![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/148585153/rectangle_large_type_2_3aeab18e71fc685343f83a5593d386a6.jpg?width=1200)
あの日食べた焼きそばを、忘れない。
焼きそば。
それは、パパっと作れる家庭料理の代表格。
あるいは、お祭り屋台の人気者。
あるいは、ご当地B級グルメの立役者。
いずれにせよ、文字通りの「日常茶飯」であり、高級料理店にいき、高い代金を支払い食べるものではない。
そんな家庭料理のクオリティなどたかが知れている。
特に焼きそばなぞ、家で作る場合は大体スーパーで焼きそばキットを買ってきて、適当な野菜と麺を炒めて、付属のソースとあえれば、誰がつくっても同じ仕上がりになる。
焼きそばなぞ、所詮そのような料理だと思っていた。
あの日、あの焼きそばを食べるまでは。。。
時をさかのぼること数年。
当時私は神楽坂の料亭で板前見習いをしていた。
何をやってもポンコツ、口だけは達者という到底使い物にならないちんちくりんが、
毎日小さな店内を怒られながら右往左往していた。
小さな店だったので、従業員も少なかった。
1人欠ければ店のオペレーションに大打撃、という状況で、あるとき先輩がケガで数週間店を休むことになった。
なんとか残ったメンバーで回そうと試みたが、どうしても回らない状況のときもあったため、ヘルプとして派遣さんを数日雇うことになった。
派遣にきた彼は、歳は私より1~2歳下であったが、某ホテルで何年も経験を積んだ立派な料理人であった。
もちろん入ったばかりの店の勝手はわからないので、主に裏方で仕込みなどを担当してもらったが、よく料理長の話をきき、ときにいじられたりして現場の笑いをとりながら懸命に仕事をしている姿勢に、当時の私も仕事をするということについて考えさせられた。
ランチの営業も終わり、憂鬱なまかない作りの時間がやってきた。
まかない作りは当時わたしの担当であった。
まかないを作らせてもらえるだけでも非常にありがたい環境であると今では思えるが、当時仕事でいっぱいいっぱいの中、毎日献立を考え、店の営業を邪魔しないように、時計とにらめっこし、先輩に怒られながら戦々恐々とつくるまかないは、正直プレッシャーでしかなかった。
そんなとき料理長がいったのだ。
「〇〇君(派遣の彼)、今日まかない作ってよ」
いいんですか。
いいんですかといったのは派遣の彼ではない。私の心の声だ。
まかない作りという大役を派遣の彼にとられるなんて、悔しい!という気持ちが本来沸き上がって然るべきだが、もうその当時は心身共に疲弊しており、
「〇〇君、お願いします、。!」
と藁にでもすがる気持ちのポンコツ見習いこと私であった。
彼はちょっとびっくりしながらも、わかりましたとまかないの準備を始めた。
そのとき彼が作り出したのが、焼きそばだったのである。
正直、拍子抜けしたのを覚えている。
や、焼きそば?
当時、まかないとはいえ、適当な料理をつくることは許されなかった。
禁止ではなかったが、調理の練習という観点で成果が見えにくいため、カレーすら頻繁に食卓にだすことは憚られた。
焼きそばはれっきとした料理ではあるが、「野菜と麺炒めてソースであえれば終わりやん。。」というのが私の考えであった。
そんな中彼は慣れた手つきで焼きそばを作り始めた。
これ見よがし感もなく、飄々と、淡々と焼きそばを作る彼の姿を、ランチの片づけをしながらチラチラ見ていた。
特別な材料は使っていない。あろうことか、マルちゃんの焼きそばセットを使っている!
ええんか!マルちゃん使ってええんか!
きっと私なら許されないだろう。
おぬし、ヘルプだから大目にみてもらってるんやぞ。
そんなツッコミを心の中でいれたりしていると、あっという間に焼きそばはできあがり、まかないの時間になった。
「いただきます。」
皆で手を合わせて食べ始めた。
一口すすって、瞳孔が開いた。
う、うまい。。
驚愕のうまさだった。
味はまぎれもなくマルちゃんである。
別にそれ以外になにか味を足したりしたわけではない。
それなのに、いつも食べてるマルちゃんではないのである。
まず、程よくシャキシャキ感を残し、油をまとった野菜。
火入れ加減が絶妙で、油がよくなじみ、コクも感じる。
そして、一切のびていない喉越しのよい麺。
焼きそばは炒めているうちに麺がのび、ぶよぶよになりがちである。
それがもはや焼きそばのスタンダードであると思っていた私は、
とんでもない誤解であったことに気づかされた。
こんなにうまいマルちゃん、生まれて初めて食べた。
マルちゃんって誰がつくっても同じじゃないのかよ。
紛れもなく、それは、プロがつくったマルちゃんだった。
プロは、美味しい味付けを知っているからプロなのではない。
高級食材を扱えるからプロなのではない。
プロは、食材を活かすからプロなのだ。
そのとき初めて体感し、学んだ瞬間であった。
派遣の彼とは数日しか一緒に働くことはできなかったが、
貴重な経験をさせてくれたことを今でも感謝している。
それ以来、私の中で焼きそばは原点回帰の食べ物である。
たかが焼きそば、されど焼きそば。
家庭料理であっても、作り手によってそれは活かされもするし、殺されもするのだ。
今でもマルちゃん焼きそばを買うとあの日の焼きそばを思い出す。
そして、彼に教わった(正確にいうと目で盗んだw)作り方を受け継いでいる。
彼の作った焼きそばには到底及ばないが、
たかが焼きそばを、おいしく作ろう、と精進している。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?