「バッド・キアリ症候群」闘病記Vol.2〜生体肝移植の検討からバルーン拡張手術まで
この記事は筆者のバッド・キアリ症候群(BCS: Budd-Chiari Syndrome)の治療の軌跡である。ここでは、僕が診療過程で得た知見を全てシェアしていく。この記事がBCSと診断された人の動き方のガイドラインとなることを願っている。なお、本記事はVol.2であり、Vol.1の記事は以下。
生体肝移植の相談&準備
慶應義塾大学病院と京都大学医学部附属病院に、生体肝移植の相談のため外来訪問した。2ヶ所訪問したのは、ドナー候補が岐阜在住の母親と東京在住の弟の2人いたため。ドナーが外来で訪問しやすい立地の病院を選択した。
外来の時のメモなどから移植についての知識を以下にまとめておく。
生体肝移植とは?
■ 概要
生体肝移植では、提供者(ドナー)と、患者(レシピエント)の2人が同時に手術を受ける。まずドナーの肝臓の一部を摘出する手術が行なわれ、続いてレシピエントの肝臓を完全切除して、ドナーの肝臓をレシピエントに繋げる手術を行う。
※ 脳死肝移植は、脳死に至った人の善意によって提供された肝臓を移植する手術である。
■ 予後
・ドナー
・術後生存率:99.99%(手術数約10000万件のうち死亡例1件)
・手術時間:7時間
・退院までの時間:2週間〜
・レシピエント
・術後生きて退院できる確率(3ヶ月生存率):90%
・5年生存率:80%
・手術時間:10時間〜12時間
・退院までの時間:2ヶ月
■ ドナーの条件
誰でも希望すればドナーになれるわけではない。ドナーには医学的な条件と、倫理的な問題からくる自発性の確保という条件がある。
・医学的条件
1.ウイルス感染症(肝炎ウイルスやヒトT細胞白血病ウイルスなど)や悪性腫瘍がないこと。
2.肝機能が正常であること(軽度脂肪肝は改善後ドナーになれる)。
3.レシピエントに提供できる部分肝(グラフト)の大きさが十分で、かつドナーにも十分な大きさの肝臓が残ること(CT検査にて肝臓の大きさを測定し判断する)。
※ 京都大学の基準は「グラフトの重量がレシピエント体重の0.6%以上あり、かつドナーに肝臓の30%以上が残る」となっている(参照1)。
・自発性
移植に関する正確な情報を提供された上で、自身の意志として肝臓の一部提供を申し出た人。また、原則として20歳以上65歳未満の近親者(配偶者もしくは3親等以内の血族)であること。
■ 血液型不適合移植
ドナーからレシピエントに輸血出来ない血液型の組み合わせを「血液型不適合」といい、輸血できる組み合わせを「血液型適合」という。「不適合」の場合は「適合」よりも拒絶反応が強くなるため、血液型は移植の予後成績を左右する。レシピエントが成人である場合、何もしないと不適合下の成功率は20%程度とされている。
しかし近年は、免疫抑制療法の発達によって、不適合移植も適合移植と遜色ない予後成績になってきている。
参照1)肝移植の概要/京都大学附属病院肝胆膵・移植外科/小児外科
生体肝臓移植と脳死肝移植の比較
■ 予後
脳死移植と生体移植でレシピエントの予後に大きな差はない。
BCSに対する肝移植の予後成績は、欧米の報告では1年、5年、10年生存率がそれぞれ76%、71%、68%とのこと(参照2)。
■ 長所と短所
生体肝移植の特徴は、ドナーからグラフト(肝臓の一部)を移植されるため、レシピエントの体内で肝臓を再生させる必要があるということだ。そのため、レシピエントの体調によって回復に差が出る。レシピエントの体調が良い時に移植手術に踏み切れば、移植後の予後が良くなる。
脳死肝移植は肝臓全てを移植されるため、レシピエントの体内で肝臓を再生させる必要はない。そのため、移植後、比較的早い段階で肝機能が向上し、レシピエントの体調が回復する。しかし、日本ではドナー不足により、脳死肝移植を受けられる患者は、希望者のうちの2割ほどである(注1)。そのため、移植の順番が回ってくるのはギリギリの人、すなわち死の淵にあるような患者である。
上記の特徴が長所と短所に反映されている。生体肝移植は、グラフトが小さいのが短所だが、予定して行うことができるのが長所である。
一方で、脳死肝移植は、グラフトが大きいのが長所だが、移植時にはレシピエントは肝不全により死の淵にあるような体調であり、多くの患者は移植待ちしている間に亡くなってしまう。これが短所である。
