[2024/05/08] 五月の詩(太田りべか)
~『よりどりインドネシア』第165号(2024年5月8日発行)所収~
1998年の5月、どこにいた? どこでなにをしていた?
インタン・パラマディタ(Intan Paramaditha)の長編小説 “gentayangan: pilih sendiri petualangan sepatu merahmu”(『彷徨 ― あなたが選ぶ赤い靴の冒険』)の中で、何度も投げかけられる問いだ。
ここまで書いたところで朗報が届いた。2023年12月に国際交流基金が開催した文芸プロジェクトYOMUトークセッション「文学におけるジェンダー、文化、政治の交差するところ」の採録記事が、同基金のホームページに公開されたのである。
このトークセッションではケア論などで知られる上智大学外国語学部教授の小川公代さんがモデレーターを務め、インタン・パラマディタさんと英国でアジアの文芸作品などを中心とした翻訳書(英訳)を精力的に出版しているティルティッド・アクシス・プレスのクリステン・ヴィダ・アルファーロさんが、さまざまな角度から文学について語り合ったものだ。ぜひとも聴きに行きたかったのだが、どうしても都合がつかなかったため、記事が公開されるのを心待ちにしていた。記事を読んでみて、どんな用事であろうと後回しにしてでも聴きに行くべきだったと、今さらながら後悔している。
まずこのお三方の人選が実に素晴らしいし、とても内容の濃い読み応え満載のセッションだ。ぜひ読んでいただきたい。
このセッションの中でも語られているとおり、インタン・パラマディタの『彷徨』は「旅と移動についての政治性と特権について問いかける大人版ゲームブック」であり、「特権なしに旅すること、有色人種の女性が旅することについての物語」だ。その切実さを、この物語を通じて日本の人々にも体験してもらえたら、と思う。
このセッションで語られるどの切り口もとても興味深いのだが、そのうちの一つが多様性についてである。インタンさんはこう語る。
「建前主義であってはならない、消費のみを意味するものでもない」多様性とは、いわゆる「グローバル化」と言い換えてもいいだろう。英語が話せる人を増やすことがグローバル化なのではないし、自国で作ったものや自国資本の海外の会社で作ったものをどしどし外国に売ることがグローバル化なのでもないし、二重国籍も認めず堂々と当たり前のこととして国籍差別をしている国が、難民や仕事を求めてくる人たちには厳しい基準を設ける一方、お金を落としていってくれる海外からの観光客は大歓迎で、インバウンドだ、おもてなしだ、と騒ぐことがグローバル化なのでもなく、自国の人の多くがやりたがらない低賃金で労働条件の厳しい仕事に従事するために海外から来る人たちに対して、あたかも施しでもするかのようにビザを「発給してやり」、就労を「許可してやる」のがグローバル化なのでもないだろう。
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