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首長記者会見の生中継の放送や配信に手話通訳が映るために何をしたらいい?

1.はじめに
2020年2月以降の新型コロナウイルス感染者の増加を受け、4月8日に安倍晋三首相が「緊急事態宣言」を発令したことについて記者会見が生中継で行われました。記者会見の生中継で、NHK及び民放各局のすべての番組に手話通訳がついていたことは記憶に新しいでしょう。このNote記事「記者会見の放送に見る手話通訳-今後も放送されるのか?-」でも触れています。

言語的マイノリティであるろう者が、どの局の番組を選択しても、私たちの生活や文化に深く関わってくるほどの非常に重大な情報に、言語的マジョリティである聴者と平等にアクセスすることができる、ということ。

これはとても重要なことです。なぜなら、平等な情報アクセスの実現は、それにとどまりません。マジョリティとマイノリティが、その情報を私たちの行動を判断する共通の根拠として共有し、それぞれの立場を超えて私たちが輔(たす)け合う地域コミュニティを作る可能性が生まれるからです。マイノリティもマジョリティを輔けることができるのです。「マイノリティは弱者だから…」といったステレオタイプは捨てて、このようなビジョンを共有できるようにしたい。

新型コロナウイルスの感染拡大への対応は、人種、性、言語また宗教などを超えた人類全体の課題です。だからこそ、官公庁や放送事業者は、平等な情報アクセスの先にあるビジョンを明確に強く持つ必要があり、様々な制約こそあれど、結果的に特定の人々の命だけを選別してしまうような情報発信を行わないように取り組む責務と役割を果たすことが求められるでしょう。

また、字幕だけつければそれで大丈夫ではないかと考えることも再考すべきです。手話を母語とするろう者の中には、自分たちのニーズや課題を踏まえて日本語の読み書きができるようになる教育を十分に受けることができないまま成人になった人々が多くいるのです。そのため日本語の読み書きに個人差があり、字幕放送においても次々と表示される字幕を細部まで把握できるのは大変ですし、かなりの労力を要します。日本語話者が映画の英語字幕を読んでみた時を想像してみてください。字幕全体の一部しかわからないですし、文字を追いかけるのも大変でしょう。これでは平等な情報アクセスになりません。一方で、音声言語と同様に自然に獲得される言語としての手話であれば、ろう者は安心して情報の細部まで把握できるわけです。

2.地方における首長記事会見の手話通訳放送の現状
さて、首相官邸での緊急事態宣言の会見が終わった後は、緊急事態宣言の対象となった自治体だけでなくその対象外となった各自治体も独自に緊急事態宣言を検討・発令し、首長記者会見を頻繁に行うようになりました。首長記者会見は、その地域で暮らす住民にとって重要な情報源となり、注目度も高まっています。

私の職場がある宮城県では、新型コロナウイルスをめぐる知事記者会見に知事と医師ら4名が出席し、手話通訳者は2名。話し手2名に手話通訳者が1名がつくという形にし、これらを1画面内におさまるように映してくれました。ここに自治体の誰一人取りこぼさない情報発信への責務、放送事業者の公正な報道姿勢が見てとれます。会見現場では、宮城県から各局のカメラマンに手話通訳者と一緒に映すようにという指示はなかったとのことです。おそらく各局が自主的に判断し、そのように映してくれたのかもしれません。以下の画像をタッチすると、YouTube動画が見られます。

他の首長記者会見では、手話通訳をワイプで映すなど様々な方法が取られています。例えば、自治体の映像配信では、埼玉県本庄市の「新型コロナウイルス感染拡大を防ぐための政府による緊急事態宣言を受けた市長メッセージ」があります。手話通訳が見やすいように画面の6分の1ほどを使ってワイプを出していることがわかるでしょう。

これを機会に「手話」を、辞書、例えば、広辞苑で調べてみください。このように述べられています。これを書いたのは、ろう者であり、当時「日本手話学会」の会長をされていた森壮也さんです。

聾者によって用いられる、手の形・動き・位置などによって意味を伝える言語。非手指動作と呼ばれる顔の表情やあごの動きなどが文法的機能を持つ。

眉、視線、口形、あごなどの顔の動きは、肯定文、否定文、疑問文、話題化構文、強調構文などの文法情報を示しています。こうした顔の動きも視認しやすいようにある程度の大きさのワイプが必要になるのです。残念ながら、メディア関係者で手話についてこのような知識を持っているのは、おそらく福祉関連の番組制作に関わっている方々だけではないでしょうか。ですから首長記者会見のように福祉とは無関係である番組を制作する編集グループやカメラマンは、手話に関する基本知識を身につければ、記者会見での手話通訳をどのように映せばよいのかを考えやすくなるでしょう。もうひとつ重要なこととして、ろう者も自分の使っている手話が言語であること、なぜ言語なのかということを学び、語れることが必要です。そうした機会が実はなかなかないのです。

