『式』

【あらすじ】いい加減な性格の兄洋平と、しっかりものの弟孝太、父の葬式当日、兄洋平の考えられない行動に弟の孝太は必死に説得するが…

【登場人物】
いい加減な兄     洋平
しっかり者の弟  孝太

よくある一軒家のリビング。
スリーピースタイプのカジュアルスーツという英国風のお洒落な姿で洋平が意気揚々と口笛を吹きながら姿見に向かって身だしなみを整えている。

洋平:よし。

リビングのドアが開き、孝太が入ってくる。
洋平の姿を見て驚く孝太。

孝太:兄さん、何やってんだよ…。
洋平:おう。じゃ、俺行ってくるわ。
孝太:待てよ。そんな格好で行く気かよ。
洋平:おお。当たり前だろ。汚い格好で行けるわけねぇだろ。
孝太:…親父の葬式だぞ、それはまずいだろ。
洋平:…何言ってんだ?俺が行くのはミッチーの結婚式だぞ。
孝太:いや、それこそ何言ってんだよ。親父の葬式だぞ、今から。来いよ。
洋平:何言ってんだよ、ミッチーの結婚式だぞ、今から行くのはそっちだ。
孝太:ダメだよ。親父の葬式に来いよ。
洋平:ダメだよ。ミッチーの結婚式に行くよ。
孝太:喪主なんだから、親父の葬式に来い。
洋平:招待されたんだから、ミッチーの結婚式に行くよ。
孝太:それ、そんな重要じゃねぇだろ。
洋平:そっちだってそんな重要じゃねぇだろ。
孝太:重要だよ!喪主の来ない葬式なんて聞いたことないよ。
洋平:こっちだって重要だよ!招待状来て行かない結婚式なんて聞いたことないよ。
孝太:あるよ。よくあることだよ。招待状来てもその日の都合が合わなければ行かないって選択肢があるだろ。
洋平:お前は薄情もんだな。
孝太:お前の方が薄情だろ!実の親父の葬式に行かないって言ってんだぞ。
洋平:おい、ちょっと一回冷静になろうぜ。
孝太:お前がな。
洋平:とにかく、どうするのが一番いいか考えよう。
孝太:兄さんが親父の葬式に来る以外ないだろ。
洋平:だから、それ以外でどうするのがいいか考えようって。
孝太:親父の葬式より、その辺のしょうもない友達のどうでもいい結婚式に行こうとしてるのをやめるしかないだろ。
洋平:おいおいおい、お前今なんて言ったんだ?
孝太:親父の葬式より、その辺のしょうもない友達のどうでもいい結婚式に行こうとしてるのをやめるしかないだろって。
洋平:このやろう…もう一回言ってみろ!
孝太:もういいよ!
洋平:お前…親父の葬式より、その辺のしょうもない友達のどうでもいい結婚式に行こうとしてるのやめるしかないだろ!て言ったよな!
孝太:言ったよ!
