天然知能で考えるSHHis
本記事は、2022年5月24日に研究室ブログに掲載したものの再掲である。
なので当然ながら、記事中の考察はその時点でのシャニマスのストーリーに基づく
拙著「ロボット工学者が考える嫌なロボットの作り方」では、郡司[1]の「人工知能・自然知能・天然知能」モデルを援用している。だが、この前提となるモデルをわかりやすく伝えることは、なかなか難しい。そこで、このモデルを説明するのに、ゲームの「アイドルマスター シャイニーカラーズ」に登場するユニット・SHHisを例にするのがいいのではないかと思い立った。よって、本記事は拙著の補稿である。
まず「人工知能・自然知能・天然知能」について簡単に説明しておくと、人工知能は世界を「私」を中心としたデータ構造とみなし、「私」の目的に従って、「私」の中で定義されたある効率を上げるためにのみ世界からデータを取捨選択する、問題と解答が一対一に対応している文脈にのみ対応できるシステムである。「自然知能」は、世界の見取り図、あるべき「私」というものを最初から用意していて、それを参照しながら世界を解釈するシステムである。天然知能と自然知能は、いずれも閉じた系の中における問題を解くことしかできない。HAI研究のほとんどがこのいずれかに陥ってしまっていることは、拙著の中でも繰り返し指摘した。
対する天然知能は、「私」の依って立つ場が、常に揺らぐことを予期しながら世界を解釈している。人工知能や自然知能は、世界を「モデル化」して捉えようとするが、天然知能はモデル化を拒む――というより、モデルを作った途端に、それに当てはまらないものが常に「外部」から押し寄せてくるという予感を常に持っているのである。
さて、ここまで説明すれば、シャニマスプレイヤーの方には、緋田美琴は「人工知能的アイドル」と言えることは納得していただけるだろうと思う。美琴は歌唱力・ダンスにおいて高い水準の能力を持っていることと、常にその能力を伸ばすための努力を行っていることは、作中で度々描写されている。しかし、彼女は(作中で)アイドルとして高く評価されているわけではない。その理由は、彼女が解こうとしている問題と解答が一致していないからである。すなわち、彼女は歌唱力・ダンス能力といった変数の値を上げることで、与えられた問題=トップアイドルになるという問題を解こうという、機械学習的な自己研鑽をしているのであるが、そのモデルが実際に求められる「アイドル」と対応していないのだ。その意味で、緋田美琴は解くべき問題を見つけられない人工知能なのである。私は、これまでのシャニマスのアイドルの中でも、園田智代子や大崎甘奈はこのような人工知能的傾向を持っていたと思うが、それが最も先鋭的な形で表現されたのが緋田美琴ではないかと思う。
さて、七草にちかである。彼女の直面している問題は、美琴の場合よりも郡司の図式に当てはめやすい。言うまでもなく、初期のにちかの問題は、「アイドルになる」ことと「八雲なみ」になることとを混同していることにある。最初から「八雲なみ」という地図をもっていたにちかは、「自然知能的アイドル」であったといえるだろう(これは私の友人の指摘による)。だが、シャニP(プロデューサー)はおそらく最初から理解していただろうが、「アイドルになる」ことと「八雲なみ」になることは違う問題である。そのため、彼女の問題と解答は決して対応しないという宿命を持っている。これが自前の地図を離れて世界を理解することのできない自然知能の限界なのだ。
では、彼女たちはどうすれば問題を解決できるだろうか。郡司のモデルでは、予測できない「外部」を受け入れる天然知能こそが、現実の問題に立ち向かえる唯一のシステムであると説かれる。天然知能になるとは、「私」が依って立つ場が揺らぐことを常に予期すること、その可能性を常に受け入れる姿勢を持つことである。にちかにとってのそれは、おそらく、「自己の才能の限界」では無かったか。これは一見するとネガティブな要素である。しかし、にちかがそれと向き合うことによって、自分が設定している問題と解答のズレに気が付くことができたのだとすれば、「自己の才能の限界」こそがにちかにとっての予期していなかった「外部」であり、閉じた系から外に開くための鍵だったのではないだろうか。その後、にちかは紆余曲折を経つつも、自然知能としての自分からは脱却しようとしているかのように思える。
おそらく、にちかよりも解くのが難しい問題に直面しているのは美琴である。人工知能は、自己の中にもともとあるモデルで解釈できないもののことは、認識することすらできない。現時点での美琴は、おそらく自分が問題に直面していることすらも認識できていない。美琴を人工知能から天然知能に変えるには、にちかのそれよりもより大きな「外部」からの一撃が必要だろう。
[1]郡司ペギオ幸夫「天然知能」講談社、2019年