『椅子とグラス』
自宅リビングで父親から譲り受けた椅子を前に中川は電話をしていた。
「あ、もしもし」
「はい、お電話ありがとうございます、リサイクルショップセンターでございます」
「あの〜買取をお願いしたいのですが」
「はい、買取でございますね、かしこまりました。では、お客様、今回お売りになりたい商品なんですがどんな物になりますか?」
「えっと、椅子とグラスなんですが」
「椅子とグラスでございますね、かしこまりました。ではまず当店のスタッフが査定にお伺い致しますので、ご都合の宜しい日時をお聞かせ願いますでしょうか?」
中川は、今日ならいつでもいいということと住所を伝えて電話を切った。そしてソファーに座り、今から査定してもらう椅子を眺めた。
「いくらになるかな…親父はそこそこの値段で売れるんじゃないか?て言ってたけど…」
ピンポーン。インターホンが鳴った。
ソファーから立ち上がりインターホンのモニターを見に行くと、そこには首にタオルを巻き作業着を着た体格のいいボーズ頭の男が1人立っていた。
配送業者ではなさそうだし、誰だろう?
中川は「はい」とモニター越しに返事をした。
「こんにちは、わたくし、本日買取の査定にお伺い致しました古賀と申します」
その人が来るには早すぎる…
中川は少し戸惑いながら「え?今、電話切ったばっかりなんですが…」と言った。
「はい、わたくし共はスピードを命にビジネスをさせて頂いております」
それにしても早すぎる…
査定の予約の電話を切って、いくらになるかな…と考えただけの時間しか経っていないのに…
中川がまだ頭の中で整理がついてないうちに、
「あの、査定させて頂いても宜しいでしょうか?」とモニター越しの男は聞いてきた。
「あ、はい。ちょっと待ってて下さい」と返事をして中川は玄関に向かった。
こんなことあるのか…
中川が玄関に着くと、そこにはインターホンのモニターに映っていた査定員の古賀と名乗った男が、もう靴を脱いだ状態で家の中に入り込んでいた。
え?
中川が一瞬驚いて次の言葉を出す間も無く、
「どちらの物を査定したら宜しいですか?」といきなり古賀は話しかけてきた。
中川が戸惑いながら「いやいや、ちょっと待ってください」と遮ると「はい?」ととぼけた声で古賀から返事が返ってきた。
え?何だこいつ…
「いや、はい?じゃなくて、どうやって中に入りました?」と中川は聞いた。
すると、「え…玄関から…ですけど」と当たり前のように古賀は答えた。
素なのか…冗談なのか…
わかるよね?という意味で「いや、そういうことじゃなくて」と中川は言った。
古賀は「はぁ?」と何のことを言われているのかわからないような返事をしてきた。
理解力がないのか?
次に中川は子供に問いかけるように「鍵かかってましたよね?」と丁寧に聞いた。
すると「あ、鍵、空いていたので上がらせて頂きました」と満面の笑みで明るく古賀は答えてきた。それはまるで良い仕事したでしょ、というような言い方だった。
非常識なはずなのに、何でこの人はちょっと自慢気なんだ…
意味を理解してもらえるように「だとしても普通は勝手に上がり込まないですよね?」と諭すように中川は言ってみた。
しかし「で、買い取る物はどちらでしょうか?」と古賀は質問には答えず自分の用件を進めてきた。
会話が成立しない…何だこいつは…こういうやつなのか…たまにこういうやつはいるけど…実際自分の友達にも非常識だけど憎めないとか、人の話しを聞かないで自分のことばっかり話ししてくるとか…ただ、友達でもなんでもない…買取りの査定に来た言わばサービス業のただのスタッフ…対応としては0点に近い…帰らせてクレームを入れて違う人を寄越してもらうか…面倒くさい…非常に面倒くさい…椅子とグラスを査定して買取りしてもらうだけだし…
中川が考えていると、