洋平:お前、親父の葬式より、その辺のしょうもない友達のどうでもいい結婚式に行こうとしてるのをやめるしかないだろ!てどういう事だ、言ってみろ!
孝太:それ以外に意味はないよ。
洋平:お前、親父の葬式よりその辺のしょうもない
孝太:もういいよ!何回も何回も!とにかく、親父の葬式に来い。
洋平:お前さ、親父の葬式に来い、親父の葬式に来いて言うけど、そんなに親父の葬式が大事か?
孝太:はい、大事です。
洋平:お前、それテンパってるよ。
孝太:何でだよ。どこがどうテンパってんだよ。当たり前の事しか言ってないよ。
洋平:大体よーく考えてみろ。いいか、葬式…暗い雰囲気で故人を偲んでしめやかに行われるもの。かたや結婚式…明るくめでたく新しい人生の門出をお祝いするのに行われるもの…これが同じ日にあったとしたら、どう考えたって結婚式に行くだろ。
孝太:行かねーよ!
洋平:お前、マジでやばいな。
孝太:お前だよ!
洋平:自ら進んで暗い方行くなんて、何でだ?
孝太:親父の葬式だからだよ!
洋平:じゃあ仮に、今日が親父の葬式じゃなくて、知らない人の葬式だったらどうだ?
孝太:行くわけねーだろ。
洋平:だろ?だから俺は今日の葬式いかねーんだよ。
孝太:知り合いなんだよ!今日の葬式は知り合いの葬式なんだよ。
洋平:おい、親父の葬式の事を知り合いの葬式とか言うんじゃねーぞ。
孝太:お前が言うな!
洋平:とにかくさ、お前は葬式に行く、俺は結婚式に行く、それでいいんじゃないか?
孝太:世界一間違った選択だよ。
洋平:じゃあさ、こうしよう。俺は葬式に行く、お前が結婚式に行く。
孝太:何で俺が結婚式に行くんだよ!
洋平:何でお前が結婚式に行くんだよ!
孝太:お前が言い出したんだよ。
洋平:結婚式には俺が行くよ!
孝太:勝手に行けよ。
洋平:お、行っていいんだな!
孝太:ダメに決まってんだろ!
洋平:お前、情緒不安定だな!いいって言ったり、ダメって言ったり、挙げ句の果てに自分で結婚式行くって言ったり。
孝太:それは言ってないよ。いいか、喪主の挨拶だってあるんだ。
洋平:そんなのお前がやればいいだろ!
孝太:長男が普通に元気でいるのに次男がやる喪主の挨拶なんて聞いた事がないよ!
洋平:いいか、友人代表のスピーチだってあるんだよ。
孝太:そんなの誰でも出来るだろ。
洋平:俺が元気でいるのに他のやつがやるスピーチなんて聞いた事がないよ!
2人:は!?
孝太:何逆ギレしてんだよ!
洋平:してねーよ。とにかく俺は絶対親父の結婚式に行くからな!
孝太:親父の結婚式なんかない!
洋平:お前はさ、さっきから何を訳のわかない事ばっかり言ってるんだ!
孝太:兄さんだよ!とにかく着替えろ!

