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記者会見の放送に見る手話通訳-今後も放送されるのか?-

この記事は、新型コロナウィルス関係の記者会見での手話通訳の扱いをめぐって自分なりに感じたことをまとめてみたものです。

2020年4月7日に緊急事態宣言が発令され、安倍首相が会見をひらきました。その様子がNHKや民放全局で手話通訳(ワイプ四角型)と字幕とともに放送されました。各局でどのように放送されていたのかについて、聴覚障害当事者の立場でユニバーサルデザインコンサルタントとして取り組んでいる松森果林さんのブログ「松森果林UD劇場~聞こえない世界に移住して」で、で以下の画像のように各局の放送画面をわかりやすく整理してくださいました( https://karinmatsumori.hatenablog.com/entry/2020/04/07/201920  )。手話通訳と字幕の表示方法が局によって異なることがよくわかるのではないでしょうか。

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今回の新型コロナウィルスをめぐる記者会見の現状について、松森さんは、3月29日にブログに別の記事( https://karinmatsumori.hatenablog.com/entry/2020/03/29/122441 )を投稿し、以下のように指摘しています。そして、現状を改善するために「批判や不満ではなく、現状と提案を言葉で」伝えることの重要さを述べていました。

他国の新型コロナウィルスに関する報道を見ると、話者の隣に手話通訳者が立ち、一つの画面におさまって放送されているシーンを多く見かけます。
一方で日本は、今回の東京都知事の会見で手話通訳はなかったものの、総理大臣や、官房長官の会見などには手話通訳があります。しかし立ち位置が離れていることと、常に顔のアップを映すため、手話通訳者は映りません。NHKは手話通訳者を別に撮影し、ワイプを使って画面に埋め込んで放送をしますが、民放では東日本大震災以降、見かけることが少なくなりました。

また、聴覚障害領域における情報格差の解消に取り組む特定非営利活動法人インフォメーションギャップバスター(IGB)が政府や各都道府県の記者会見で手話通訳および字幕を付け、それを放映するように求める要望書を政府関係者に提出しました( https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200408-00010000-alterna-soci&p=1&fbclid=IwAR0VL1kgSOVtG4iikt6YZoKQSrprh6hmyrKujXsIrR_kenFA8XTnSdL828Y )。

こうして個々のろう者、そしてろう当事者団体が、政府、自治体、放送事業者などの関係者に要望を出したのです。おかげで今回の緊急事態宣言の生中継で手話通訳もきちんと放送され、ろう者は手話で情報にアクセスでき、新型コロナウイルス感染の状況の深刻さや、今後どのような事柄に留意する必要があるのかを把握できました。その場にいた手話通訳者の方々が、非常に重大な発表をする会見の場で通訳することに集中し、音声情報の細部までしっかり捉え、日本手話の文法等を駆使して訳出表現してくださったことも大きいです。日々努力されている手話通訳者、その様子をしっかりと放送してくださった番組制作者など関係者に感謝の思いを伝えたいと思います。

このように行政の立場による記者会見の場に手話通訳がつき、その様子が放送されたことは、2011年3月11日の東日本大震災が発生したことに遡ります。内閣府における震災への対応について首相官邸で記者会見が行われましたが、そこに手話通訳が初めてつき、その様子が放送されたのです。歴史的な出来事でした。記者会見では、私たちの人権、生活や文化などに深く関わる内容が発表されています。そこに手話通訳がつくことは、記者会見を視聴する人々のなかに手話を使う言語的マイノリティとしてのろう者もいるのだ、ということを日本社会全体に伝えることになります。日本社会のマジョリティの認識を変える上で社会的に意味のあることです。

ところが、それ以降も、各省庁、知事などの記者会見に手話通訳者がつかなかったり、手話通訳者がついたとしても手話通訳も見れるように引き画面にしたり会見会場をレイアウトしたりするように取り組むことがなかったりしていました。ニュース番組でその記者会見の映像を利用する時も、その時の手話通訳の映像素材が使われていなかったり、その番組に手話通訳をつけなかったりしています。

こうした流れのなか、今回の緊急事態宣言生中継では、NHKや民放全局が手話通訳も見れるように一斉に放送しました。SNSでは、ろう者が中心になってNHKや各局の問い合わせ窓口が手話通訳を放送してほしいという要望を出したから実現できたのではないか、というコメントが多数見られます。