一方で、他の自治体の首長記者会見では、まだ手話通訳がついていないため、言語的マイノリティであるろう者は、情報から取り残され、地域での新型コロナウイルス対応の取り組みに、一住民として参加することを妨げられています。また、情報の不足・欠如のために、新型コロナウイルスに感染される可能性も高まってしまいます。これでは「人的災害」になってしまいます。ですから一刻も早く手話通訳も一緒に映した映像を放送・配信しなければならないのです。地域差、情報格差を解消しなければなりません。

自治体の首長記者会見の生中継の放送やその後の映像配信に手話通訳も一緒に映るようにしてほしい。そのためにはろう者を中心に要望を出すことになります。もちろんこれまで様々な方法でろう者やろう者団体から要望を出してきました。しかし今回の新型コロナウイルス関連で自治体や放送事業者も対応に終われ、特に放送事業者においては、人員や予算などの確保が難しくなり、番組作りが破綻してしまった事例まで出ています。そうした事情を踏まえて、自治体や放送事業者が首長記者会見の放送で手話通訳も一緒に映すことを始めるためには、住民であり、視聴者でもあるろう者からどのような働きかけをしたら良いか考える必要がありそうです。

3.住民として、また視聴者として「どのように」要望を出すか
これまでの記者会見の手話通訳放送をめぐる動向を観察したり私のNote記事を見てくださったメディア関係者の方とやりとりしたところ、自治体や放送事業者が手話通訳の放送に関心を持ち、対応していくまでの働きかけには、4つほど考えられるようです。 (1)Twitterでツイートする、(2)自治体と地域の放送事業者に要望を出す、(3)政党や議員が自治体に働きかける、(4)放送局で手話に詳しいスタッフが局内の番組制作の過程で要所要所働きかける。そのうち(3)と(4)は、視聴者の立場からの働きかけではないため省き、(1)と(2)について説明します。

図1 住民および視聴者の声で手話通訳放送を実現させていく

(1)Twitterでハッシュタグを使って発信する
Twitterで、ハッシュタグ(♯)を「手話通訳」「○○県」「記者会見」などのキーワードにつけて、視聴者としてのろう者の反応や要望を公開することです。「手話通訳がついていないから何が起こっているのかわからない」「手話が見れたら自分も情報が分かって安心する」などとツイートする。また、聴者も「手話通訳もつけた方がいいのに」と手話通訳放送を支持するツイートをしてくだされば大変心強いです。
放送事業者にとっては「視聴率」、つまり視聴する人々は関心あるいは好意を持って見ているのかという反応を気にします。Twitterのタイムラインは、その反応を見るための情報源になっているようです。今のところ、タイムラインで、マジョリティである聴者が、手話通訳の放送によって「画」がつぶれて「邪魔だ」「見づらい」とツイートする様子はあまり見られません。これは大変素晴らしいことです。手話の社会的認知だけでなく放送・メディアにおいても肯定的に認知されるようになったのでしょう。放送事業者にとっては、手話通訳の放送を躊躇する、大きな不安要素がなくなったことを意味します。そうすれば各局の経営陣は、これらの声が後押しになって、ユニバーサル放送の観点から「手話通訳も一緒に映して」と編集グループやカメラマンの方々に指示することが出てくると考えられます。
このように手話通訳も放送してほしいとハッシュタグ(♯)を活用してツイートしていくという作戦ですね。地域の放送事業者の目につくようにできるだけ多くの皆さんがツイートするとか、各局の名称にハッシュタグをつけるとか。もちろん「非難」ではなく「困りごと」や「要望」を伝えた方が、放送事業者側の受け止める印象も違います。
ただし、Twitterは140文字までなので、要望の趣旨やその理由を伝えるには限界があります。そこで(2)です。

(2)自治体や放送事業者が動けるような要望の出し方を工夫する
要望を出す方法は2つあります。1つは、自治体や放送局の問い合わせ・相談・意見を受け付ける窓口に個人が要望を出す方法です。自治体や放送事業者には住民からの意見、相談や問い合わせを受け付ける窓口があり、公式ホームページにもメールで受け付ける窓口が設置されています。もう1つは、地域の当事者団体が要望書を作成し、自治体や放送局の担当者に出す方法です。
ここで問題になるのは、どのような内容の要望を出すのか、です。単に、手話通訳をつけてください、だけでは、要望を受ける側は、なぜ手話通訳が必要なのかがわからないでしょう。これについて放送事業者の内部事情をうかがってどのような理由や説明を添えたらよいのか、見えてきたことを述べます。

なぜ手話通訳者が必要なのか?

