[2024/06/22] 続・インドネシア政経ウォッチ再掲(第66~69回)(松井和久)

~『よりどりインドネシア』第168号(2024年6月22日発行)所収~

筆者(松井和久)は、2021年6月より、NNA ASIAのインドネシア版に月2回(第1・3火曜日)に『続・インドネシア政経ウォッチ』を連載中です。800字程度の短い読み物として執筆しています。

NNAとの契約では、掲載後1ヵ月以降に転載可能となっています。すでに読まれた方もいらっしゃるかと思いますが、過去記事のインデックスとしても使えると思いますので、ご活用ください。


第66回(2024年2月20日)万全の戦略、プラボウォ組の完勝

大統領選挙はプラボウォ=ギブラン組の完勝で終わりそうである。2月14 日の投票後、どの会社のクイックカウント結果も同組が50%を超える得票率を示し、決選投票の可能性を打ち消した。中央選挙管理委員会(KPU)の正式結果発表は約1カ月後だが、結果は変わるまい。プラボウォ氏とギブラン氏は14 日夜、スナヤン競技場を埋め尽くす支持者を前に、事実上の勝利宣言を行った。

実は、プラボウォ=ギブラン組は2日前にスナヤン競技場を予約していた。勝利を確信していたのである。それは、ジョコ・ウィドド大統領も関わった万全の戦略を背景とする。

第1に、有権者の5割以上を占める若者対策である。プラボウォ氏のこわもてイメージをカワイイ太っちょおじさんに変え、彼の過去を知らない若者の支持を広く集めた。

第2に、闘争民主党の地盤で大票田の中・東ジャワ州を最重点に攻めた。ジョコ大統領やソロ市長のギブラン氏のソロ人脈をフル回転させ、大統領は何度も中ジャワ州を訪問し、闘争民主党の支持者を惹きつけた。そして有力政治家のコフィファ東ジャワ州知事による支持宣言を契機に、ナフダトゥール・ウラマ(NU)がなだれを打って中立から支持へ転じた。

第3に、国家機構を挙げての支持工作である。今年後半の統一地方首長選挙を前に、ジョコ大統領は側近を含む170 人を地方首長代行に任命、軍・警察から村長に至るまでを動員し、住民にプラボウォ=ギブラン組への投票を促した。加えて、低所得層向け社会的支援(Bansos)を増額し、通常の3月より時期を早めて支給した。

特に第3の点に関して2月11 日、3人の法学者らがドキュメンタリー映画『汚い投票』を制作し、権力者による構造的かつシステマティックで大規模な不正を告発、リリースから2日で800 万人以上が視聴した。実際、投票不正も数多く報告され、アニス=ムハイミン組とガンジャル=マフド組は徹底追及の構えである。だが、不正がひどくてもKPUや総選挙監視委員会(Bawaslu)、憲法裁が大統領に近い現状では、選挙の無効化や選挙結果が覆る可能性は低い。これも万全の戦略の一端なのである。

第67回(2024年3月5日)アンケート権をめぐる攻防

2月14 日投票の大統領選挙はクイックカウントで大勢が判明したが、中央選挙管理委員会(KPU)の開票確定作業は続く。2月27 日日本時間22 時時点で確定率は77.59%、得票率はプラボウォ=ギブラン組58.84%、アニス=ムハイミン組24.46%、ガンジャル=マフド組16.7%とクイックカウントとほぼ同じ数字で、プラボウォ=ギブラン組の勝利が確実である。

他方、構造的かつシステマティックで大規模な不正の摘発のため、アニス=ムハイミン陣営とガンジャル=マフド陣営は共同行動を視野に入れつつ、国会で国政調査を行うアンケート権の確立を目指し始めた。これに対して、プラボウォ=ギブラン陣営とジョコ・ウィドド大統領周辺は憲法裁判所へ訴えるのが筋と批判しつつ、アンケート権阻止へ動き始めた。

問題となるのは、現国会での政党別議席数である。プラボウォ=ギブラン組の支持政党は全575 議席中261 議席を占めるに過ぎず、過半数に満たない。このため、他の2陣営の支持政党が結束すれば、国会でアンケート権が確立する。ちなみに今回の国会議員選挙の政党別得票率の分布も前回とほぼ変わらず、プラボウォ=ギブラン組の支持政党の得票率合計は43.07%に過ぎない。

ここで動いたのはジョコ大統領である。2月18 日、アニス=ムハイミン組を推したナスデム党のスルヤ・パロ党首と面会した。大統領周辺は民族覚醒党や開発統一党をプラボウォ=ギブラン陣営へ誘いかけている。21 日には民主党のアグス党首を土地問題担当大臣に任命し、野党でも政権に入れば閣僚ポストを得られる可能性を見せつけた。今後も、利権やポストのうまみを餌にしたり、ときには汚職嫌疑をかけて脅したりしながら、プラボウォ=ギブラン陣営への取り込みを図るだろう。

プラボウォ=ギブラン陣営では、グリンドラ党の得票が伸び悩み、党首のプラボウォ国防相はポスト・ジョコウィへ向けた独自色をまだ出せない。一方、ジョコ大統領は2月27 日、過去に軍を除名されたプラボウォ国防相に名誉大将の称号を授けた。新大統領任命の10 月までに両者の力関係がどうなるかも注目である。