ろう者は、手話を母語とする言語的マイノリティです。しかし記者会見で使われる言語は、音声日本語であり、言語的マジョリティの聴者が用いるものなのですが、記者会見の内容にはろう者のように日本で暮らすマイノリティも自分たちが生きていくために重要な情報があるわけです。ですから、ろう者は、自ら知る権利を持つ主体であることを認識し、番組制作者や放送事業者に手話で情報にアクセスしたい、手話通訳をつけてほしい、という要望を出さなければならなくなる。そうして言語的マジョリティである聴者に、マイノリティであるろう者の存在とニーズを認識してもらうしかないのです。わざわざ要望を出さなくても情報を得られる言語的マジョリティは、そこまでしないでしょう。とりわけ今回のように、新型コロナウイルス感染への対応に関する情報が、自分たちの「生命」や「生活」に関わるほどの内容となれば、なおさら一層要望を出さないと、新型コロナウイルスの脅威を先に受けてしまいます。

そこで、ろう者コミュニティに手話放送に関する要望をしましょうと呼びかけた方がいます。ろう者であり、NHK手話ニュースキャスターを務めている木村晴美さんです。4月4日にFacebookのタイムラインで「手話通訳者が入るようカメラサイズを引くこと、または別のカメラで手話通訳者も撮ってワイプ等で一緒に放送することを中継以外のニュース番組の編集にも強く求めます。」と番組制作者もイメージできるように具体的な改善案を示した上で、NHKの窓口に「例えば、・記者会見に手話通訳者がいるのに放送されていない。一緒に放送して欲しい。・ろう者にとっては音声だけの記者会見をみてもわからないので、手話通訳者と一緒に放送してほしい。みたいにメールで送ってほしいです。」と具体的な要望内容を提案しました。セルフ・アドヴォカシーの視点で具体的にどのように意思表明したらよいのかをガイダンスしたことで、ろう者一人ひとりが行動を起こしやすくなったと思います。

なお、木村さんのホームページで、新型コロナウイルス感染への対応に関する放送やYoutube配信(手話通訳付き)の情報を収集・発信しているので、記者会見等の放送で手話通訳をどのようにつけているのかそのヴァリエーションを見ることができます。記者会見主催者や番組制作者などはどういうヴァリエーションで収録・制作したらよいのか参考になるでしょう。

木村晴美(Harumi KIMURA)のホームページ
新型コロナウィルス感染症(COVID-19)に関する国内の情報
https://www.kimura-harumi.com/covid-19/?fbclid=IwAR3AbguzB3kf3HmVwZ4RzQ52mSYDrJQh0rpCbEftyp7OZFWI8ZEHiBKs1Zk

さて、今回の緊急事態宣言生中継でNHKや民放各局が手話通訳も放送してくださったわけですが、1つ危惧していることがあります。それは、これからもこうした記者会見に手話通訳はつくのだろうか、また手話通訳も含めた映像を放送してくださるのだろうか、という危惧です。

東日本大震災が起きた後、首相官邸の定例記者会見に手話通訳がついている様子をNHKが放送するようになり、その様子が次第に「当たり前」のような風景になってきました。この背景に、おそらくこのように収録することを継続できる体制が整ったからではないかと思います。おそらく次のような収録体制を組んでいると思います。2台のカメラを用意し、1台のカメラは官房長官等が話す映像を、もう1台は同じステージ立っている手話通訳者の映像を収録する。生中継をしている間に、手話通訳のコーナーワイプを埋め込む画面レイアウトや調整も同時進行で行う。そのための人員、機材や必要経費を確保する。NHKでも番組制作経費などが削減されていると思うのですが、それでもなおこうした収録体制を維持できるように工夫しているのでしょう。

一方で、今回の緊急事態宣言生中継は、定例記者会見ではなく、緊急にひらいたものです。日本国民全員が注目するほど歴史的で非常に重要な記者会見です。NHKや民放各局は一人でも多くの人々に見てもらいたいと考え、通常とは異なる、特別な収録体制を組めるようにあらゆる人員、機材などを注入できる条件が揃っていたかもしれません。ろう者や関係者などからの強い要望もあって、今回のような放送が実現できたのではないかと思います。