「あの、査定に来たので買い取る物を見せて頂きたいのですが」と自分の腕時計を気にしながら古賀がせっついてきた。
お前のせいで悩んでんだよ…自分勝手なヤツだ…と中川は思ったが、諸々が面倒臭いと考え、後でクレームを入れればいいか…と、とにかく早く査定して帰ってもらう事にした。
「わかりました、こっちにあります」と中川は古賀をリビングに案内した。
「こちらです、どうぞ」
リビングに入るなり、古賀はソファーに駆け寄り「これですね」といきなり査定を始めた。
「ちょっと待って下さい。違います」
中川はすぐに止めたが古賀はやはり先程と同じように人の話しは聞かなかった。
「これだと…そうだなぁ…難しいなぁ。これってどのくらい使われてます?後、どこで購入されました?凄く重要なんですよね」
「ちょっと待って下さい。違うんですよ」中川は少し語気を強めて言った。
「え?」
「そのソファーじゃないんですよ」
「はい?」
「だから買い取って欲しいのはそのソファーじゃないの」
「え?こちらのソファーじゃないんですか?」
「違います。電話では言ったんですけどね」
「そうなんですか?その情報は聞いてなかったな…。じゃあどちらの物を査定したらいいですか?」
ようやく話しを聞き入れた古賀に「こっちです」と中川はソファーの前に置いてある椅子を指差した。
「あ、こっちですか?気づかなかったな」と言いながら古賀は椅子に手を掛けると「あれ?」と何かに気付いたようで急に真剣な表情になり動きが慎重になった。
「どうしました?」
「いや、これ…イームズチェアじゃないですか?」
「イームズチェア?ですか?」
「はい。これイームズチェアですよ…」
古賀は更に鋭い目つきになり、少し興奮気味に黒い鞄から白い手袋を取り出しそれを両手にはめた。そして自分がさっきイームズチェアと言ったその椅子を丁寧に見始めた。
ひょっとして凄い物なのか…
イームズチェアについては中川は何も知らないが、古賀の椅子を見ている雰囲気からはどうやら高価な物らしかった。
「あの、詳しい事はわからないんですけど、この椅子、親父が一目惚れして衝動買いしたらしいんですけど、目黒のブランド品を扱うインテリアショップとかって言ってました。親父はインテリアや食器が好きでそういうのを集めるのが好きなんです」
「ちょっと静かにして下さい。今、真剣にやってますんで」
中川の話しは古賀にとって邪魔でしかなかった。
「すみません」と中川は謝りながら、人の家に勝手に上がり込むような非常識人に何で怒られなくてはいけないんだ…と不快に思ったが、今後は余計な口出しはしないでおくことにした。
「お客さん、あの〜これね…リプトダクト品じゃないし、うん。あの、ハーマンミラー社で作ってる本物のイームズチェアですね。これは中々いい物ですよ。イームズチェアにも色々シリーズはあるんですけど、その中でもこれは高額の物ですね」
「ええ…そうなんですか?」
父親が「これやるよ」とガムでも渡すみたいに置いていった椅子がそんな高級な椅子とは思いもしなかったので、古賀から言われていることに中川はピンと来なかった。
「あの、こういう商品って、リプトダクト品と言って、偽物を結構作ってる会社があるんですよ。凄く市場に出回っています。それに関しては正直買取が難しいんですけど、これの場合だと、まぁ正規品になるので買取金額としても結構高額付けれると思います」
さっきの非常識とは打って変わって、その椅子の知識を自信たっぷりにスラスラと話す古賀に中川は頼もしさを感じた。そして、この椅子が思いもよらない高額で買い取ってもらえるんじゃないかと期待で胸が膨らんだ。
「え〜そうなんですか?」
「はい。しかし、これ売っちゃっていいんですか?」
「あ〜はい、僕は高級な椅子に全く興味ないんで。売れるなら是非売りたいです」
「そうなんですね」
「あの、いくらぐらいになりそうですか?」
