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延期

した、展覧会の延期が決定した。来年2021年10月に開催することになった。

理由は、コロナが収束しないまま全国から作家や観客が集まる展覧会を開くことで、富山のギャラリーを運営する小西さんご夫妻の大きな負担になってしまうのを懸念したためである。展覧会を開催した場合、ギャラリーでの対応のほとんどを行うのは還暦をすぎたお二人であり、彼らに不安を抱かせたまま展覧会を開催したくなかった。ほとんど私の独断だったけども、正しい決断だったと思う。

そしてその、電話越しに小西さんに伝えた「延期しましょう」という自分の言葉が、結構キタ。

私は、ここ10ヶ月の間ずっと展覧会について考え続けて、作家と打ち合わせし続けて、最近になってようやく内容も出品作品もかなり具体的に決まった。作家全員ともいい関係を作れてたし、かなりノッてきていた。

もちろん展覧会延期はずっと頭の中にあったし、覚悟もしていた。なんならまだ具体的に作品案が決まってなくて不安だった頃は、延期したらまだまだ内容詰められるのに〜とか楽観的に考えていた。

けど、そもそも展覧会を計画するというのは結構しんどいものなのだ。この時代、この場所、この人間という限られたものの中で、思考を複雑にしつつ、色んなものが繋がるように、作家の作品が生き生きする場を作るために、展覧会を開催すること自体に意味を持たせるために考えて動き続けていた。ずっとしんどさがあって、でも最近ようやく全てのピースがはまっていくような喜びに近い感覚を掴めたところだったから、そのタイミングを延長してまた来年、というのはものすごく悔しかった。今乗るべき波が分かっているのに、それを分かってて見送るのはつらかった。


だけど今日作家にそのことを伝えたら、みんな前向きに考えてくれていた。そもそも私が、この展覧会のテーマとして掲げていたのは、「歴史に対する態度を考える」というもので、私が選んだ作家は全員、過去や未来という時間軸の中に存在する、人間の営みの副産物としてのモノや歴史がどう残るのか、どう残ってきたのか、それぞれの方法で一貫して考え続けていた作家だった。だからある意味で、作家の制作プロセスや、制作に対する態度そのものを見せるような内容でもあったのだ。展覧会が結果として2年かけて作られるということは、その作家の2年間の制作にコミットし続けることになるわけで、その「態度」というのがより明瞭になっていくのも確かだ。

何も焦ることないですよ、と。

こんなこと作家に言わせて、まだまだだなあ、と思うのだが。(作家は全員年上かつ、私より断然美術歴が長いので仕方ない...大人たち...)

それと私がかなり落ち込んでるのを察してか、「(今後も)任せられる信頼を置いているよ」と言ってくれたのがめちゃくちゃ心強くて泣きそうになってしまった。ありがとう...本当にありがとう...


気分が落ちた瞬間と、浮上した瞬間がはっきりとわかる出来事だったので、ちょっとした気持ちをしたためてみたのである。