ハートダイバー 三話目
愛崎とダイキは勢いよく入った六畳一間に、たくさんの人がいることに驚く。
六、いや、八、九──!
二人がそれぞれ人数を把握すると同時に、集まっていた人々が一斉にその場から逃げる。大半をスタンガンで眠らせたが、一人、屋上に逃げられた。
「まずいっ飛び降りるぞっ!」
「させませんっ!」
ダイキが、飛び降りる男の後を追って身体を投げ出し、ベルトを両手で掴む。その腰には、愛崎が素早く結んだ命綱があった。ここは十二階。落ちたら間違いなく死んでいただろう。
「だいき、おまっ……結び終わる前に飛び込むなよっ」
心臓が止まるかと思ったぜと、愛崎が二人を引き上げながら愚痴る。
「いやー、愛崎さん、結び慣れてるし」
「妙な言い方するな。さっさと戻るぞ」
自殺志願者を手早くお縄にし、急いで戻る。人数を再確認してから、目が覚めても逃げられないように、一人一人に縄をかける。
改めて現状を確認すると、目張りされた窓、真ん中に置かれたまだ火の入っていない七輪──。
「集団自殺、ですよね?」
「ああ……」
「愛崎さん、俺まだ、この仕事数か月ですけど、多くないですか?」
今月に入ってすでに三件目だ。うち二件は別グループが止めに入っている。ダイキは初めて現場に遭遇したが、朝の朝礼で、情報は共有されているのだ。
「多いな。普通は年に一、二回程度だ。同僚の刑事に確認してみるか」
そう言って、愛崎は携帯を取り出す。
「え? 同僚?」
「ああ。俺は現役の刑事だ。こっちに出向してるだけでな。言ってなかったか?」
なるほど。やけに軽い身のこなしと、銃──って聞いてませんけど!と驚くダイキをよそに、愛崎は携帯をタップする。
「ああ、俺だ。〇〇で集団自殺未遂だ。応援頼む。それから、最近集団自殺があったかどうか確認したい」
携帯を切り、飛び降りようとした男を睨む。
「今年に入って二件、成功してるそうだ。おい、どうやって集まった? SNSか?」
男に尋問するとふいに、にやにやしながら話し出す。
「くははっ。あんた愛崎っていうんだろ? 神が言ってた。そいつに会ったら、伝えてくれって」
「神?」
男が上半身を伸ばし、愛崎に顔を近づける。
「〝死ぬのを手伝うのは、そんなに悪いことなのか〟って」
瞬間、愛崎は男の胸ぐらをつかみ、締め上げる。
「そいつの名前は!? 言えっ!」
「し、らねえっ、十字架を持った男と、右肩に、ハートの入れ、墨の銀髪っ……」
そこまで聞いて、今度はダイキが胸ぐらを掴む。
「銀髪!? ハート!? 年齢は!? 目は青かったのか! どこで見たっ!?」
「…………っ」
「ダイキ。落ちてる」
愛崎は締め落とされた男を横に寝かせ、緊急ダイブの準備をする。
「やるぞ」
「当然」
男の潜在意識はいつもと様子が違っていた。トラウマのバケモノはこちらをじっと見ているだけで、襲ってこないのだ。
「手ごたえがない……?」
核らしきものも破壊した。だが、潜在意識はどんよりと濁ったままだ。 愛崎も首を傾げる。
「妙だな。戻って事情を──っ!?」
突然、周囲が崩落し始める。大きく揺れ、地鳴りのような爆音が轟く。かと思えば、美しい虹色の光線が降り注いでくる。一瞬、見惚れるほどの美しさだ。
「まずい! 上がれっ!」
緊迫した愛崎の声に、弾かれるようにダイキも浮上する。その間、数えきれない映像が流れ落ち、聞き覚えのある音楽が流れてくる。
(愛の、証明っ!?)
