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#21 「あなたの感想」は意外に大切であるという話

昨年の、小学生の間での流行語ランキングの1位は「それってあなたの感想ですよね」であった。元は発言者であるひろゆき氏がTV討論の中で、根拠のない個人的見解を「明らかに・・」と、さもデータを参照したかのように語ってしまった討論相手へ向けられた言葉である。つまりこの言葉は討論相手がデータに基づかない自らの見解であるのにも関わらず、データ的に正確なもののように印象づけようとした「偽装」に向けられたものである。現在、誰彼なくやみくもに使われている「それってあなたの感想ですよね」はそういった文脈から切り離された単なるバズワードである。何でもかんでも個人の感想を排してデータの提示を求められたら誰とも会話が成立しなくなってしまう。
 
「あなたの感想」は、実はデータ以上に大切だという話をしようとしている。
赤ん坊がグズる。お母さんが「お腹すいたのね」と察知する。データなどどこにも無い。30年前の雲仙普賢岳の大規模火砕流では、住民の避難誘導に当たっていた消防団員の一人が背後に迫る火砕流から逃げながら咄嗟に右へ進路を変えた。その直後、背後を火砕流が轟音とともに転げ落ちて行った。自分でもなぜそこで進路を変えたのかはわからないと、消防団員は語った。

以下、内田樹著『武道論』から引用・・・
 
人間は生物である以上、自分の生存にかかわる危険に対しては程度の差はあれ、「ざわざわ感」を覚える。それは数値的・外形的には表示されない。「データとして読まれる」閾値にまで達しないからである。
内田樹. 武道論 これからの心身の構え (Japanese Edition) (pp.123-124). Kindle 版.
 
WTC(世界貿易センター*まつお註)へのテロのときに、「なんとなくビル内にいたくなくて」ビルから外に出て被害を免れた人がいた。地下鉄サリン事件のときも「なんとなく地下鉄に乗っていたくなくて」ふだん降りる駅の手前で下車した人がいた。九五年の大震災のあとに、その日に限ってふだん寝ている部屋とは違う部屋で寝たせいで危険を逃れたという人には何人にも会った。そういうセンサーが働いている人がいるのだ。でも、そういう人のことは新聞記事にもならないし、学術論文の主題になることもない。悪いことは何も起きなかったからだ。何かが起きた場合には、「どうしてそれが起きたのか?」という問いは主題化されるが、起きてもいいはずのことが起きなかった場合には、「どうしてそのことは起きなかったのか?」という問いは誰も立てない。
内田樹. 武道論 これからの心身の構え (Japanese Edition) (pp.140-141). Kindle 版.
 
・・・引用おわり

データに捉われて根拠のない「ざわざわ感」を見なかった振りをしてしまうと、時として命に関わる大切なものを取りこぼしてしまう。わが家の愛犬はドッグフードの袋のガサガサという音を聞いただけで走り回って喜ぶ。それがたまに器に入れて目の前に置いてもケンネルから出て来ない時がある。そしてその2〜3日中には必ず地震が来る。犬には胸の内に感じるざわざわ感を見て見ぬ振りは出来ない。内田樹氏も、根拠のない「ざわざわ感」を「野生の力」と言い換えている。さらに、その「ざわざわ感」「野生の力」を人間の世界に発現できる良導体になる事を目指し続けるのが、武道であり人生であると語る。きっと昔の陰陽師なども暦学の探究から「ざわざわ感」を感じ取る事が出来るようになった良導体だったのではないか、と私は思っている。データは無い。「それってあなたの感想ですよね」と聞かれれば「はいそうです」と答えるしかない。

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