「ん…そうですね…新品で買うとこれ12万くらいするんですよ」
「12万…」
「はい。買取りだとちょっと下がっちゃうんですけど、まぁ7万…いや、8万は付けれそうですね…」
「8万ですか…」自分の中では5000円くらいか…とたかをくくっていたのに予想を遥かに越える金額に中川は目を丸くした。
「はい。ちょっとキズ等汚れのチェックも含めて最終確認を本部でやるので、こちらのイームズチェアの写真を撮って本部に送らさせて頂いても宜しいですか?」
「はい、是非お願いします」
古賀は携帯のカメラでそのイームズチェアを前後両サイド裏まで丁寧に撮影していった。
それを見ながら中川は8万円の使い道を考えていた。
「8万か…旅行行けるよな…いや、テレビ買い換えるか…」
写真を撮り終えた古賀はそれを本部に送信して「今、本部に確認してもらってますんで、もう少々お待ちください。返事来たらお声掛けしますんで」と言いながら黒い鞄から領収証の束と財布を取り出し買取手続きの準備を始めた。
中川は「はい、お願いします」と返事をして、今朝この椅子をどうするかについて話した妻に電話をした。
「もしもし、あ〜俺だ。今朝話してた、あの親父がくれた椅子。そう、捨てるか売るかで迷ってたやつ。あれ8万で売れるって。驚いたろ?本当本当。今、査定してもらって本部に確認してもらってる所。うん、ラッキーだな。旅行行くか?テレビ買い替えるのもありだけどな。あ、旅行がいいか…」
古賀の携帯電話の着信音が鳴った。
「あ、本部から返事が来ました」
妻と電話で話している中川に一言報告してから古賀は電話に出た。
「はい、古賀です」
結果が気になった中川は「ごめん、本部から連絡が来たみたいだからとりあえずまた後で」と急いで妻との電話を切り、古賀が本部と話しているいる様子をうかがった。
「はい、はい、はい、そうなんですよ。はい、はい。え?はい、はい、それでいいですか?はい、わかりました。了解です。はい、じゃあその方向で。はい、お疲れ様です」
本部とのやりとりを終え、電話をポケットにしまう古賀に中川は結果を急いで聞いてみた
「どうでした?」
「50円です」
「はい?」
「買取額は50円です」
「は?」
「これお客さん、ただのパイプ椅子です。それに本来なら粗大ゴミで出さないとダメなレベルのやつですね」そう言いながら古賀は両手にはめていた白い手袋を外した。
「え?ちょっと」
「こんなガラクタよく売ろうとしましたね。本部もびっくりしてましたよ。お前これ本気か〜?て」公園に落ちているその辺の木でも扱うように椅子を素手で触りながら古賀は言った。
「いやいや」
「あの、何でも簡単に売れると思わないで下さい。我々もプロですから、こういう騙しみたいな事はよくあるんですよ。だからこうやって直接査定に来るんですけどね。まぁそう易々とは騙されないってことです」
「ちょっと待って下さいよ」まるで人のせいにする古賀に中川は語気を強めて言った。
「はい?」
「あなたでしょ、あなたが大層なこと言ってたんでしょ。これはイームズチェアーで本来なら12万だって!8万で買い取るって!」
「はぁ…」
「はぁ…じゃねーよ」中川は古賀に詰め寄った。
「落ち着いて下さい。私がそう言ったかどうかは定かですが…」
「言ったよ!」
「本部に写真を送って確認した所、ただのパイプ椅子だったんですよ」
「何だよそれ…」
「何だよそれって…それが事実です」
「え?ちょっと待ってよ…これ50円なの?」中川は本部からガラクタと査定されたパイプ椅子を持ち上げもう一度古賀に確認した。
「はい。ちなみに50円でも高いという本部の判断でしたが、僕が何とか交渉して50円にまでしました」
「してた?そんな交渉?」
中川は古賀と本部の電話のやりとりを思い返してみた…