「愛崎さんっ、これはっ」
「走馬灯だ」
「え」
「死にかけてんだっ! 急げ! 肉体が死んだら閉じ込められて俺達もお陀仏だっ!」
急いで覚醒し、二人は現状に息を吞む。全員、口から血や泡を吐き、絶命しているのがわかるからだ。
「うそ……でしょ……」
愛崎が素早く脈を確認し、首を振る。
「くそっ! おそらく遅効性の毒だっ! 七輪も飛び降りもダミー! 初めから毒で死ぬつもりだったんだっ!」
「愛崎~♪ おっひさ~」
警察手帳をぺろんと見せて、どこか軽薄そうな男が入ってくる。だが、現場を確認し、視線を尖らせる。
「〝未遂〟じゃなかったか?」
「悪い、田辺。失敗だ……」
「まじか~」
田辺と呼ばれた男は、後頭部を掻きながら鑑識を呼び、暗く沈んでいる二人に声をかける。
「おい。お前ら大丈夫か? あとは俺達に任せて──」
「っつ……大丈夫、なわけないでしょ……さっきまでみんな生きてたんですよっ」
「おおっ新人くん?」
「生きてっ、話をしてっ!」
ダイキは田辺の両肩を掴み、行き場のない怒りをぶつける。
「生きてたんだっ!」
「わるいわるい。俺だって、ショックじゃあねえわけじゃねえよ。でも、良くも悪くも慣れちまうからさ」
そう言ってダイキを落ち着かせ、田辺は仏に手を合わせる。死因の検討はもうついているようだ。
「前もって毒を服用して集まる、か。やり方が前の二件と同じだな。別々に死なずにわざわざ集まる理由は一体」
「矢羽根 葬一郎」
黙っていた愛崎が口を開き、田辺が顔を強張らせる。
「死ぬ前に、その男が言っていた。〝死ぬのを手伝うのは、そんなに悪いことなのか〟って」
「なーる。矢羽根パイセンの名台詞ってわけだ」
「そいつが〝神〟? 愛崎さんにソレを伝えるためだけに、これだけ集団自殺させたっていうんですかっ!?」
ダイキの問いかけに二人は沈黙する。ない話ではないということだ。ダイキは怒りがこみあげてくる。
「どうしてっ」
「田辺。ひとまず、俺は上に報告する」
「りょ。久しぶりの合同捜査になりそうだな」
切り替えの早い大人たちと違い、ダイキはまだその場から動けないでいる。
「きっとルイも関わってる、あいつの歌が走馬灯に! 俺は今回も、止められなかっ、うぅーっ!」
「……とりあえず、心堂に報告だ」
心堂尽はダイバーの管理責任者でもあり、精神科医でもある男だ。高身長に柔和な笑顔。的確な診断。だが、まわりの評価は〝人が悪い〟に尽きる。
「ダイキくん。君とは朝礼で顔を合わせてるけど、直接話すのは初めてだね」
会議室に通されると、心堂は部屋の奥でにこやかに振り返る。
一礼して、ダイキが近くの椅子に座ろうとすると、心堂がやんわり止める。
「僕に近づかないほうがいい。襲っちゃうよ♡」
「え゛!?」
「ダイキ。気にすんな。こいつはいろんな意味で距離感バグってんだ」
「警戒心が強いだけだよ。薫♡」
薫とは愛崎薫のことだ。下の名前が好きでないことを知っていて、わざと言う。
「やめろ。こういう時ばっか呼びやがって!」
「え……そういう、ご関係?」
「んなわけあるかっ!」
結局二人は心堂から一番遠い席に座り、今回の件を報告する。
「手ごたえのない核、か。おそらくその人は死にたかったわけじゃないんだろうね」
心堂がにこやかに答え、愛崎も舌打ちする。
「え!? どういうことですか!? 確かにうつ状態が検知されて、自殺したんですよ!?」
「おそらく催眠かマインドコントロールの類だね。例えば、映画を見て、笑ったり、泣いたりするだろう? それと同じで、彼は赤の他人が抱える〝死にたい気持ち〟に同調させられたんだろう。SNSか、宗教か、占いにネズミ講……窓口はいくらでもある」
「そんなの殺人と同じじゃないですかっ! 矢羽根は、なんでそんなこと」
「そいつは元ダイバーで、俺の相棒だった」
愛崎が硬い口調で答え、心堂はどこか楽し気に目を細める。
「なつかしいね。彼は優秀だった。過ぎるくらいにね。目的はわからないけど、さしずめ、宣戦布告といったところかな」
「どうして──」
元ダイバーなら、自殺を止めていたはずだ。
「少し長くなるが──」
そう言って愛崎が話しだす。
今から8年前だ。俺達はダイブの試験運用のため、警察から出向してきた。俺は一課、あいつは二課からだ。
「自殺なんて良くない。神だって許してない」
正義感の強い男だった。夫婦揃って敬虔なクリスチャンで、子どもはいないが、妻を愛していた。
だがその一年後、あいつの妻が難病に侵された。死にたいと口にするようになったという。あいつは励ましたよ。それはもう、痛々しいくらいに──。
だが病状は年々悪化し、ついに人工呼吸器になって、話すこともままならなくなった。
そして事件は起こった。集団自殺の現場に遭遇した時だ。あいつは止めようとした俺をスタンガンで眠らせ、その場にいる全員をナイフで殺した。気づいたときにはもう、そこら中、血の海だった。
「なあ、愛崎。死ぬのを手伝うのは、そんなに悪いことなのか」
「あとで知ったが、その日の朝、妻を殺していたんだ。そいつはそのまま姿をくらました。お前の親友の、ルイみたいにな……」
愛崎は拳を作り、もう一方の手のひらでぐっと押さえる。震えるそれは、己の不甲斐なさや、相棒の裏切りに耐えているように見える。
「愛崎さん……」
ダイキは恥ずかしくなる。自分だけだと思っていたのだ。特別な使命を背負っているのは──
「ふふ。薫は元相棒と、ダイキくんは親友と敵対か。楽しくなってきたね」
「てめっ」
ダイキはついにブチギレ、机を激しくたたいて立ち上がる。だが、心堂は微笑みを崩さない。
「不謹慎だと思うかい? 親友と敵対するなんて胸が痛むと言えばいいかな。でもどちらも正直な気持ちだよ」
「精神科医だろうが、一番偉い人間だろうが知ったことかっ! 人の気持ち踏みにじって何が楽しんだっ!」
ダイキが胸ぐらを掴むと、心堂が初めて切れ長の目を鋭く光らせる。
「君は真っすぐすぎる。くれぐれも、矢羽根葬一郎の二の舞にならないようにね」
「あんたとは合わないっ!」
「おい。もうやめろ。早く二人を見つけないと、自殺者はどんどん増えるぞ」
ダイキが手をはなすと、心堂は埃を払うように胸元をかるくはたく。
「愛崎。警察との連携を頼む」
愛崎がうなずくのを確認して、心堂はダイキに微笑む。
「君は、僕と修行♡」
「はあ!?」
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