一話【ようこそ黄泉の国】
少年はどうしてかそこに並んでいた。
淡いピンクの空に大蛇みたいに伸びた人の列の中腹に少年はいた。
「お兄ちゃん、ここがどこだかわかるかい?」知らない世界の知らない男が、振り返って聞いてきた。
「ん〜、わからないしおじさん誰?」
少年が答えると男は目を丸くして言った。
「なんで敬語を使わないんだ!全くどういう教育を受けているんだ、目上の人にはなぁ.....」
あまりにも非現実な景色の中、あまりにも無益な怒りを持つこの男を他所に少年はふと思った。
俺の名前ってなんだっけ?
ガミガミおじさんとはいつの間にか仲良くなった。こんな長蛇の列で怒り続ける事もできなくなったのか、聞いてもいないのに身の上話をし始めたので、仕方なく聞いていたのだが、どうやら事故にあったらしい。
「それでな、俺は確か娘と奥さんと買い物に行って車で帰ってる途中だったんだよ。交差点を直進したら右からドカーンってぶつかったはずなんだけど」
みるみる青ざめていく彼を見て、自分の体温が下がっていく感覚を覚えた。そうだとしたら辻褄が合ってしまう。言い方を間違えた、俺の身体は今、体温を感じていない。
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列の先頭には立派なお寺があって、受付で何やらいくつかある入り口に振り分けられる。病院のカルテを記入する要領で身元を聞かれるのだが、肝心の名前が思い出せないので、少年は裏口を通された。
通路脇には広い枯山水が整備された庭園があり、まっすぐに長い廊下が見えなくなるほど続いている。この世界はとにかく長いものが好きなのか、考える時間が長くなって仕方がない。
「お兄さん、どうしてここに来たんですか?」
裏口からずっと案内してくれている巫女さんが聞いてきた。
「そんなこと俺がわかると思いますか?自分の名前も思い出せないのに」
「えーお兄さん名前わかんないんですねー、私は〜って聞いてます?ちょっとお兄さ〜ん」
通路を渡り切ると扉にたどり着いた。扉を開けると中には大男が座っていた。
「君か、名前のない少年は。そうだな、ここは死んだ後の国、黄泉の国だ。」
やっぱりそうか。と少年は思った。
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