洋平が着ていたスーツを無理矢理脱がそうと襟を掴む孝太。
激しく抵抗する洋平。

洋平:おい、辞めろ!親父の形見が破れんだろ。
孝太:それは俺の服だ!
洋平:これお前のだったのか。どおりでおかしいと思ったんだよ、親父の服がお前の部屋のクローゼットにあったからさ。
孝太:入るな、勝手に人の部屋に!そしてクローゼットを開けるな!そして勝手に着るな!
洋平:おい、お前よくもそんな事が言えるな。
孝太:妥当だよ!
洋平:お前…今でこそ、あの部屋はお前の部屋かもしれないけど、昔は俺の部屋だったんだ。俺が東京に行くことなって、この実家から俺が出たからお前の部屋になったんだろが!
孝太:…ここは去年俺が建てた家だ!
洋平:そうだったのか…どおりで見覚えのない作りだなと思ったんだよ。
孝太:兄さんが、式に出るのに泊まる所がないから泊めてくれって、突然昨日勝手に来たんだろ。
洋平:そうだっけ?
孝太:そうだよ、何とぼけてんだよ。そんな事はどうでもいいから、とにかく喪服に着替えろ!
洋平:わかった、こうしよう!いい案が思いついた!これでお前はきっと納得するよ。
孝太:何だよ?
洋平:結構高額を包んだ香典を用意する、それをお前は出しといてくれ。
孝太:身内が身内に出してどうすんだよ。
洋平:兄さん、今、財布に5万あるから、そこから3万出そうじゃないか。で結婚式のお祝いは1万にする、どうだ?
孝太:クソみたいな話しだ。
洋平:ああ?
孝太:そもそもその5万は俺が昨日貸したお金だろ。
洋平:そうだよ。俺持ってねーんだから、金なんて。せっかくお前から5万も借りたのに、親父の葬式に3万持ってかれて、ミッチーの結婚式に1万持ってかれて、残り1万だぞ…1万でどうやって3ヶ月も働かずに暮らして行くんだよ!
孝太:働け!ゴミやろう!馬鹿なことばっかり言ってないで!
洋平:おい、孝太、それは無理だよ。
孝太:無理な事はいないだろ。
洋平:お前、俺の事いくつだと思ってんだよ!
孝太:45歳だ、働き盛りだろ。
洋平:馬鹿野郎、どこの企業が45歳の金髪逆モヒカンを雇ってくれるんだよ!
孝太:剃れ!昨日から気になってたその頭!ボーズにしろ!
洋平:今更切れるわけねーだろ、キャラがなくなんだろが!
孝太:いらねーだろ、キャラなんて別に。
洋平:今、これでようやく色んな人に覚えてもらえるようにキャラ付けて頑張ってるのに、ここに来てボーズにしてどうすんだよ。
孝太:さっきから何の話ししてんだ?キャラを付けるだ、覚えてもらうだ…あ?
洋平:あ、言ってなかったか…俺な、今17LIVEのライバーやってんだよ。
孝太:は?
洋平:あ、17LIVEわかんないか。ライブ動画アプリなんだけどさ、ライブ配信者のことをライバーて言うんだけど、俺は17ライバーなんだよ。視聴者をオーディエンスて言ってさ、スマホで突然ライブ配信始めんだけど、ギフトアイテムとか飛んでくんのよ、これが投げ銭みたいなもんなんだけどさ、んでさ、フォロワーとか沢山いると盛り上がるわけよ、で、
孝太:ちょっと待ってくれ!
洋平:孝太、でな、でな、イベントがあってさ、
孝太:待てつってんだろ。
洋平:何だよ…ここからだろ。
孝太:とりあえず、ライブ配信のことはわかった。いいよ。仕事はどうしたんだ?
洋平:あぁ…仕事な。
孝太:東京で高校の教師やってたはずだよな。
洋平:いつの話しだよ!こんな頭だぞ。辞めてるに決まってんだろ。見たことあんのかよ、こんな高校教師。
孝太:…何でだ?
洋平:あれだ、生徒に手出して問題になってな。
孝太:おい、おいおい、高校生に手出したのかよ。
洋平:ふふ、まぁな。
孝太:笑い事じゃねぇよ。
洋平:でも校長がうまく隠蔽してくれたから何とかな。
孝太:何ともなんないだろ。ヤバさ極まりないよ。学校ごとヤバいじゃないか。
洋平:とにかく、色々抱えてて親父の葬式には行けない、だから俺はミッチーの結婚式に行く。
孝太:関係ないだろ。
洋平:それに、俺、ミッチーの結婚式行かないと、メンバーから監禁されちまうしな。
孝太:監禁?監禁?
洋平:あ、実はミッチーてのは、表向き青山で何軒もバーやってて、裏ではオレオレ詐欺グループのリーダーなんだよ。
孝太:おいおい、
洋平:いや、おいおいじゃなくてオレオレな。
孝太:そう言う事言ってんじゃねーよ!詐欺グループって、反社会勢力じゃねーか…おい、まさか関わってんのかよ?
洋平:関わってるって言うか…まぁそこまでだな。
孝太:関わってんじゃねーかよ、それ…
洋平:まあ相手先に会いに行って通帳とか受け取るだけだぞ。
孝太:受け子じゃん…関わってんじゃん…一味じゃん…
洋平:ん…ミッチーのお店の女の子に手出しちゃったから仕方ないよな…
孝太:どこまでクズなんだよ。
洋平:いやさ、聞いたら17歳でさ、
孝太:もう、死んでくれよ、あんた!聞きたくないよ!もう何も聞きたくないよ…
洋平:そうか…
孝太:こんなヤツが自分の兄弟だなんて…
洋平:しかしあれだな、せっかくここまで来たし、ミッチーの結婚式まで多少時間あるから葬式の冒頭だけ出るわ。
孝太:もう来んな!

終わり。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?