参照2)脳死肝移植術施行までに登録後11年を要したBudd-Chiari症候群の1例/日本消化器外科学会雑誌
肝移植が適応となる肝障害の数値基準
■ CPT分類(Child-Pugh-Turcott)
肝障害の程度を示す指標。GradeC(10点以上)で肝移植の適応となる。
■ MELDスコア(Model for End Stage Liver Disease Score)
肝硬変の予後予測に用いられる指標。
T-Bil:総ビリルビン[mg/dL]、PT-INR:プロトロンビン、Cr:クレアチニン[mg/dL] の結果から以下の式で算出される。
必ず助かるわけではない
生体肝移植は、肝臓疾患者の最後の希望であるが、必ず助かる医療行為ではない。それに、生体肝移植はドナーに多大な負担をかけてしまう。ことことで多くの患者が頭を悩ませている。
先生に念を押されたのは以下の点である。
■ 回復できずに亡くなってしまうことがある
先にも述べたが、退院できずに亡くなってしまう人が10%いる。しかし、移植はレシピエントが元気な方が予後が良い。「自立歩行可能である」場合には、移植後6ヶ月間の生存率は98%と極めて良好であるとのこと(参照3)
■ 再発の可能性がある
難病はそもそも原因不明の病気だし、BCSは血液の病気である可能性がある。そのため、肝臓を取り替えても再発する可能性がある。BCSの場合、血管の狭窄が再発する確率は4割程度と言われた(注2)。
他の治療方法を選択すると肝移植に影響を及ぼす
場合によっては、生体肝移植が不可能になってしまうこともある。例えば、琉球大学で行われている直視下手術や、IVR治療でステントを留置する場合などは移植手術を困難にする。
京都大学では、もしステント留置を行う場合、「横隔膜よりも上にステントがこないように」と念を押された。
参照3)肝移植の概要/京都大学附属病院肝胆膵・移植外科/小児外科
肝静脈狭窄部のバルーン拡張
移植の相談外来を済ませた後、カテーテルで狭窄した肝静脈を拡張する治療の検討のために帝京大学医学部付属病院を訪問した。これはBCSの治療法で有効性が高く、かつ肝移植への影響が小さい。
カテーテルによって狭窄している血管にバルーンを導いて拡張し、さらにトンネル状の金属製の器具(ステント)を狭窄部に挿入して固定することにより、血管の閉塞を防ぐ手術である。
外来診療1回目
外来での診察結果をまとめるとざっと以下のような感じだ。
つまり筆者の今の肝臓は以下のようになっていると予測できる。
右肝静脈の周りの組織 → 閉塞していて死亡
中肝静脈の周りの組織 → 開存していて生存
左肝静脈の周りの組織 → 狭窄しているがギリ生存?
そして、この左肝静脈の周りの肝臓が生きていることを期待し、これをなんとか救い出す処置がIVR治療でできそうだ、ということである。
また、肝中心静脈閉塞症(VOD: Veno-Occlusive Disease)/類洞閉塞症候群(SOS: Sinusoidal Obstruction Syndrome)の可能性も否定できないことが指摘された(参照:肝静脈閉塞症のCT画像)。
入院治療1回目
■ 手術計画
手術内容は以下。
■ 手術結果
左肝静脈には下大静脈側(中枢側)からはワイヤーは通らなかった。また、超音波エコーとCT画像から、左肝静脈の狭窄部は中枢側であるとわかった。下大静脈側からのアプローチでワイヤーが通らなかった原因は狭窄部が中枢側にあること。
残された手段は、お腹から針を刺して左肝静脈の末梢側からのアプローチでワイヤーを通すこと。これなら狭窄部に力を加えやすく、開通が期待できるとのことで、1ヶ月後くらいに再度この手術を行いましょうということになった。
入院治療2回目
移植相談している病院(京大と慶応)の移植コーディネーターに手術内容を共有し、ステント留置手術による移植への影響について連携をとっていただき、帝京の放射線科と相談した。
その結果、ステント留置は移植に影響はあるが、横隔膜を超えなければ移植不可能にはならないだろうということ。また、ステント留置で80%以上の開存が期待できること。以上の2点から、移植に踏み切る前にIVR治療でステント留置を実施する治療方針を固めた。
■ 手術計画
先生から説明いただいた手術内容は以下。
栄養指導
