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合気道の開祖は大川隆法の大先輩!?:日本の神がかり系宗教の系譜と合気道との関係について

つい最近、「幸福の科学」の代表だった大川隆法氏が亡くなったというニュースがあった。

大川隆法といえば「イタコ芸」などと呼ばれた降霊術をやってうまいこと商売をしていたイメージがある。

世間の話題を集めるあらゆる人間の守護霊をその身に降ろして爆速で書籍を出版するという誰にもマネできない神業はもはや伝統芸能の趣さえあった。

わりと自分にとってはネタ的な存在だったが、調べてみると意外にも合気道の歴史にもちょっぴり関係があったので記事にしてみる。

神がかりの系譜

あまり知られてないが日本には政府から大弾圧された宗教団体がある。

合気道の開祖である植芝盛平も参加していた大本教だ。

教祖の出口直でぐちなおは文字も知らない貧困女性だったのだが、ある日いきなりすげぇ神に憑依されてお筆先と呼ばれるひらがな・・・・の予言を書き始めたことからはじまる。

そこに出口王仁三郎でぐちおにさぶろうというマジで謎の男が合流した結果、大本教は超巨大宗教団体になっていく。

その中には後に宗教団体の教祖になる人物も多数参加していて「生長せいちょうの家」の教祖になる谷口雅春たにぐちまさはるもそのひとりだった。

「幸福の科学」の大川隆法の父親である善川三郎はこの谷口雅春の弟子にあたるらしい。

誰でもできる降霊術の確立

大本教が全盛期だった頃はまだまだ「神」を降ろす時代、つまり神が信じられている時代だったと言えよう。

出口王仁三郎は「鎮魂帰神法」という本田親徳ほんだちかあつという霊学者が開発した霊を人に降ろすメソッドを使って予言者をたくさんつくった。

しかし、そうなると今度は誰も彼もが「わたしはホニャララの神!」とか言って収集がつかなくなるし、神同士の予言も矛盾する。

そんなんだと神同士がケンカするギリシャ神話みたいになってしまう。

『審神者(さにわ)』で審査する

そこで「コイツは神っていってるけどホントか?」というのを審査する神審さにわが必要になる。

要は降ろす人のレベルが低いと降ろせる神様も低級になるし、なんなら狐の霊とかが出てきてデタラメを言うこともあるということで矛盾を解消したわけだ。

大本教はこのあたりでうっかり側近の一人が世界が終わる具体的な期日を予言してしまったがために後に引けなくなってしまった感がある。

結果的に政府による大弾圧によって大本教は勢いを失い、その後は「鎮魂帰神法」は禁止されていったらしい。

ちなみに幸福の科学で審神ができるのは大川隆法ただ一人だったので、彼と意見が合わなくなったり反目した人間の守護霊はめちゃくちゃショボいものへと変えられていったという。

資格を持っている人よりも、資格を与える側に回ったほうが好き放題できるというひとつの良い例なのかも。

降霊2.0

大川隆法の父親におそらく「鎮魂帰魂法」を教えたのは谷口雅春で、彼は大本教から「日本心霊学会」へと移り、やがて神のお告げを聞いて「生長の家」をつくる。

こうして日本伝統の降霊術は受け継がれていったのだ。

大川隆法がその中でも革新的だったのは偉大な神とかではなく「木村拓哉の守護霊」とかいう俗っぽいところを攻めたところなのかも知れない。

守護霊ならたぶん訴えられないしね。

合気道と鎮魂帰神法

合気道を創始することになる植芝盛平は大本教において出口王仁三郎直属とも言える立場で武道を教えており、影響を思いっきり受けている。

弟子であり身心統一合気道を立ち上げた藤平光一によれば彼がハワイで浴びるほど酒を飲んだ翌日に合気道の演武をやろうとしたのを開祖は「酒を飲んでるから神様が入れない!」と止めようとしたらしい。

酒を飲むと良い霊を降ろせないというのは、奇しくも大川隆法の息子によって呼び出された大川隆法の霊言と一致する。(笑)

あと鎮魂帰神法というのはあんまりやっちゃいけない禁忌とされる手法らしいのだけれど、このネット社会では隠し切れずにフツーになんか怪しいサイトでざっくりした内容が公開されていた。

これによれば帰神法には「ヒト、フタ、ミー、ヨ、イツ、ムユ、ナナ、ココノ、タリ、モモ、ヨロズ」という神文を唱えるパートがあるらしいのだけれどこれは合気道の準備運動にある「振り魂」で本来は唱えることになっていた言葉と同じだったりする。

3:00~
これは振り魂ですね。おへその前で振ります。魂を振ると書きます。ヒト、フタ、ミー、ヨ、イツ、ムー、ナナ、ココノ、タリ、ヒト、フタ、ミー、ヨ、イツ、ムー、ナナ、ココノ、タリ、これを三回心の中で唱えて最後にモモチ、ヨロズで納めます。

Shohei Juku Aikido - Suganuma sensei (Part 1)

日本の武道武術はそもそも神道や禅の影響を受けており、中でも大本教の内部で稽古をしていた合気道には神道系の宗教と密接に関係した要素が色濃くあったようだ。

合気道開祖は合気道とは「神人合一」「大宇宙と一つになる」「宗教を完成させる」と言っており、物理的な方面での神がかりを武によって目指したとも言える。

そんなわけで植芝盛平は遡れば大川隆法とも源流を同じくしている大本教によって生み出された人間であり、大川隆法の大先輩なのだ。

オマケ:合気道で審神せよ

ちなみに宗教の「神を降霊させる」とか「~の生まれ変わり」などというのは言ったもん勝ちなところがある。

いくら審神できる人間がいるといったって、それもその人の匙加減さじかげんひとつでどうとでもなるだろう。

ならばこそ、合気道を使えばよいんじゃないだろうか?

神が入っているなら他人だってキッチリ物理的に倒せるはずなのだ。

神が物理法則を理解していないわけないし。

そういう意味でも合気道は宗教の補完材料になるんじゃね?

結論:結局は合気道をすればよい

まぁ宗教とかめんどくさそうだし、とりあえず合気道をしよう。

こまけぇこたぁいいんだ。

おれが言いたいことはただひとつ。

合気道しようぜ。

以上、お後が大変よろしいようで。


マツリの合気道はワシが育てたって言いたくない?