これからも、新型コロナウイルス感染への対応について、首相、各省庁、各都道府県知事の記者会見が幾度も行われるでしょう。少なくとも新型コロナウイルスの終息が見られるまでは。また、国内ではさらに感染が拡大する可能性は否定できません。そう考えると、各地で行われる記者会見、特に地方局が担当する記者会見では、手話通訳を常につけることができるのか、だけでなく、手話通訳も放送する収録体制を組むだけでなく継続もできるのか、といった課題が起こるはずです。その度にろう者は何度も粘り強く要望を出さなければならない。そう要望し続けるモチベーションを維持できるでしょうか。もちろん要望は出さなければなりませんが…。これに加えて、番組制作者側にとっても非常に大変な状況に直面しているようです。

これは、株式会社ニューメディア出版局長の吉井勇さんのメールマガジン(4月7日(火) 7:29配信)で知った情報です。

テレビ放送の番組づくりも一段と新型コロナの影響で厳しくなってきています。プロデューサーの方が、こんな話をされています。多分、どの局も同じ状況ではないかと思います。「こんな時に踏ん張らなければならないのですが、担当している番組の制作が次々と破綻し、皆右往左往という状況です」

番組を制作・放送する側にとっても、新型コロナウイルスの影響で通常の業務を行うことが難しくなっているのです。そうしたなかで、今回の課題である記者会見の手話放送について、いかに手話通訳も放送する収録体制を地方局でも新たに組み、かつ継続できるのか、大変心配になってきます。

また、同メールマガジンでは、日本テレビが4月6日に以下の発表をしたことも報告しています。

日本テレビは新型コロナウイルス感染拡大防止に向けた重大局面が継続する中、以下の、現時点で安全確保が難しいと判断される番組の制作について本日から2週間の休止期間を設けることといたしました。
 1) バラエティ番組のスタジオ収録
 2) 報道・スポーツ・情報番組以外(情報・制作局バラエティ部門)の番組のロケ
 3) ドラマのスタジオ収録・ロケ
 これらの措置は、新型コロナウイルスの感染が拡大する中、出演者や社員・スタッフ、番組制作の全ての関係者の感染予防を最優先に考え、安全を確保したうえで通常通りの番組制作スケジュールを消化することは難しいという判断からです。皆様のご理解を賜りたいと存じます。
 そして、日本テレビは現下の新型コロナウイルスの脅威に対して、今後の番組編成のあり方を盛り込んだ「番組編成指針」を策定しました。「未知」であり「見えない」ウイルスの脅威に対して、日本テレビはメディア事業者としての役割は「迅速・正確で信頼できる報道・情報番組」を放送すると同時に、出来る限りの感染対策を講じながら「生活者に希望と活力を届ける健全な娯楽番組」を皆さまにお届けする事だと確信しています。
番組編成指針
 ①「真実を伝え、生活者から信頼される報道・情報番組」の編成
   公平・公正さを保ち、迅速・正確な情報を発信します。
(以下略)

この番組編成指針の①を踏まえると、手話通訳をつけ、放送事故もなく、確実に放送できる報道・情報番組こそ、生活者の一人であり、日本語とは異なる言語を用いるマイノリティでもあるろう者にも信頼される番組となれるのではないでしょうか。こうして事業者としての目的や理念が明確に示されたため、もし、放送においてろう者が情報にアクセスできないという社会的障壁が生じた場合は、その目的や理念を否定するものとなり、必要な手立てを講じなければならないわけです。そうだとしても果たして現実的に、手話通訳をつけて放送できるほどの技術や環境整備は整っているのしょうか。新型コロナウイルス感染拡大という状況下でもできるものなのでしょうか。

これに関して、2017年12月に取りまとめた「視聴覚障害者等向け放送に関する研究会報告書」( https://www.soumu.go.jp/main_content/000524530.pdf )という資料があります。総務省で放送事業者、行政、障害者団体、テレビ受像機メーカー等の関係者を集めて今後の放送のありかたについて議論したものです。同報告書の「(6)行政指針改定の方向性」に、次のような文が記載されています。

