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そんなバナナ

バナナの皮が駐車場に落ちている。

これはフリで、古い漫画のように踏んづけて転んでみせろということか。
美香は心の中でつぶやいた。

いつもなら、そんな風には考えないが、美容室で物思いに耽っていたから、こんなことを考えたのか。
美香は頭を軽く振って、何を考えてるのかね、と自分に苦笑いした。
トリートメントでサラサラになった長い髪が揺れる。

美容室はトイレが壊れたそうで、担当の斉藤さんは修理業者の対応をしながら、美香の髪を切ったり、染めたり、トリートメントをしていた。
いつもより髪色が強めの緑色になったのは、そのためだ。

まあ、いいか。
どうせ、2、3週間後には色が抜けてくるんだから。

こんなとき、澤野さんが側にいてくれたら、褒めて私の気持ちを上げてくれるのに。

髪の緑色と美香ちゃんの目の茶色がよく合うよ、とか。
肌の白さが際立つね、とか。

けど、こんな風に気持ちが沈むのだって、澤野さんのせいだ。
いったいあの人は、なんなんだ。

気持ちの振れ幅が大きくなることに戸惑い、美香はついこの状況から逃げたくなる。
山城くんのDMに返信しちゃおうかな。そうでも思わなきゃ耐えられない。

山城くんは、2人で会いたい、いい感じのカフェがあるからと何度も連絡してくる。真面目だし、優しいし、立派な仕事をしてる。ただし、グッとくることが一度もない。

グッと来ない人とは付き合えない。
自分が好きな人への気持ちを持て余して苦しんでいるのに、同じ思いを山城くんにさせるのも、間違いだ。
私だって、心が傷むだろう。

発端は、澤野さんからのLINE。
「また連絡するね」の一行。

澤野さんがこう言うとき、「これから僕は君に言えない用事で忙しくなるから、すぐには返信できないよ。だけど、必ず連絡するから、疑わないで待ってて。いい子だね。」という意味が込められていることを美香は察知する。
察知するが、察知していないふりをする。

そんな事を考えて、悩んでいる自分が好きじゃないし、澤野さんだってきっとそんな女は苦手だろうと思うから。

今日は午前中で仕事が片付くって言ってたから、私に内緒で美容室に迎えに来てくれるかも、なんて思ってたのに。
おめでたいよな、私。
すぐいじけるのに、自己肯定感高いんだよ。

サラサラの髪の毛、触って欲しかったな。
バナナの皮に、心の中で話しかけた。

そして、美香はそんな自分に気づいて、笑ってしまう。

疑っていじけてるのが続くなら、信じて騙されたり、信じてるふりをして、本当に騙される方が幸せなのかもね。

疑ったり、いじけたり、好きでもない男の子に連絡する時間があるなら、髪の毛をサラサラにして、本でも読んで、身体を鍛えて、美味しいご飯を食べて、澤野さんが心配するような女になっていればいい。

誰が運んだかもわからないバナナの皮は、今日の朝にでもここに来たんだろうか。

踏んであげてもいいけど、アスファルトの上じゃ滑れないよ。
ありがとね。

美香は心の中でつぶやいて、スマホでバナナの皮を撮影した。

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