はい、はい、はい、そうなんですよ。はい、はい。え?はい、はい、それでいいですか?はい、わかりました。了解です。はい、じゃあその方向で。はい、お疲れ様です…
「してなかったよ!ほとんど本部の言いなりだったよ!」
「で、どうされます?」と意に介さず古賀は聞いてきた。
「どうされますって…」
「ちなみにこちらの椅子を粗大ゴミで出すとしたら…品川区だと確かこのタイプの椅子は300円です」
「え?引き取ってもらうのに300円もするの?」
「なので、今50円で売るか、300円払って捨てるか…ですね」
「いや、それなら売るよ」
「かしこまりました。ではこちらの椅子は50円で買い取らせて頂きます」そう言いながら古賀は領収書の金額欄に50円と書きながら買取手続きを始めた。
「しかし引き取りに300円て…」ふざけた話しだと中川は思った。
税金払ってんだからそのくらい無料で引き取れよ、品川区…
怒りの矛先の半分が品川区の粗大ゴミの引き取り金額に向かったことで、感情が少し和らいだ中川は古賀と冷静に話せるようになった。
「何だよ…変な期待しちゃったよ…あなたもよくないよ、あんなに期待持たせておいてさ」中川は古賀に苦言を呈したが、これも意に介さず古賀は「金額のご確認と、こちらにサインをお願いします」と淡々と買取り手続きを進めた。
中川は領収書にサインをして50円を受け取った。
50円て…妻に8万て言っちゃったよ…
落ち込む中川に「あの、買取商品なんですが、この椅子だけで宜しいですか?」と古賀が聞いてきた。
「いや、ちょっと待って、まだあるから」
中川は気を取り直して、キッチンから艶光のある赤い箱を大事そうに持ってきて、
「これグラスなんだけど」と言いながらその箱の蓋をそっと開けて見せた。
古賀が箱の中を覗くとグラスが2個入っていた。古賀は少し面倒臭そうにまた白い手袋を両手に着け直し、中のグラスを1個取り出しマジマジと見た。その瞬間、
「あれ、これ…バカラじゃないですか?」
そう言いながら中川の持つ箱の中からもう1つのグラスも取り出した。
「これバカラですよ。やば…9万とかしますよ。バカラのパレゾンタンブラーセットじゃないですか。ジョルジュ・シュバリエがデザインされたセットで、インドのマハラジャの特別注文で製作されたグラスセットなんですよ。え?これいいんですか?売っちゃって?」
こいつ…また何か言い出したよ…
さっきの椅子の件もあるので中川は古賀がツラツラと喋ることを信用していなかった。
「本当?本当にこれバカラ?てヤツなの?俺グラスのことも全くわかんないんだけど…そのバカラ?聞いたこともないよ。高級なの?」と冷めた口調で古賀に言った。
「え?ちょっと待って下さい。知らないで売っちゃうんですか?かなりヤバいですよ…これ、デキャンタあったら定価35万くらいですからね」と早口で古賀は捲し立てた。
ん…
この古賀という男、胡散臭くて信用性には乏しい…もちろんさっきの事もある…しかし35万という金額を聞くとどこか話しを聞きたくなってしまう…
中川は疑いの目は持ったまま「本当?」と古賀に聞いてみた。
「ええ、本当です」
「よーく見て」
「はい、見てます。間違いないです、高級グラスのバカラです」またも自信たっぷりに古賀ははっきりと言い切った。
やはり古賀を信用できない中川は「本当?さっきの件があるよ」ともう一度念を押した。
「これは間違い無いです。バカラです。僕の査定だと…」
「ちょっと待って」と遮り「その、僕の査定だと…が、信用出来ないんだけど」と中川は言った。
それでも古賀は「とにかく聞いて下さい。僕の査定だと買取額が8万です。いや、8万4千まで行けると思います。ほぼ定価で買い取る感じです」と今までよりも更に言葉を強くして自信を表した。
「何を根拠に?」中川は核心に迫った。
「はい、私、実は本来、食器専門の査定員なんです。これを見て下さい」と古賀は上着のポケットから名刺入れを取り出しその中の一枚を中川に差し出した。