研究会では、障害者権利条約や障害者基本法の中で手話は言語であると規定されており、放送分野における情報アクセシビリティを確保する観点から、手話放送についても目標を設定してほしいという意見が出された。手話放送は、前述のとおり、利用者側で手話通訳の画面をオン・オフできないなどの制約があるほか、専門性を有する手話通訳の少なさ、人材育成制度の欠如等の課題がある。さらに、話し手の隣に手話通訳がいる記者会見等の場合、NHKからは、生放送では双方を映して手話放送として流すことが可能であるが、一部の発言を切り取って編集したものを再放送する場合には、発言と手話のタイミングを合わせることが難しいといった技術的な課題も存在するとの説明があった。

これは、障害を理由とする差別を禁止し、障害者の人権を保障する法令がすでに整備されているにもかかわらず、例えば、ニュース・報道の分野に対応できる専門的な手話通訳者を確保したり育成したりする仕組みがまだ整っていないので、手話放送を実現するためにまずは多くの課題をクリアしなければならない、ということです。

一方で、記者会見の生中継のように、「生放送であれば、双方を映して手話放送として流すことは可能である」といっています。「可能である」という表現は、そうした収録体制が整っていれば、という前提条件があるのでしょう。しかし緊急事態宣言生中継のように特別な収録体制で臨んだことを、今後も常に継続できるかというと、多少厳しいように感じます。

ですから、新型コロナウイルス感染への対応だけでなく、今後も継続して記者会見の生中継で手話通訳も見れるようにするためには、もっと多くの人々を巻き込んだ形で以下のように取り組んでいただく必要がありそうです。また、要望する当事者としても、各方面へ、それぞれの立場や役割を踏まえて具体的に考えられそうな改善案を提案・要望することで、当事者と行政・自治体・事業者との対話が促進されればと思います。

1.記者会見主催者への要望。内閣府、各省庁および各都道府県知事等の記者会見における手話通訳の派遣や配置は、記者会見の主催者が行うと思われる。そのため、主催者側は、手話通訳派遣事業者側と事前に相談・協議し、番組制作者に手話通訳の映像も収録するように要請し、手話通訳者も確実に収録されるように記者会見会場のレイアウト(手話通訳者の立ち位置など)を決めておくようにしてもらうこと(例えば、手話通訳者は会見する者と重ならないように後ろに立つなど)。
2.民放連への要望。番組制作者側は、ニュース番組での再放送を優先して手話通訳の映像を収録しないことは生活者でもある視聴者の選別につながることをきちんと認識し、手話通訳も含めて収録するようにしてもらうこと(例えば、1台のカメラなら引き画面で会見と手話通訳の両方を収録する)。
3.総務省をはじめとする関係省庁への要望。障害者権利条約や障害者基本法に基づいて、1と2が全国共通の基準となるように通知するようにしてもらうこと(自主的に遵守することを推奨する「ガイドライン」ではなく義務的ルールとしての「基準」として)。

そうして、記者会見の生中継における手話放送の取り組みが全国に広がり、「標準化」していったらよいのではないでしょうか。ちなみに、記者会見で手話通訳者の健康と安全を確保するために遠隔で通訳を行い、2画面モードで記者会見と放送する方法も考えられますが、そのためには両者間での通信インフラを安定的に整備するとともに、手話通訳者が通訳に安心して集中できるように現地とのコーディネート体制も確立させる必要があるでしょう。

もちろん記者会見の生中継の手話放送だけでなく、ニュース番組等での手話放送の実現も求める必要があります。2018年2月に「放送分野における情報アクセシビリティに関する指針( https://www.soumu.go.jp/main_content/000642556.pdf ) 」が策定され、手話放送に関しては、「NHK・民放広域局における手話放送の数値目標を新設・ 数値目標なし→週平均15分以上」と、これまでは努力する、努力するだけに終始していたものから、初めて具体的な目標を提示しました。しかし、収録・制作の現場では、そうした目標やその必要性についてきちんと認識されていないように思います。今後、各地で記者会見の生中継での手話放送が拡がっていくことで、ニュース番組等でも手話放送をどのように実現させていったらよいのか、ろう者も交えて議論する機運なり土壌なりそういうものを生み出す契機になれたらと思います。

誰もが情報にアクセスでき、その情報をわかちあうことによって誰とでもつながることができる共生社会の実現を願って。