唱団タリス・スコラーズの録音が抜群に優れている(Gimell: CDGIM019)。また、オックスフォード・カメラータの録音もデ・プレの死に寄せる哀歌で締めるという構成が良いので紹介しておく(Naxos: 8.553428)。
◯パラフレーズ・ミサとパロディ・ミサ
・パラフレーズ・ミサは(定旋律ミサと異なり)元の旋律をアレンジして用いるミサであり、パロディ・ミサはポリフォニーの原曲を選んでポリフォニーのまま素材にするミサである。パロディ・ミサという名称については(パロディという言葉の現代的な意味に引っ張られてか)世俗音楽を用いたミサという説明も散見されるが、これは定旋律・パラフレーズ・パロディのようなきっちりした分類としては機能しておらず、(題材の聖俗を問わない)技法としてのパロディ・ミサとはズレがある点に注意が必要である。
・パラフレーズ・ミサにおけるデ・プレの代表作は、グレゴリオ聖歌「舌もて語らしめよ」(Pange lingua)に基づくミサであり、やはりタリス・スコラーズの演奏が優れている(Gimell: CDGIM009)。また、味わい深い教会の鐘に始まるア・セイ・ヴォーチとペイ・ド・ラ・ロワール聖歌隊の録音もユニークなので紹介しておく(Naive: E8639)。
・パロディ・ミサとしては「不幸が私を襲い」(Malheur me bat)と「手に負えない運命」(Fortuna desperata)の2つが挙げられ、これはタリス・スコラーズが録音しているのだが、ミサの原曲の録音がないため聴き比べは叶わない(Gimell: CDGIM042)。
◯その他のミサ
・変わり種のミサとして、デ・プレはソジェット・カヴァート(soggetto cavato)によるミサを残している。ソジェット・カヴァートとは、言葉の発音をもじって音列を決める技法であり、その名前は近世の理論書による説明の冒頭(「題材を取るに当たり……」)を切り取った割と適当なものである。例えば、先ほど紹介したタリス・スコラーズの「舌もて語らしめよ」の録音には、「ラ・ソ・ファ・レ・ミ」という不思議な名前のミサも収録されているが、これは(おそらくパトロンからのお題として)「私にさせろ」(Lascia fare mi)というフレーズからラソ・ファレ・ミという旋律を作ってミサに仕立てたものである。同様のミサとして、彼のパトロンであったフェラーラ公エルコーレ1世(Hercules Dux Ferrarie)からレウレ・ウ・レファミレ(ウはドのこと)という旋律を作ったミサがあり、アンサンブル・デ・ラビリントの録音がある(Stradivarius: STR33862)。

【作品について:シャンソンとモテット】

◯シャンソン
・中近世におけるシャンソンは11世紀以降に出現するフランスの貴族歌人(南のトルバドゥールとそれに続く北のトレヴェール)の歌に由来し、特にトレヴェールがトルバドゥールの歌文化を引き継いで発展させたものを始まりとする。その実態は宮廷恋愛をフランス語(日常語)で歌ったモノフォニーの世俗歌曲であり、13世紀に人気のピークを迎える。トレヴェールの歌はやがてリフレインする定型にまとめられてポリフォニーに取り込まれていく。その先駆的な作曲家としては最後の世代のトレヴェールであるアダン・ド・ラ・アル(1240-1287)がおり、その代表的な作曲家としてはギヨーム・ド・マショー(1300-1377)がいる。後にデ・プレが登場すると、彼は定型を離れて自由な構成を取りつつ、異なる歌詞を歌っていた各パートを同じ歌詞で統一し、計算された模倣と対位法で楽曲を整えていった。また、彼のシャンソンの中には合唱よりも器楽による合奏を念頭に置いたものもある。彼のシャンソンとしては、オケゲムの死に寄せた「水のニンフ」(Nymphes des bois)や「千々の悲しみ」(Millet regretz)などが挙げられる。デ・プレによるポリフォニーのシャンソンをまとめた録音としてはアンサンブル・クレマン・ジャヌカンのものがある(Harmonia Mundi: HMA1951279)。
◯モテット
・当時の宗教曲ジャンルとしてのモテットは、グレゴリオ聖歌の旋律を柱にしたラテン語合唱曲である。有名なものとしては当時から大変人気だったらしい「アヴェ・マリア」(別の「アヴェ・マリア」もあるが、Ave Maria gratia plena, Dominus tecum, Virgo serena...と歌っている方)と「神よ、われを憐れみたまえ」(ミゼレーレ)の2曲が挙げられる。特に後者は、先ほど名前を挙げたパトロンのフェラーラ公が信奉していたサヴォナローラの投獄と処刑を受けたものではないかと推測されている。初めに紹介したルターの証言と並び、教会改革の時代を感じさせる話である。これらのモテットをまとめて収めた録音としては、デュファイ・アンサンブルのCDが挙げられる(Ars Musici: AM232918)。

【どこから聴き始めればいいのか】

・ここまで色々と音源を挙げてきたが、さすがにデ・プレに強い関心がなければ全部聴くわけにもいかないだろうから、ごく軽く触れておきたい人のために入門的な聴き方として、次の3つのステップを一つ提案しておく。
①モテット「アヴェ・マリア」(Ars Musici: AM232918)
・短くて聴き心地のよい曲であり、カノンのような始まりからしてデ・プレの得意とした「模倣」の技法がぱっとわかる一曲。
②シャンソン「千々の悲しみ」(Harmonia Mundi: HMA1951279)
・デ・プレの感情表現の豊かさも感じられ、器楽の響きにも触れられる短いシャンソンとしてはこれがイチオシ。
③2つのミサ「武装した人」(Gimell: CDGIM019)
・デ・プレの本丸。ルネサンス音楽の鑑賞体験としても良いと思う。演奏も素晴らしいのでぜひ聴いてほしい一枚。

……とだいたいこんな流れで聴けば、一時間ほどで「なるほど、ジョスカン・デ・プレという人はこんな感じの曲を残したのだなあ」という気分になれると思う。ここでデ・プレにハマりそうな人は他に紹介した音源を含め、色々と聴いてみて欲しい。
※カバー画像の情報
Michelangelo Merisi da Caravaggio.《Concerto di giovani》(c. 1595)

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