第68回(2024年3月19日)増える投資、低下する雇用吸収

大統領選挙で盛り上がるなか、中央統計局は2月5日、2023 年通年の国内総生産(GDP)成長率を5.05%と発表した。第1四半期(1~3月)が5.04%、第2四半期(4~6月)が5.17%、第3四半期(7~9月)が4.94%、第4四半期(10~12 月)が5.04%と5%前後の安定成長だったが、2022 年通年の5.31%よりも若干低下した。産業別では運輸・倉庫の13.96%が最も高く、宿泊・飲食(10.01%)、情報通信(7.59%)、鉱業(6.12%)が続き、対照的に農林水産業(1.3%)や製造業(4.64%)は低成長だった。支出別では民間消費が4.82%と今ひとつ力強さに欠け、輸出も1.32%と2022 年のような経済のけん引役を果たせていない。

相変わらずの好調さを示すのは投資である。投資省によると、2023 年の投資実施額は1,418 兆9,000 億ルピア(約13 兆4,744 億円)で目標の1,400 兆ルピアを超えた。このうち54.2%は外国投資で前年比13.7%増だった。国・地域別の順位は前年同様、シンガポール、中国、香港、日本、マレーシアの順で、産業別では卑金属、化学、鉱業の投資実施額が大きい状況に変化はない。

ここで問題とされるのは、投資が増えても雇用吸収効果が減少していることである。『テンポ』によると、1兆ルピアの投資で吸収される雇用は2013 年に4,954人だったが、2019 年は1,438 人となり、2023 年には1,060人となった。近年の投資の中心はジャワ島外、特にスラウェシ島やハルマヘラ島など東インドネシアへのニッケル製錬への投資であり、政府はそれを地域間格差是正の成果と自賛する。だが、実態は雇用吸収効果の低い資本集約投資であり、2020 年成立の雇用創出法で投資は促されたが、肝心の雇用創出は実現されなかった。さらに、燃料源を石炭火力による電力に依存し、採掘による森林破壊、河川・海洋汚染など深刻な環境破壊を引き起こした。

ニッケルなどの鉱業事業権(IUP)は政治の道具である。ジョコ・ウィドド大統領はバフリル投資相を通じて、事業未実施のIUPを破棄し、政治家や実業家へ再配分することで支配力を高め、大統領選挙にも活用した。バフリル投資相はそれに乗じ、自身も利権を得ることで政治的発言力を高め、次のゴルカル党党首の座を狙う。そう報じた『テンポ』はバフリル投資相に名誉毀損(きそん)で訴えられた。

第69回(2024年4月2日)閣僚ポストを餌に政党を取り込む

中央選挙管理委員会(KPU)は3月20 日、大統領選挙の確定結果を発表し、プラボウォ=ギブラン組が得票率58.6%、9,630 万3,691 票で当選した。集計過程では、3月初めにジョコ・ウィドド大統領の次男カエサン氏が党首を務める連帯党(PSI)の得票だけが急増する現象が起こり、集計アプリ「Sirekap」の不正疑惑が出た後、KPUが集計結果公表を止めたままでの発表となった。

同時に非拘束式比例代表制で行われた国会議員選挙では、闘争民主党(PDIP)が第1党、続くゴルカル党、グリンドラ党、ナスデム党、民族覚醒党(PKB)、福祉正義党(PKS)、国民信託党(PAN)、民主党を含む以上8党が法定最低得票率4%を超え、議席を獲得した。メディア発表の予想議席数は、PDIPが110 議席、ゴルカル党が102 議席、グリンドラ党が86 議席、ナスデム党が69 議席、PKBが68 議席、PKS が53 議席、PANが48 議席、民主党が44 議席となるが、現状では、プラボウォ=ギブラン組支持政党の合計議席は全580 議席中280 議席しか得られていない。

このため、国会議席の過半数を確保した安定政権を目指して、プラボウォ=ギブラン陣営は、閣僚ポストを餌に、非支持政党をも取り込み始めた。支持政党内では、最大の貢献をしたとするゴルカル党が最低でも5ポストと強く要求し、他政党のほか大統領周辺も閣僚ポストを求める。他方、アニス=ムハイミン組を推したナスデム党やPKB、ガンジャル=マフド組を推したPDIPにも閣僚ポストが提示され、プラボウォ氏周辺が頻繁にコンタクトを続ける。加えて、議席を取れなかった政党対策として副大臣ポストを増設するという。

一方、負けた2陣営は、構造的かつ組織的で大規模な選挙不正を憲法裁判所へ訴え、国会でのアンケート権確立への動きを続けている。つまり、プラボウォ=ギブラン陣営の政党取り込みは選挙不正追及の阻止が目的ではない。不正追及の矛先はプラボウォ氏ではなく、ジョコ大統領なのだ。そのジョコ大統領はゴルカル党を通じて影響力保持を狙う魂胆だが、閣僚ポスト配分の主導権はプラボウォ次期大統領が握っている。両者の蜜月関係は終わり始めた。

(松井和久)

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