帝京で栄養士さんから肝硬変患者向けの栄養指導を受けたのでここに記しておく。
■ Point1 タンパク質の量とバランス
・量
必須アミノ酸(BCAA)と食事で摂取するタンパク質で合計65g(基礎体重 × 1/1000で算出)になるようにする。
・バランス
BCAA:タンパク質(食事)=1:2 が理想。合計で65gなので、BCAA :20g、食事タンパク質:40gとなる。食事に含まれるBCAAは微量なため、BCAAのほとんどはリーバクトとアミノレバンから摂取しており、その量は18g(リーバクト3包:4g×3包󠄁=12g、アミノレバン1包󠄁:6g)。
なぜこのバランスが良いかというと、肝硬変で肝臓のアンモニア解毒作用が低下すると、タンパク質を摂りすぎると血中のアンモニア濃度が高くなってしまう(その結果、肝性脳症になってしまう)からである。そのため、分解時にアンモニアが産出されないBCAAを摂取する。
アンモニアは食事内容が血中濃度に反映されるのに数日と早い(ちなみにアルブミンは食事が血中濃度に反映されるのに1ヶ月ほどかかる)。アンモニアの正常値は 14〜66μg/dLであるが、筆者は2021/10/29の結果で 49μg/dL だったが、2021/10/14に 114μg/dL まで上昇していた。食事内容が影響したと思われる。
■ Point2 血糖値に注意
タンパク質をとりすぎないようにと、炭水化物中心の食生活にして、白米だけを食べたり清涼飲料水などを飲むのは血糖値が急上昇するので良くない。糖尿病のリスクがある。
参考:かんぞう教室
お世話になった医師&医療機関
BCSは症例数が少ないため、医療機関だけでなく、経験豊富な先生と出会えることも大切だと感じた。
■ 荒木寛司 先生
松波総合病院 消化器内科。
内視鏡専門の素晴らしい先生。岐阜(実家)での療養期間中の主治医の先生。門脈圧亢進症の管理と、肝移植の相談全般。全国の専門医と連絡をとって治療法などを相談してくれ、治療方針を考えてくれるなど、非常に親身に対応いただいた。
■ 三浦亮 先生
帝京大学医学部付属病院 消化器内科。
東京での主治医の先生。門脈圧亢進症の相談全般。
■ 近藤浩史 先生、山本真由 先生
帝京大学医学部付属病院 放射線科。門脈圧亢進症に対するIVR治療の経験が非常に豊富な先生方。
■ 長谷川康 先生
慶應義塾大学病院 一般・消化器外科。
肝移植の相談のため定期外来で通院している。非常に丁寧な対応とわかりやすい説明していただいた。
■ 秦浩一郎 先生
京都大学附属病院 肝胆膵・移植外科。
生体肝移植について、非常に丁寧な説明をしていただいた。
参考
闘病ブログ
■ バッド・キアリ症候群
・バッドキアリ症候群
■ 肝移植
・子どもと仕事と子育てと病気とわたし
文献や論文
■ BCS関連
・肝静脈の段階的な血栓化により肝不全死した Budd-Chiari 症候群の 1 例
・Angioplasty with versus without routine stent placement for Budd-Chiari syndrome: a randomised controlled trial
血管形成手術後の血管開存率データ。ステント留置ありvsなし。
・Restenosis after recanalization for Budd-Chiari syndrome: Management and long-term results of 60 patients
血管形成手術BCSの再狭窄後の予後データ。
■ 移植関連
・肝移植ガイドブック/自治医科大学附属病院 移植外科
・肝移植の手引き/熊本大学病院 移植医療センター
素晴らしくわかりやすい資料とHP。
・Budd-Chiari症候群に対する生体肝移植/京都大学大学院 医学研究科 外科学 肝胆膵移植外科分野
各種検査結果(2021年12月時点)
血液検査結果ログ
https://drive.google.com/drive/folders/1dqf7xUttgSu8PCmbuqusJMYC17fwjVV3?usp=sharing
2020年12月に食道静脈瘤が発見される以前にも血液検査で異常値が出ていた。
検査値の見方/帝京大学医学部附属病院中央検査部
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