理由1 
障害者権利条約や障害者基本法を根拠に「差別」ではないかと指摘し、改善を求める。しかしそう言われても具体的にどのようなことで「困っている」のかが想像することはできません。そこで理由2です。
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理由2**
手話通訳がないことで起こりうる「困りごと(理由)」を具体的に伝える。「具体的に」とは、自治体や放送事業者が、マイノリティであるろう者に起こっている「困りごと」を自分事として考えないといけないと思ってもらえるようにすることです。その例として、図2を見てください。

図2 要望の趣旨やその理由

このように趣旨と理由を伝える方法が考えられるでしょう。要望を出す側も、手話はどのように表現されるものなのか、情報がなかったら自分たちはどのような問題に直面するのか、を言語化できることが大事になるでしょう。相手に手話とは何かをわかっていただくことは、ある意味「啓発」にもなります。さて、これで自治体や放送事業者は「なぜ」必要なのかわかったとしましょう。これから実際にやってみることを考える。でも「どのように」したらよいのか。自治体も放送事業者も初めての経験ですからわかりません。しかも新型コロナウイルス対応に追われて心身ともに疲れているかもしれません。そこで理由3です。

理由3
すでに手話通訳も一緒に映した首長記者会見が動画で配信されているので、この映し方は見やすいから参考にしてください、これは見えにくいのでやめてほしい、とろう者が求める具体的なイメージを前例として出すことです。冒頭で紹介した宮城県と埼玉県本庄市も前例の1つになります。
また、人員や予算の確保の問題もあるでしょう。その場合は、2台のカメラを使ってワイプで出す方法ではなく、1台のカメラで引き画面で一緒に映るように収録する方法も1つの選択肢として考えてください、と進言してみてもいいでしょう。手話通訳をワイプで出すにしても、手話の顔の動きが視認できるほどの大きさで出してもらう必要があります。
さらに、現場の様々な制約でどうしていいかわからない場合は、地域の手話通訳派遣センターと相談してくださいと助言する方法もあるでしょう。手話通訳派遣センターは、様々な現場の特性やニーズに応じて、手話通訳しやすい/できる環境を整備するノウハウを持っていますから。

4.手話通訳放送の実現が「一過的」なもので終わらせないために
ここで、よく考えておかねばならないのは、手話通訳も一緒に映す取り組みが「一過的」なもので終わってはいけないことです。新型コロナウイルスが終息した後も首長記者会見は続きます。だからこそ「継続的」なものとして定着してもらわなければいけない。
そのためには、理由2で示した図の要望内容にあるように「手話通訳を話し手と一緒に映してほしい」という表現ではなく、「手話通訳を話し手と一緒に映すルールを作ってほしい」とより踏み込んだ表現をすることで、後々に残るような方法を模索する必要があるのではないでしょうか。そうすることで、図1のように自治体や放送事業者が対応やルールを決め、両者が連携して手話通訳も一緒に映る映像を放送したり配信したりできるようになってもらえればと思います。

5.地方の声を地方の「総意」としてあげていく
このように、私たちは、ろう者を中心に、住民として、また視聴者として、(1)Twitterの活用、(2)要望を出す、の2つの方法で、自分たちの暮らす地域の自治体、NHK放送局、民放各局に働きかけてみる方法が考えられます。これまで全国組織としてのろう者団体は、総務省、NHK本社や民放連に要望書を出していました。おそらくそうすることでそれぞれ各地域の自治体や放送事業者に指示してもらうといったトップダウン方式を想定していたのだと思います。
しかし、メディア関係者の話では、むしろ放送・メディアの世界にいた身として、地方各局、さらに地方全局宛に、首長記者会見の手話通訳放送について要望を出した方が、ボトムアップ方式で地方の声としてあげると効果的かもしれない、とのことでした。地方の声とは、地方の住民の「総意」であるともいえます。そうすると、ボトムアップ方式での流れを作るために、全国各地のろう者や地方のろう者団体が自分の地域でどんどん働きかけていくことを積極的に進めたらいいでしょう。
そうして図3のように総務省、NHK本社、各民放本社が地方の声を集約し、全国統一の「基準」を策定をした上で未実施の地域に指示したり普及を図ったりする流れができたらいいのではないでしょうか。

図3 ボトムアップ方式の流れ

6.終わりに
メディア関係者の話によれば、住民であり、視聴者でもあるろう者や手話通訳のことを理解していない場合、「NHKで手話ニュースがあるから不要ではないか」、「1つの地方局でろう者に対して新しいことをやっても継続できなければ意味がない」「予算がない」といった声が出されているとのことです。これらは明らかに思慮不足であり、思考停止ではないでしょうか。
今回の問題は、お互いの「対話」の不足・欠如に起因しているのかもしれません。もし、当事者が、法的根拠に基づいて権利を主張すれば実現すると考えても、自治体や事業者はそれはわかるがどのようにしたらよいかわからない、と考えているのかもしれません。「対話」していないから噛み合わないのですね。お互いに「困っていること」をわかちあい、そのなかで現実的に打開できそうなアイデアや工夫を「対話」で模索する姿勢がこれから求められるでしょう。
「メディアの情報が平等に伝わる社会に変えたい」と前述のメディア関係者は決意を込めて話してくださいました。そのように心を同じくする者同士が集まって地方から変えていく流れが各地で生まれるようにしなければと思います。もちろん決して平たんな道ではないですが。

まずは、自分自身にできることから始めてみましょう。