一週間前

西野夏葉さん主催のアドベントカレンダー2022参加作品です

https://note.com/winter_dust_/n/n25f161836505


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 さっきまで私と話していた女性は、今は店内ではなく自らのスマートフォンを眺めていた。とても真剣な表情だ。ベージュのダッフルコートを着た、とても可愛らしい雰囲気だった。私は店のはしにある棚の上の商品を並べ直すふりをしながら、彼女の様子をさりげなく見ていた。店内には、クリスマスが近づいていることを知らせる音楽が流れていた。

 彼女は少ししてから顔をあげて、軽くこちらに会釈して店から出ていった。「ありがとうございました」と背中に声をかけた。セレクトショップなるものは、イベントごとの直前がかきいれ時で、クリスマス1週間前の今日も店内に足を運んでくれる人は多かった。

「ちょっと。顔、でてるよ」振り返ると店長が立っていた。
「そんなに、ですか?」「うん。焦らなくていいよ。多分どれかは売れるよ。考えすぎなんよ」「どれか…ですか…」

 私は自分がコーディネートしたマネキンに目を向けた。白いニットにダブルのレザージャケットをあわせている。スカートは灰色を主体としたチェック柄のものであった。

「やっぱり、地味なんですかね?」「いやー、地味ではないでしょ。私好きだけどな」「ズボンに替えた方がいいですかね?」「ううん。ちょっとかたくなるし、このままがいいよ」

 店長と服の話をしているときは楽しいのだけれど、やはり自分が接客して売れないのは、店員としてこたえるところがある。コロナ禍を経て、店員が積極的に接客をすることを快しと思わない人が増えたように思う。そしてネットで洋服を買う文化もかなり加速した。私は自分がそういう仕事をしているからかもしれないが、実店舗で買うようにしている。学生の頃から。

 みんな実際の店舗で見たあとにECサイトに目を向ける。なんなら店を出ることなく、そのまま店内で。値段を慎重に見ている、のだろう。別にその店で買う必要もないと思っているのかもしれない。たしかに、私の給料はどこで買おうと変わらない…いや、たしかに自分が接客して販売に至ったときは、少しは手当てがでることもある。でもそんなことのために、この仕事をしている人はきっと少ないだろう。

 さっきのお客様が手に取っていたシャツを畳み直す。店内の有線は、もっとクリスマスの中心を知らせる曲になっていた。

 マネキンを見つめ直す。やっぱり、自分がおすすめした商品を手にとってくれて、その服を持って帰る人の顔が好きでこの仕事をしているのだと思う。学生アルバイトの頃から続けてそのまま社員になった。学生のままじゃないから。自分のやりたいことだけでは、いけないことくらいはわかっていた。
 だから誰もバイトにはいってくれないクリスマス直前の土日は社員としてしっかり店先に立っている。誰にもほめられやしないけれど。当り前のことだから。年々楽しさよりも、生活のためという思いが仕事中の自分を占めていくように思う。

「いらっしゃいませ」と声に出す。悶々とした自分の考えを晴らすために。

「目的をもって、さすがに買いに来る人が多いね」

 片方のレジをしめながら店長が声をかけてきた。「まぁ、ずっとそうかもしれないけど」と呟いた。

「もうすぐ一年に一度のハレの日みたいなとこありますしね」と私は言った。

「だね。おっ……!」

 目線の先。ちょうど店の区画の外から、商品を見てる人がた。

「まだやってますか?」と声をかけられた。

「ええ、勿論ですよ」と店長は言った。

「ありがとうございます」と頭を下げながらその女性は言った。そのときに、お昼にスマートフォンを眺めてたあの人だと気がついた。

「あ、またお越しいただけたんですね」と話しかけた。
「はい、何度もすみません」と彼女は言った。

 店内の色んな商品に顔を近づけて、どこか頷きながら歩いているようだった。あまりじろじろ見ている訳にもいかないので、明日受け取りのお客様がいらっしゃる、取り置きしている商品の確認していた。

 突然立ち止まった。

「すみません、このマネキンが着ている服なんですけど」
「あぁ、はい」
「一式でいただけますか?」
「え、えぇ、勿論です。でも、ご試着もいただけますけれど」
「あぁ、そうですね。遅いですけど、いいですか。すみません」

 小さく会釈をしながら試着スペースに案内する。カーテンをしめた後、少し考える。やはり、目的をもって、コートやセーター、小物類を選ぶ人が多いので、“一式で”の言葉は嬉しかったけれど、着てみるとまた違う意見が出てくる人は多い。でも、それは当然のことだ。納得して買い物をしてほしい。

「どうですか?」気が付くとカーテンは空いていた。

 先程の雰囲気とは変わって、ぐっとスマートに見える彼女が立っていた。

「お似合いですよ」と私は答えた。心から。

 実際に他人が着ている様子を見て、やっぱり自分の組み合わせに間違いがないと思えた。パリッとしたレザーにふわっとしたニットとスカート。

「ありがとうございます。じゃあこれにします」

「えぇ、ありがとうございます。他はよろしいんですか?」

「はい、今日一日色々見ましたけど、ここに戻ってきちゃいました」

 私の質問とは少し違う切り口の答えだった。
 彼女は「雰囲気変わりましたかね?」と続けた。

「はい、コートもですが、このジャケットもお似合いですよ。普段はあまりレザージャケットはおめしになりませんか?」

「そうですね。でも来週、じゃないですか? 雰囲気変えておしゃれだなって思われたくて、でも、いきすぎる服じゃなくてここのお洋服が着やすそうだなって......」

「ね、言ったでしょ?」とレジをしめながら店長が話しかけてきた。新しく何を着せようか、私がマネキンと向き合ってるときだった。

「なにがでしたっけ?」質問を質問で返した。

「単純だなぁ、まだまだ繁忙期は続くよ」と言いながら、店長は私の肩を叩いた。
「先に上がる準備するから」
 
 バックヤードに向かっていった。

 店長の言葉の意味と今日一日を思い浮かべる。やりたいこと、やらないことをしっかり反芻する。とりあえず今日は、明日を迎えるために新しい組み合わせに悩まないといけない。
 年内にもう一度一式で買いたいと言ってもらえるように、もう少しだけ頑張ろう。なんて嬉しい悩みなのだろうか。けれど、忙しすぎるのも勘弁してほしい。私はまだ、自分の冬服をゆっくり見に行けていないのだから。
 私は一人しかいない店内で、少しだけ背筋を伸ばした。


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 すっかり書き物から離れてしまいまして、2022年は実は10本も書いてかもです。モノカキアカウントを名乗れるのだろうか。。。。という一抹の不安もあります。だから西野さんのおかげでギリ名乗れていると思います。
 ですよね?!

 やりたいこと、やらないといけないことが私自身色々浮かんでは消えていく感じありますね。2023年はまた書き物の波が来るかもしれません。
 ではここらで、クリスマス、一週間前小説でした。

 

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