それを受け取り中川が確認すると、確かに『S級食器専門査定員 営業推進部部長 古賀純一』と書かれていた。
名刺を見ている中川に「今日実は査定員の人手が足りなくて、本部からインテリアの査定もやってくれとお願いされてやってるんですよ」と古賀は今回の経緯を説明した。
「そうなの?」
「はい。正直インテリアは苦手なので断ったんですけどどうしてもって。なのでああいうことになりました。でもこっちは本職の食器査定ですから。まぁ間違いありません。私も長年この世界でやって参りました。そこは信じて頂きたい所ではありますが…でもあんまりしつこいとやっぱり怪しいですよね。どうしましょうか…」
「んん…」急に低姿勢になる古賀に中川は戸惑った。
すると古賀が「もうじゃあこうしましょう」と黒いカバンの中から財布を取り出した。
「1、2、3…8万と4千円…。まずはこちら8万4千円を先にお渡しします。一旦お持ちになってて下さい」古賀はそう言いながら強引にお札を中川に手渡した。そして領収書を見せながら続けた。
「でですね、もう先にこちらの領収書にサインもらっていいですか?で、金額¥84000と記入して頂いて、お名前と住所と印鑑を願いします。これでどうでしょう?これもう契約成立してますよね?」
捲し立てる古賀に呆気に取られた中川は何の躊躇もなく「はい」と答えていた。
「良かったです。あの、これも写真撮って本部に最終確認だけしますね。一応食器に関しては全権任されているんですが報告だけしなくてはいけないので」
古賀はそう言うと、そのバカラのグラスをさっきのパイプ椅子の時のように携帯のカメラで丁寧に写真を撮り始めた。
中川は古賀から手渡された84000円を一旦ダイニングテーブルに置き、領収書に金額と住所名前を書いて、通帳がしまってある戸棚の引き出しから印鑑を取り出し判を押した。
それを見ていたのか、ちょうどタイミングを見計ったように古賀は写真を撮り終え「ではこちらの写真を本部に送らせて頂きます、多分今回は、もう決まっちゃっているので返事は早いと思います」と言いながら携帯を操作した。
中川が領収書を古賀に手渡すと、携帯電話に妻からの着信が来た。
「もしもし、うん、あ〜さっきの椅子ね…何か手違いがあって50円だった。何で?って、いや、俺だって知らないよ、見間違えたんだろ、高級な椅子と。そんな事あるかって?あったんだよ。そんなことよりグラスだよ、あのグラス。親父が持っててもいいし売ってもいいし…って椅子と一緒に置いてったやつ。そう。それが84000円で売れたんだよ。本当か?って。今回は本当だよ。今もう手元に84000円があるんだよ」とダイニングテーブルに置いた現金をチラッと見た。
その時、古賀の携帯電話の着信音が鳴った。「あ、本部からの返事です」と中川に一言入れてから古賀は電話に出た。
それを見た中川は「また後で」と急いで妻との電話を切り古賀と本部のやり取りを見守った。
「はい、了解しました。じゃあこれ引き取ったら一旦事務所に帰ります。はい、お疲れ様です」
古賀が電話を終えるのを見計らって「今回は大丈夫でしたよね?」と中川は聞いた。
「25円です」
「はい?」中川は耳を疑った。
「ただのコップです」
「は?」
「家で使いましょうよ、こんなの」と古賀は白い手袋を外し、ダイニングテーブルの84000円をさっと回収し中川が書いた領収書を半分に千切った。
「あんたさっきから何なんだよ!」
さすがに中川はキレた。
「全く見当違いじゃないか!何で84000円が25円なんだよ!」
「と言われましても…」
「どんな目してんだよ!何がS級食器査定員だよ!」と中川は声を荒げてさっきもらった名刺を古賀に投げつけた。
