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#涼しくなる話

日本中が熱波の中にある。それならばここいらで、毎年恒例の「涼しくなる話」をしない訳にはいかないだろう。
愛知県で暮らしていた頃の知人、Mさんの体験だ。当時MさんにはSくんという後輩がいた。Sくんは新聞販売店に住み込みで働いていた。Sくんの住居は販売店の2階にあったが、毎日おかしな現象に悩まされていた。販売店は間口2間ほどの建物で、建物の右側に黒く塗られた金属製の外階段が付いていて、そこを上ると左手にSくんの住居のアルミ製のドアがあった。
おかしな現象とは、Sくんが朝の配達を終えて2階の住居へ戻り、仮眠を取っている時に毎日起こる。Sくんがウトウトしていると、カンカンカンと誰かが外階段を上って来る音がする。誰だろうとSくんが起き上がってドアを開けるが誰もいない。いつも寝入りばなにそんな事が起こるので、Sくんはウンザリしていた。販売店の店主に話しても、心当たりも無いし夢でも見たんだろうと話を片付けられてしまった。それで先輩であるMさんに相談があったのだと言う。Mさんは実家が寺院でMさん自身も僧侶になるための学校を卒業してあとは実家を継ぐばかりの状態の時だったから、よし、俺が見てやろうという話になった。
朝の配達が終るのを見計らって、MさんがSくんの部屋を訪ねた。小一時間ほど経つと、Sくんの話した通りにカンカンカンと階段を上って来る音がした。階段を上り切るだろうと思う頃にMさんがいきなりドアを開けた。・・が、誰もいない。その時Mさんは、自分の横を人が通り過ぎる気配を感じた。「部屋に入った」とMさんはSくんに言った。Sくんには何も見えない。と、Mさんはドアを閉めると、部屋の真ん中で数珠を手に猛烈な勢いで読経を始めた。その時だった。アルミ製のドアにまるで誰かが体当たりをするかの様に、ドーン!ドーン!と音が響いた。Mさんは読経を続ける。ドーン!ドーン!と音は鳴り続けている。Sくんは為すすべもなく、Mさんの真似をして合掌をしていた。読経が一段と速くなったかと思うといきなり、Mさんは手にしていた数珠をバーン!とアルミ製のドアに向かって叩きつけた。しばらくして静かに読経が終わった。「もういいんじゃないかな」Mさんは言った。それ以後、Sくんは階段を上る音に悩まされる事は無くなった。

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