見出し画像

剣術の極意「無形の位」を自然にやってる人がいる件:合気道で考える上手なコミュニケーション

最近、たんなる道楽で一刀流の秘伝を記したとされる書『一刀斎先生剣法書』というのを読んだ。

その中に『無形の位』といういわゆる構えないで相手の攻めに合わせて水のように形を変えることが大事!みたいなことが書いてあって、

これって秘伝っていうけど実は現代社会でも見かけるスキルだなぁと思ったので説明してみる。

なぜ構えるのか?

剣法書をテキトーに解釈すると、構えには剣の構え方として「身構え」があるのと同時に「心構え」みたいなものもあるという。

だから、きっちり身構えてても心構えがなってなきゃそっちを攻めれるし、心構えがしっかりしてたって身構えがなってなきゃそっちを攻めれる。
どっちもちゃんとやっといて、相手の構えに合わせて変化するのが大事だから構えなんてないよってな話だ。

人が構えを取ってしまうのは、状況によっては有利になる構えがあるからで、低い次元のやりとりであれば有利な構えで対処すれば十分なのだろう。

画像1

(木多康昭『喧嘩商売』より)

Tips
木多先生の『喧嘩商売』と続編『喧嘩稼業』は面白いけど筆がクソ遅い、おれはもう諦めた。

世間にある構え

コミュニケーションが合気道に見えてしまうので、人のやりとりに「構え」が見えたりする。
わかりやすい例で言えば「占い師の構え」とか「講師の構え」とか。
それっぽく振る舞うことで、こうした構えはその構えに合った人間を引き寄せる効果を発揮する

画像2

こうした構えは反対に懐疑的に思っている人間には通用しにくい。
例えば占い師にウソをついたり、講師の授業をちゃんと聞いてくれなかったりとか、そういうヤツには「こうかはいまいちだ……」

しかしながら、身構えだけでなく心構えの方も完成されてくると、付け焼刃の懐疑派では太刀打ちできなくなる。
ちゃんと言葉以外の情報を読み取るコールドリーディングをしてきたり、目が離せない授業を展開したり、これぞプロという匠の技で翻弄されてしまう。
要するに「構え」というのはそういうモンなのだ。

レスリングの吉田沙保里のタックルが防げないから、みんなタックル対策をするけど、吉田沙保里はそれを全員タックルでなぎ倒していった。
みたいなのがプロの構えだ。

よく見かける無構えとは?

そんな構えの中でも剣術では極意とされるのが無構えなわけだけど、実は極意であるが故にできる人ほどそれを意識していない。
なぜなら自然とそうなっているからだ。

例えば5歳くらいの子供から「どうして夜になると太陽が見えなくなるの?」などと聞かれたとしよう。
例え知っていたとしても、そこで地動説の説明から解説するやつはまずいない。

画像3

(魚豊『チ。-地球の運動についてー』より)

子供相手なら「わかんないよ~」でもいいのだ。
相手に自分が合わせて本心から答えた時、そこに構えはない。
YouTuberが無責任にありのままに悩み相談したりしているとき、構えは取り払われていっているように見える。

武道でもそれをやればいい

相手に合わせて勝手にこちらが変化することが無構えというもので、それはつまり、こういう相手にはこうみたいな考えをしないということだ。
自分の役職とか役割とかそういうものをすっ飛ばして自分の思うことを言う、答える、そういうものが構えをなくすということなのかも知れない。

よく仕事ばっかしていた男は定年して肩書がなくなったとたんに友達がいなくなるとか言われているけれど、そういうものが「構え」だ。
ずっと構えていたことに気がつかないと、構えが解けてしまった時に反撃を食らってしまう。
自分の「構え」を知って構えることをやめた時に、無構えができる。

Tips
黒澤明の撮影チームがつくった剣客映画、主人公はアホみたいに強いのだが、彼が強くなった理由のひとつがあるとんでもない方法で「構え」を捨てることをやり続けたからだったりする。普通に面白いからおススメ。

武道の稽古でもそうすればいいんだと思う。
構えをなくすということはそういうことなんじゃないだろうか。



と、いいつつ、まおれもだまだ構えが抜けないけどね。


おわり

マツリの合気道はワシが育てたって言いたくない?