それをさっと古賀は避けて「いやいや、逆ギレはやめてくださいよ。こっちも最終確認を本部でやってから正式な買取りになりますので、そんな剣幕で怒られても困りますよ」と呆れた感じで返した。
「何だ、お前その態度?」
「普通です」
「普通ではないだろ」
「とにかく25円ですがどうします?」
「何だよ25円て」
「え…このコップの買取り額です」
「わかってるよ、そんなの!」
「で、売るんですか?売らないんですか?はっきりして下さい。こっちも早く次の現場に行きたいんですよ」
「何だお前」
「買取りに来ました、査定員の古賀と申します」
「わかってるんだよ!」
「ちょっともうパニックですね」
「お前のせいだよ」
「あの…とにかく売るのか売らないのか、」
「売るよ、売るよ!持ってけ!そんなただのコップ」
「ありがとうございます。では」
古賀は怒り心頭の中川はそっちのけで、新たに領収書を取り出し買取り手続きを始めた。
怒りが収まらない中川は古賀に「お前さ、ヤバいよな、マジで」
「ヤバくないですよ」
「期待だけさせて、クソ素人みたいな査定して」
「私より素人に素人と言われたくないですね」
「最初からおかしいと思ったんだよ」
「そうなんですね」
「勝手に上がり込んでたりさ」
「はい、こちらにサインお願いします」古賀は中川から言われてることなんて一切気にしない感じで買取り額25円と記入された領収書を手渡した。
中川は怒りで震える手で受け取りサインをして返した。
「ではこちら25円です」
「いらないな」
「いらないですか?」
「いるよ」
「では、以上で宜しいでしょうか?」
締め作業するように淡々と話す古賀に更にイライラして「以上だよ!」と中川は言った。
「では失礼します」と古賀は椅子とグラスの入った箱を持ち玄関に向かった。
中川は後ろからついて行き「お前マジで色々考え直した方がいいよ。間違ってる事いっぱいあるからな」と苦言を呈していると、古賀が「あ」と何かを思い出した。
「何だ?」
「鞄を、黒い鞄をリビングに忘れたので取ってきてもらえます?」
言い方も含め、更に苛立った中川は「自分で取ってこい!」と怒鳴った。
「あ、はい」と古賀は軽く返事をして小走りでリビングに向かい、黒い鞄を肩からかけて戻ってきた。
「どこまで人を舐めてんだよ…取ってきてもらえます?じゃないよ…」
くどくど言う中川の話しを聞き流しながら靴を履き終えた古賀は「じゃあ」と一言発してドアを開けた所で振り返り「こんなガラクタ買い取ってやったんだから逆にありがたいと思えよ、バーカ!」と言い残し、ドアをバタンと閉めてサッと出て行った。
「何だと!」古賀から最後に放たれた言葉に殺意すら覚えた中川は靴も履かずそのまま外に飛び出して「お前なんかクレーム入れてクビにさせてやるからな!」と叫んだ。
しかしもうすでに古賀の姿はどこにも無かった。
怒りが収まらない中川は、家の中に戻りながらポケットからスマホを取り出し、クレームの電話をしようと履歴の中にあったリサイクルショップセンターをタッチした。
その時、インターホンが鳴った。
「誰だ、こんな時に…」中川は一旦スマホを切り、室内モニターを確認した。
するとそこには上下グレーのスーツ姿の男が立っていた。
「はい」
「こんにちは、わたくし、リサイクルショップセンターから査定に来ました、田辺と申します。先程椅子とグラスのお電話頂きました、中川様のお宅でお間違いないでしょうか?」
どういうことだ…
「は?さっき古賀ていう査定員の人来て滅茶苦茶なことやってって今からクレームの電話入れる所だったよ」
「古賀?でございますか?」
「そう、古賀!ボーズ頭の図体デカい態度の悪いやつ!本当頭に来たよ」
「あの、申し訳ございません、当社に古賀という査定員は在籍しておりませんが…」
「え…」
終わり。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?